英語をやっていると落ち着く
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英語をやっていると落ち着く

Ken Sugihara

5年前の11月にセブ島の「CROSSXROAD」という語学学校に語学留学した時に始めて会った(そして今や大切な親友の)「けんちゃん」という人がいるんですが、めちゃくちゃ英語が堪能なんです。普通にイケメンですけど、英語喋っているとそのイケメン度がさらに3割増しくらいになるという素敵なナイスガイです。

そのけんちゃん「日本で企業に勤めていた頃、仕事で嫌なことが会った時は、会社のトイレにこもって英語聞いてた」そうです。

その話を聞いた時は、尊敬というよりはどちらかというと「変った人だなぁ」と思ったものです。なんでもイヤホンをセットして、5分から10分ほど、外界からの音をシャットアウトして自分の好きな英語の音源を聞いていると心が落ち着くんだとか。

でも、あれから5年経って気付いてみれば、僕自身が「英語をやっていると嫌なことを忘れる」「英語学習をしていると落ち着く」ようになっていて、正直ちょっと笑えるなぁとおもっています。

英語が楽しいから、毎日を生きられる

僕が最初にけんちゃんを「変わった人だ」と思った理由は取りも直さず「英語を学ぶということは、辛いことだ」という思い込みによるものでした。

これは外大で落ちこぼれたという経験のある僕の特殊な思考内容ではなくて、おそらく多くの日本人英語学習者の方に共感していただける感覚だろうと思います。

英語をやっていると落ち着くのは、英語が好きだからです。つまり英語がもはや苦痛ではなくなっているということです。英語は今、生活の糧であると同時にメンタルを健康的に保つために欠かせない、大切な趣味になっています。

オンラインレッスンで、先生から発音を指摘されて一生懸命直している時、というのは余計なことを考えないので、嫌なことは完全に忘れています。

屋上に上がって『英語のハノン』の英文を、お腹からしっかりと大きな声で復唱した後は、気分もスッキリして頭も冴えます。

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朝、近所のファミマでコーヒーを飲みながら単語の勉強をしている時もささやかな至福のひとときですし、知っている単語の量が増えることで読める英文の質が上がったり、読み方の質が上がることがわかっているので自然と集中することができます。

で、集中している時間はやっぱり嫌なことは完全に忘れて落ち着いています。昨日言われて嫌だったこととか、そういう事を考えながら英単語を学習するということはまずありません。洋書を読んだり、ポッドキャストを聞いたりしている時は言わずもがな、です。

英語って、割と早い段階でできるようになります

このマインドセットに至るまでに大切なことってなんなんだろう?

英語の指導をさせていただいていて真っ先に思い浮かぶのが「英語そのものが目的になっているかどうか?」だと思います。英語が何かを達成するための手段なのではなくて、英語そのものをやりたいから英語に触れているという感覚です。

英語を使って〇〇のことがやりたい。例えば海外の大学院に進学したいとか、外資系の駐在になりたいとか、そういうモチベーションも机に向かうための推進力にはなりえますが、やっぱりまだどこかに「(英語を)やらなければならない」というマインドセットが残ってしまうのは否めません。

世界一周に行くために留学したCROSSXROADでけんちゃんの「英語やってると落ち着く」という話を聞いて違和感を感じたのが僕がいい例で、「何かのために」というマインドセットは「しゃあなし(仕方なし)に」という感覚とセットになってやってきます。それが「世界一周」みたいな、聞くからに楽しそうな目的に紐付いていても、です。

でも不思議なもので「やらないといけない」状態でずっと続けていると、ある時どこかでふと「英語自体が面白いかも?!」と思える瞬間が訪れます。海外で自分の英語がすっと通じたときとか、相手の言うことが自然と理解できたときとか。

こういう瞬間は、英語学習をはじめて割と早い段階でやってきます。集中して学習していれば、ものの3ヶ月くらいでなんとなく、英語を英語のまま理解している自分に気がついたりするものです。

