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男の子のてのひらに地球。

 昼間の電車。僕を含め4〜5人しか居ない車両。向かいのシートに、お父さんとお母さんに挟まれ4〜5歳くらいの男の子が座っている。男の子はビニールか何かで出来た軽そうな地球を抱えていた。要はGoogle Earthのような地球の衛星写真をビニールのボールにプリントしたものだ。
 「ねえおとうさん、ここは、人は住んでる?」
 男の子は真っ青に塗られた大西洋の真ん中を指差している。
 「そこは、どうだろうね〜」
 父親はスマートフォンを取り出す。男の子は父親の顔を覗き込む。隣では母親が微笑んでいる。子の年齢の割には少し、2人とも歳の行った親だなと思った。
 「そこはね、セントヘレナ島」
 「え?」
 「セントヘレナ。人口4,000人」
 「たくさんいる!」
 「たくさんいるね。ショウの学校何人いる?」
 「うーん。わかんない」
 「ショウの学校は1年生から6年生まででだいたい300人ね」
 「ねえどんな人が住んでるの?」
 「どんな人かって……ちょっと待ってろ」
 父親は再び検索を始める。
 「ほら、こんな人たち」
 「ひこーき!」
 「ああ、そうだね。これはセントヘレナの空港かな」
 「ちっちゃいまち」
 「そうだね。岩がゴツゴツしてるよ、火山の島なんだね」
 「かざんのしま?」
 「海の中の火山が、ぼーんって爆発して、盛り上がって、海の上まで出ちゃってるの」
 「ええええ!爆発しちゃう!」
 男の子は爆笑する。僕も子供の頃、爆発とかいう突飛なネタに大ウケしていた時があったよなぁ。

 いい親だな、と思った。
 一見脈絡もなく、とめどなく続く子供からの質問を、すべて受け止めてくれる。子供の質問だから、などと冷ややかに見ることもなく。いい親だな。
 インターネットって良いな、とも思った。
 とめどなく溢れる僕らの疑問を、なんでも受け止めてくれる。ネットリテラシーだフェイクだファクトだとかいう冷ややかな問題は一旦抜きにしよう。インターネットって良いな。

 電車は家族の団欒を乗せてカタンコトン、東を目指して走る。

 ・ ・ ・

 昼間の電車。俺を含め4〜5人しか居ない車両。向かいのシートに、お父さんとお母さんに挟まれ4〜5歳くらいの少年が座っている。少年はビニールか何かで出来た軽そうな地球を抱えていた。要はGoogle Earthのような地球の衛星写真をビニールのボールにプリントしたものだ。
 「ねえおとうさん、ここは、人は住んでる?」
 少年は真っ白に塗られたシベリアのどこかを指差している。
 「そこは、どうだろうね〜」
 父親はスマートフォンを取り出す。少年は父親の顔を覗き込む。隣では母親もスマートフォンをいじっている。2人とも若い親だなと思った。
 「ねえおとうさん、ここは、さむいの?」
 「寒いだろうね〜凍っちゃうだろうね〜」
 そう口にしつつ、父親の目線はスマートフォンの画面内に終始している。母親に至ってはイヤホンもつけずに、ゲームの音を垂れ流している有様だった。
 「ふ〜ん……」
 少年はずっとひとり、地球を眺め回していた。赤茶や黄色の砂漠、濃い緑の森林地帯、青い大洋に浮かぶ小さな島々などあらゆる地形を一目に眺めながら、丸い惑星を自らの手で思うがまま回していた。彼に飽きる様子はない。

 想像力に勝るものはないよな、と俺は思った。
 想像力がない人にとってはただの模様のついたボール。でも少年にとっては想像のタネが無限に詰まった魔法の球。その歳で寒冷地の暮らしぶりが気になるなんて、人文学的になかなか良い視点と想像力を持ってる。
 君なら1人で何処へでも行ける。いつまでも遊び続けられるよね。たとえ、周りの大人がどれほど無理解だとしても。

