見出し画像

ナラティブ・アプローチと、英語コーチ

精神科病院に勤務していたときのことです。

朝、出勤するとすぐに内線電話のPHSがなって、担当していた病棟のナースステーションから「杉原さん、おはようございます。〇〇さんが朝イチで面接希望です。よろしくおねがいします」

病棟からの面接希望というのは、だいたい決まった患者さんからのことが多いので、それが珍しい患者さんからのものだったりすると、ちょっと身構えてしまいます。で、病棟に行って見ると、少し険しい表情で「杉原さん、昨日の夜、私に電波飛ばしてきましたよね?どうしてそういう事をするんですか?」と。

まぁもしかしたら、ありふれた精神科での日常の光景かもしれません。

私はあなたのことはわからない。でも、私はあなたの味方です。

「妄想」とか「幻覚」といった精神症状というのは、個人的にはあまり扱いの難しいものとは思っていませんでした。それらが元で、僕が何らかの加害者扱いをされて非難を受ける、というのは日常茶飯事でしたから、電波飛ばしてきたとかそういうので非難されるのはあまり苦にならない。それに幻覚・妄想それ自体への対処はお医者さんの領分なので、僕は黙って話を聞くだけです。

ただ、面接の時に一つだけ大切なマインドセットがあって、それは「彼の語りは、それがそれどれだけ荒唐無稽なものであったとしても、彼の中での揺るぎない事実なのだ」ということでした。

そういう世界に15年間いたので、僕は基本的に他人とコトの真偽とか正否を論じ合う、という習慣がありません。ディベートとかも嫌いです(観るのは好きです)。人は自分とは違うし、他人が自分のように考える必要も、義務もないからです。

もちろん、明らかに信義にもとるとか、明確な犯罪行為である、という場合はこの限りではありませんけれど、それでも、できる限り共感し、受容する、という原理原則に変わりはありません。

そこには「私は、あなたのことはわからないし、あなたの考え方も理解できない。でも、私はあなたの味方であり、あなたの権利を全力で守ります」というマインドセットが有るだけです。

ナラティブ・アプローチ

「ナラティブ・アプローチ」とは、数あるカウンセリング・面接技法のうちで、「対象者(クライエント)の「語り」を通じて問題解決を図る」技術です。

詳細は、とてもスッキリとまとまっている上のリンクをお読みいただければ、と思うのですが、ざっくり言うと「語り手の言葉=世界の認識」が、その人の世界そのものなのだという認識を共通のプラットフォームにして対話を展開していく、カウンセリングの技法のことです。

「その人の語りがその人の住んでいる世界そのもの」ですから、その人が語る世界を変えて、僕たちのような支援者とそれなりに共有できるものになれば、それは一つのゴールになります。

例えば先の「電波妄想」の患者さんでいえば、彼の中では誰がなんと言おうが、昨日電波を飛ばしてきたのは僕であるわけです。それは精神疾患の「症状」なので、抗精神病薬を処方して抑える、という「医療的な」アプローチが必要になります。

一方で僕の方は、その電波妄想が事実であるか否かとか、病気であるかとかを論じるわけではありません。患者さんとの関係、病気のステージなどにもよりますが、例えば「僕があなたを害する意図はない」ということや、「もしあなたを害する意図があるなら、電波以外に僕はどんな方法を取りうるだろうか?」を語りを通じて吟味していくことになります。

そうやって、患者さんと僕の間である種の了解可能な世界観が構成できれば、少なくとも電波があろうがなかろうが、その人は少しだけ楽になるわけです。そういう対話を果てしなく繰り返していって、オルタナティブなナラティブ(物語)を構成していく。

これはむしろ、精神疾患の患者さんよりも、私たちのような日常生活を送っている人間にも、当てはめることのできる考え方だと思っています。

あなたの語りは真実である。

例えば、英語学習でつまずいている人がいるとします。

一般的なカウンセリングやコーチングでは、「どうして英語学習が出来ないのか」という原因を探して「では、どうすればできるようになるか」という「解」を導き出すことになると思います。

あるいはもっと直接的に「指導」という形で、コーチから「こうしなさい」という提案がなされるかも知れません。

でも、僕はどちらかと言うとそういう「矯正、強制」とか「指示、指導」というのは苦手だし、あまりやってこなかった支援者だったので、ひたすら相手の訴えに耳を傾けることになります。そして「どうしてそう思うのか?」を徹底的に共有する。

ナラティブ・アプローチの目的は「ドミナントストーリーをオルタナティブストーリーに変える」ことです。ドミナント(つまり支配的な)物語から、オルタナティブ(別の)物語に、支援者との対話を通じて変えていく。その人の語りがその人の世界の見え方なのだから、それで苦しんでいるなら、その人が自分を語る時のナラティブそのものを変えてしまえばいい。

例えば「英語学習に集中できず、すぐに寝てしまうだめな自分」というのはご本人が作り上げた自分像=物語つまりナラティブなわけですが、そもそも、寝てしまうこと自体はダメなことではないし、寝てしまう自分そのものを責める必要もない。世の中的にはむしろ「眠れない」ことのほうが問題だったりします。

それを「悪である」としてしまうのは、長いその人の人生で培われた経験からくる「自動思考」であることが多い。その人は、昔から「怠け者」と親から指弾されていたのかも知れないし、職場や地域のコミュニティで、そう思い込まされる出来事があったのかも知れない。

だけど、そのことと「寝てしまう」ことと「英語学習ができない自分」を結びつけて「自分はだめだ」と考えるのは、その人の思考形式・考え方のクセです。そしてナラティブ・アプローチはこの「寝てしまう=悪」「英語ができない=悪」を、対話を通じて外していき、別の物語に作り変えていく、というわけです。

英語が話せるようになるのは、他でもないあなたです

人を英語学習に向かわせる理由は様々ですが、やはり何らかの息苦しさとか、社会との軋轢とか、そういったものへの反動から、海外に行ったりや英語を使った職業やらにつきたくて、学習を始めることが多い。そこはたくさんの英語学習者の皆さんを拝見してきて思うことです。

その学習のプロセスで、思うようにいかないもどかしさから自分を責めたり、教材や英語教授法などの責任にしてしまったり、ということもまた、本当によく起こることです。

けれど、そういう訴えが荒唐無稽なものであるか、と言われれば決してそんなことはない。そしてその背後にあるその人独自の「物語」を対話を通じてほんの少し、作り変えるだけで、その人の英語学習はガラッと変わるんじゃないか、と思っています。

そうなれば、あとはご自身で前に進んでいけばいい。英語コーチは英語を話せるようにはしてくれない。私たちはあくまであなたの伴走者なのであって、英語を話せるようになるのは他でもない、「あなた」なのですから。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

この記事が気に入っていただけましたら、サポートしていただけると嬉しいです😆今後の励みになります!よろしくお願いします!

ありがとうございます!「いいね」していただけて嬉しいです😆
150
40代で英検一級一発合格!世界一周経験者。海外在住歴3年半。 セブ島で、語学学校のスタッフをしてました。2020年2月に帰国して、富士山が美しい街に移住。 英語学習のこと、旅のこと、日本で生きるということについて書いています。写真は南極「ルメール海峡」

こちらでもピックアップされています

note編集部お気に入りマガジン
note編集部お気に入りマガジン
  • 18254本

様々なジャンルでnote編集部がおすすめしている記事をまとめていきます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。