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人の心は測れない(3)

時刻は17時32分———
声をかけたふたりは警官だった。

びくりと肩を震わしていると、通行人の邪魔にならないよう俺を端へと誘導した。

「カバンの中を見せてもらってもいいかな。」

そういったのは、やけにほっそりとした警官だった。

「別にいいですけど…。」

少し口ごもってしまう。
どうして俺が。
とそんなことを聞く勇気も度胸もなく、言われるがままに中身を見せた。

全てを掻き出され、挙句の果てに財布の中まで見られた。

「お兄さんお仕事帰りですか。」

もう一人の背の低い警官がいった。

「あ、いえ。大学帰りです…。」

「あっ、そうなんだ。ふーん。」

対して興味なさそうに言う。

興味ないなら聞かなきゃいいのに。

職質は順調に進み、細い方の警官はリュックのサイドポケットを開けた。

俺は少しぎくりとした。

そこには薬が入っているのだ。もちろん、しっかり病院で処方されたもので、違法なものじゃない。こういう立場になると些細な事でさえも緊張してしまう。

「お兄さん。これは?」

やはりというかなんというか。
薬の入ったポーチを取り出した。

「薬です。」

それはそうだろう。我ながら阿呆な答えだと後悔する。
そういうことじゃないのは分かっている。

「どこか具合でも悪いんですか?」

ここで弁明をしなければ。

「こっ、これは、アレルギーの薬と、副鼻腔炎の薬です。」

そうじゃない。具合が悪いかどうか聞かれているんだ。

「大変だね。」

絶対思っていないだろう。
まぁ、うまくいったから良しとしよう。

4月のすぐに例の流行病にかかってからアレルギー症状の悪化に加え、副鼻腔炎まで発症してしまう始末。

この辛さはわかるまい。

ひとしきりリュックをあさられた後に、今度は体を触ってもよいかと聞かれ、了承したのだが、アレまでも触られた。

「んっ….。」

変な声が出てしまった。

やんわりとそんなところまで触らなくてもいいだろう。

「特に危ないものはないね。協力ありがとう。」

無駄に緊張したせいでどっと疲れた。

ひどく張り詰めた時間から解放された俺は、考えていた。

なぜ、俺なのか。あれだけ大勢の人が行き交う中で、俺を職質したのか。
なんだか釈然としないが、おそらく今日のどこかにヒントがあったはずだ。

人相が悪かった?自分で言うのもなんだが、もっと悪いやつはほかにもいた。目が合ったから?その可能性は否定できない。

さて、振り返ってみるか。

慌てて家を飛び出し、汗で不快感を覚えながら大学へ向かった。
そのまま講義を受け、その後友人と話しながら駅へ向かった。
その時、神山は、違和感のある人の話をした。そして電車内では頭のよさそうな小学生が、『危ない人についていくな。』という話をしていた。

ふむ。

思考をめぐらしながら駅のホームに向かう。
すると、詐欺に注意という張り紙が貼ってあることに気が付いた。

そうか。

全ては俺の焦りが引き起こしたものだったのか。

確かに思い返してみれば、どこの駅に行っても詐欺を警告するようなポスターであったり、映像があった。そのつながりで小学生らはあんな話を教員から聞かされていたのか。加えて、神山の違和感のある人の話だ。足元が見えていないと言っていたが、それこそが鍵だったのだ。

神山のみたそいつはきっと、靴下がくるぶしほどまでのもので白色か、もしくはスーツに似合わぬ色だったのだろう。

詐欺、短い靴下。スーツ。

そこから導き出される答えは———。

受け子だ。

詐欺の受け子だと思われたのだろう。
しかも、目を合わせてからすぐにそらしてしまった。
それも要因だろう。

なるほど、行きの電車で物騒なやつもいるものだと溜息をついたが、それは俺だったというわけだ。

まったく、去年就活準備段階で身だしなみはしっかりと再三口を酸っぱくして言われたじゃないか。それこそ、耳に胼胝ができるほどにな。

目の前に電車が到着した。
これに乗れば乗り換えは終わり、帰路をたどっていくだけだ。

電車に揺られていると、グゥーギュルルと腹の虫が泣いた。
たまには、ラーメンでも食って帰るか。
ふと、窓をみると夕日が色濃く車内を照らしていた。


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