そういう人、セブの語学学校で働いててごまんと見てきました。どれほどビギナーレベルで英語を始めたとしても、です。

できるようになればなるほど、できない自分が見えてくる

でも問題はここからで、その小さな「楽しい!」と思える瞬間をいかに継続的に、年単位で積み上げていけるかが大切なんです。

というのも、ある程度英語ができるようになってくると、「楽しい」経験よりも「言いたいことが言えなくて悔しい」とか「読めない英文・わからない単語がいっぱい出てきて辛い」という「不快」な経験が「快」の経験を上回るようになってくるからです。

英語上級者ほど、心の底から「自分の英語はまだまだだ」といいます。僕が知っているネイティブレベルの人たちって、僕から見ると神のように英語を操るけれど、本人たちの主観的には完全に「まだまだ」感に満たされています。

これ、謙虚さと言うよりもむしろ、英語について色んな事がわかってくるにつれ、その先にある世界のとてつもない広さに圧倒されるようになっていくからなんです。

一時期ツイッターに流れてきていた画像です。これがある意味すべてを物語ってくれていると思います。

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英語を「やりたいからやっている/やらずにはいられない」というマインドセットがもたらすもの

できない時はできなくて辛いし、できるようになってもやっぱり辛い。そんな英語を続けていくためにはどこかで「楽しい!」という感覚が、ネガティブな感覚を追い越していかないといけない。

では、どうすれば「楽しい」と思えるようになるんでしょうか。

個人的にはやっぱり「勉強」という感覚をどこかで手放すことができるか否かにかかっているんじゃないかな?という気がしています。

もちろん世の中には「勉強」そのものが好きな人もいらっしゃって(僕には想像すらできなことです)、そういう方はもう全然問題ないと思うんです。その方の中で主観的にはどれほど英語が辛いものであったとしても、その辛さを乗り越えていく自分自身のうちに喜びや価値を見出すことができる強靭なメンタルの持ち主はここでは考察の対象から除外してます。

でも僕のような一般人は、やっぱりどこかで「勉強」という「やらされている/やらなければならい」マインドから「やりたいからやっている/やらずにはいられない」マインドにシフトしていく必要がある。特に僕のように精神衛生の保持増進に寄与するものとして英語を捉えているような豆腐のようなメンタルの人間にとっては「やりたくてしょうがない」というのは継続における必須のマインドです。

いい意味での依存状態です。

ここまでくればもう、英語力の向上は約束されたも同然です。どれだけ自分の中ではまだまだだ、という感覚に満たされていたとしても、ずっと英語読んだり聞いたり(書いたり話したり)してるんだから、上達しないわけがないんです。英語って、そういうものなんで。

名人伝

今僕はオンラインで英語の指導をさせていただくフリーランサーとしてほそぼそと生活させてもらっています。

収入は決して多くはないし、最近は国民年金保険料を滞納するくらいの体たらくですが(そのお金で英語勉強してます)、それでも毎日楽しいなぁと思いながら生活させてもらっています。

趣味と実益が結構リンクしているという生活によるところが大きいからです。

そこまでいかなくても、僕の周りの「英語好き」って、ただ英語が好きっていうだけの理由で、毎日なにか洋書読んだり、オンラインレッスンを受講したりしています。

そういう人に「英語を使ってどういうことがしたいんですか?」と聞いても、あまりパッとした返答は返ってきません。どちらかというと遠い目をして『「昔は〇〇がやりたくて…」とか思ってたけど、今はそういうのあんまりないなぁ』とおっしゃるだけです。

ここまでくればもう達人ですね。中島敦の『名人伝』みたいなもので。

今は僕もまだ「よし、今から英語やるぞ(聞くぞ/読むぞ/話すぞ…)!」という感覚が強いけど、それもやがてどんどんなくなっていって、気付いたら英語読んでたとか、日本語で話すより英語で話すほうが心地いいや‥とか思う日が来るんでしょうかね。

そうなったらまた、いまよりももっと新しい世界が開けるような気がして、なんだかワクワクしますね。

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Ken Sugihara

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Ken Sugihara
英検一級・TOEIC925点|英語コーチ|TMN マインドフルネスメディテーションインストラクター|16-17 世界一周39カ国|Mental Health Social Worker(国家資格)| 英語学習、メディテーション、旅することetcで感じたことについて書いています。