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[コワーキングスペースのコミュニティ運営について考える:第8回]

前回、「繋ぐ」よりも「多くの繋がりが自然に生まれる環境を創る」ことこそが必要、という話をしました。で、その最後に、それってどうすればいいのか難しいですよね今後は悩みながら書いていきます、というようなことを言ったんですけど、いやいや、実は確信していることはあるし、それはシンプルな話だと思い直したので、前回原稿の最後ブロックを修正の上、とっとと書いていきます。

KOILではすでに、会員さん同士の受発注や共創が、運営が把握しきれないほどの頻度で行われています。一緒にプロジェクトや事業を興すとか、会員さん同士で受発注するとかはもちろん、僕が特に素晴らしいなと思うのは、仲間との共創を前提に自分の業務範囲を広げている事例です。たとえば、WEBの制作をしているとクライアントから「ついでに同じ内容で紙のパンフも創れる?」と言われることがあって、今までは断っていたんだけど、KOIL内でチームを組めば創れるからそういう案件も受けるようになった、というような。自社(自分)では出来ないと思っていたことが、KOILのメンバー同士のスキル交換を前提にすると出来るようになる。事業を拡張するためのリソースになるし、なにより勇気になる。この状態を、先日ある会員さんが「まるでKOILという会社」と表現していて、それに多くの会員さんが同意していたのは横から見ていてちょっと感動してしまいました。

こういうときにいちいちコミュニティマネージャーが窓口になっているのではないことはもちろんです。そんなことしてたら追いつきません。メンバーは、大きな「ちょっとした知り合いの輪」=「弱い紐帯」を活かして、自律的にどんどん繋がっていきます。そういう活気のある状況を、ある会員さんは「KOILには文化がある」と言ってくれたし、別の方は「良い『気』が流れている」と褒めてくれました。

コミュニティ運営者が創るべきなのは「文化」であり「気」(スピリチュアル的なニュアンスに違和感があるなら、「空気」)。そういうことだと思います。そのために何をしているかというと、こまかく言えば色々ありますが、要は結局、居心地と秩序をつくることです。

居心地については以前書きました。ざっくり言えばそれは「相手が顕在的に求めていないことは押し付けない」というようなことですが、そうしたコミュニケーション上の居心地の前に、空間としての居心地の追求が必要です。それはもう、大げさでもなんでもなく、机の間隔をあと1センチ広げてみようとか狭めてみようとか、BGMのボリュームを1つ上げてみようとか下げてみようとか、そういう本当に身近なところを偏執的とも言えるようなこだわりで試行錯誤し続けています。そういう意味では、受付や運営スタッフの業務とコミュニティマネージャーの業務は不可分です。ここに断絶(無意味な役割分担や縄張り意識)があると絶対うまく行かない。それぞれの業務の重なりの部分でいかに居心地を追求できるかが重要です。

そして僕は、居心地を創る上で一番大事なのは、会員さんの立場に立って、感じて、考えることだと思っています。なんかまた当たり前のことを言っているようですが、ビジネスにおいて実に多くの人が「立場」を軽視しているのが僕は昔から不思議なのです。

立場、というのは文字通り立っている場所のことで、立っている場所が違えば見えている風景が違う、という当たり前のことです。以前書いた発注者と受注者の不幸な関係も、実はお互いの立場に立ってみるということが出来ないことに多くは起因しています。相手の言うことが理解できない、あるいは大反対である、そういうときに自説に固執するのではなく、なぜ相手がそういうことを思うのかを理解するべきで、それは「立っている場所」を理解するということに他なりません。相手の立っている場所を理解して、そこから見える風景を想像する。それを「感情移入」と言うことも可能です。うーん。書けば書くほど、小学校の道徳のようなつまらない話に見えるなぁ…でも、これ、ほんと腑に落としてビジネスしている人少ないと思うんですよね。

少し脇道にそれましたが、会員さんの立場に立って考える、そのために具体的に何をするべきかというのはケースバイケースです。ただ、色々な人の立場を想像できる職業上の経験と能力は、コミュニティ運営者に必須の条件でしょう。それを前提として、さらに僕の場合は、KOILでの役割上の肩書を貰う前にまず、自分自身が会員になりました。今も一会員です。そしてコミュニティマネージャーのシフトでないときもできるだけKOILで一会員として仕事をしてきましたし、「今日はおれ会員だからねー」とか宣言しています。無意味でばかばかしいことのようですが、実は意味があると僕は思っています。そうすることで見えるものが、やっぱりあるからです。

一会員としての立場を持つことは、場の秩序をつくることにも有効に働きます。場の秩序とは何かというと、たしかオカムラの遅野井宏さんは「その場ではどんな行為が推奨されて、どんな行動が推奨されないか」というようなご説明をされていました。まさにそれです。秩序をつくるというとき、大人のオフィス空間であるコワーキングスペースとしては、できるだけ明文化されていないかたちで進めることが重要です。あれをしろ、あれはダメ、という張り紙だらけの空間やルールだらけの場は、参加者の創造性を削いでいくからです。というか、単純にカッコ悪いです。カッコ悪いのはみんなイヤですよね。

明文化されたルールを創らない、張り紙をしない、というのは言うのは簡単ですが、施設運営をしてみると、これはなかなか大変なことです。ただ、それは絶対に必要なことです。そこでコミュニティ運営者は何をするか。その答えの1つが、「最も推奨される使い方をしている人」になる、ということ。ユーザーさんが見て「あー、ああやって使うのかー」という人になる。このとき、一会員としての立場は有効です。

そしてもうひとつが、推奨されない使い方を排除していくことです。これは逆に一会員ではできないし、ユーザーさんにやらせては絶対にいけないことです。ある種の汚れ役。広瀬眞之介さんはそれを「全員に迷惑をかけるやつを追い出す」という言い方をしました。まぁひらったく言えばそうですが、「やつ」ではなく「行為」にしたほうがより正確です(し、広瀬さんの真意もそこにあると思います)。悪気があるかないかに関わらず、場の秩序を乱す行為は毎日なにかしら起こります。それを見て見ぬふりをせずに声をかけたり何かしらの対策をしていくこと。これも言うほど簡単じゃないし、その努力と会員さんのビジネス上の成果の関係が見えにくいので結構心が折れがちですが、これをがんばってやらないといけない。

毎日毎日そういうことをしていくと「空気」が生まれ、「文化」が創られていきます。そこではじめて、交流会などのイベントやマッチングの仕組みなど、具体的な仕掛けが効いてくるのです。

さぁ、やっとイベントや仕掛け創りに話が進みました。この時に重要なのは「ゆるいイベントや仕掛けを細かく計算してきっちり創ること」です。これ、逆のケースをよく見かけます。「目的や登壇者や主催者が立派なイベントを、雑な現場でゆるく創る」イベント。これほんと最悪。自律的な繋がりを生むためのイベントや仕組みを作るには、「なんだよ、自分で動かなきゃ何も起こらないじゃん、ゆるいなーこのイベント。でも楽しいからいいかぁ」というイベントを、徹底的に計算して、準備して、限界まで目と心を配って創ることが必要です。そのようにして、ゆるい飲み会系から割とヒリヒリしたビジネス系まで、イベントや仕掛けをグラデーションで用意していきます。

で!
その上で、やっと、最後に、「繋ぐ」です。ここまでやってきた施策において、多くの利用者さんが自律的にどんどん繋がっているはずです。だからコミュニティマネージャーは、自然にはどうしても繋がれない人同士やコミュニティ内では繋がれない外部(たとえば地域の人とか、運営事業者側のリソースとか、ある種の専門家とか)と繋がる必要がある際に、依頼に応じて、いわば最後の手段として、直接繋ぐことになります。この場合、会員同士を繋ぐ人としては、活発に活動する会員さんと一緒に「HUBパーソンのひとり」というくらいのポジションを取ることになります。「良く繋いでくれる何人かのうちのひとり」です。それがベストな状態です。そして外部を繋ぐ人としては、ビジネス支援者やコンサルタント、コーチに近いイメージの役割を担うことになります。

というわけで、今回わりと一気に書きましたが、以上が、僕がいま考えているコミュニティマネージャーのあるべき姿です。この先、「だとすると、どういう人がコミュニティマネージャーには向いているの」とか「じゃあコミュニティマネージャーって雇い主側はどう評価すればいいの」とか、じつに現場的な課題についての話もしていこうかな、と思ったりもしていますが、んー、それはもしかしたら少し先になるかも(あるいはやっぱ書かないかも)です。まずは、ここまでありがとうございました!

#ビジネス #コラム #コミュニティ #コワーキングスペース

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