 電車は子供の気持ちをシェイクしながらカタンコトン、あと1駅で終点。

 ・ ・ ・

 昼間の列車。私を含め5人しか居ない車両。向かいのシートに、4〜5歳くらいの男の子と、父親らしい男性の2人が座っている。子供はスマートフォンを見つめている。
 「何見てるの?」
 父親が尋ねる。
 「ぐーぐるあーす。」
 子供が答える。
 「ずっとね、うごくの」
 なるほど、GPSで現在地が表示されるのが面白いわけだ。
 「動くね、面白いねぇ。ちょっと貸してごらん。……ここが東京な。で、ここが、ここ。」
 「すごい!とおい!」
 「遠いだろ?でも、地球全体を見ると……」
 「わー……地球おっきい」
 「そうなんだよ。2人で東京からここまでずっと来たよね?だけどそれは地球規模からするとたったこれだけの距離でしかないんだよ」
 「ふーん……」

 少し難しい話じゃないかな、と思った。けど素敵な話だと思う。
 家に籠っていても世界中の街角を覗き見出来る時代。きっと父親は子供に、世界の広さを、身体で感じさせたいのだろう。
 「お前は地図に興味があるみたいだけど、こうして実際に旅してみる、ってのも大事だろ?」
 「うん……」
 子供はまた、しばらくスマートフォンを眺めていた。

 「ねえおとうさん」
 「ん?」
 「ここは、人は住んでるの?」
 唐突な質問。
 子供のスマートフォンを父親が覗き込む。
 「ここって、ここだろ?」
 父親は窓の外を眺める。列車は速度を落とし、無人駅のプラットフォームに差し掛かる。駅名を告げるアナウンスに続いて、『列車行き違いのため当駅にて20分ほど停車いたします』。
 「ぐーぐるあーすでね、見ると、なんにもない」
 「うん、見てみな。周りは山ばっかりで家がないよ」
 「ぐーぐるあーすでね、しらべても」
 スマートフォンを見ている子供の肩を叩いて、外を見るよう促す父親。
 「分かったよ、ほら見てみな」
 やがて列車は古民家のような木造駅舎のちょうど前で停車した。ぷすーん。ドアは開かない。押しボタン式のドアは、開く人が居なければ開かない。昼間この駅で乗り降りする客は滅多に居ない。
 子供は周りをきょろきょろ見回し始めた。上半身ごとぷるんぷるんと左右に振って向きを変える様が可愛かった。
 「だれも、のったりおりたりしないよ、おとうさん」
 列車が停まって静かになったせいか、子供は声を落として話した。
 「そうだね。誰も住んでないかもしれないね」
 「やっぱり!?」
 住んでいないことはない。地元民の私はこの駅から何百メートルか離れたところに家が何軒かあるのを知っている。山かげで見えないだけだ。
 「ショウ、降りてみよっか?」
 「え?」
 「20分停車するっていうから、降りて周りを歩いて来ようか」
 それは良い、と私は思った。
 きっとこんな田舎の山奥に来る機会なんてそうそうないだろう。ネットで調べ物するのも大事だけど、子供のうちから色んなものに触れておくのも大切なことだ。百聞は一見にしかず。書を捨てて街へ出るべし。せっかくの旅行なんだし。フットワークが軽くていいお父さんだなぁ、と私は思った。そもそも"親子2人で列車旅"というものに私は少し憧れる。私も旅行は好きだ。羨ましい。
 しかし子供の答えはにべもない。

 「えー、やだ!さむい」

 確かに寒い。山奥だし。
 「でも周りに人が住んでるかどうか知りたいと思わない?」
 さらに父親は畳み掛ける。せっかくの旅行なのに。こんな場所に来る機会そうそうないのに。百聞は一見にしかず。書を捨てて街へ出るべし。そんなようなことを立て続けに言った。すると、
 「……わかった」
 父親の言いように子供はますますヘソを曲げ、またスマートフォンを見始めてしまった。
 父親は少し沈黙してから、残念そうに「じゃあお父さんは見てくるから」とか言って1人出て行った。後悔しても知らないよ、と言い残して。

 ああ。
 大人と子供は、違う文脈の中に生きているんだ、と私は思った。

 ネットで知った気になるより現地で見て来い……なんて話は、ネットコミュニティが成熟してから今まで何処ででも言われてきた正論だ。けどそれは無知を恥じた大人が後悔交じりに吐く台詞、もしくは無知な大人を貶すための慣用句でしかないのだ。
 子供の純粋さは、後悔などという感情とは最初から縁遠い。ただ現在の興味関心にだけ従って生きている彼らを「現実を見ない愚かもの」と断じるのは、本来は大人同士の中でされるべき考え方だ。最初から、子供は違う文脈の中で生きている。

 父親の姿が駅舎の中に消えた頃、子供はスマートフォンをぱっと置いて振り返り、座席の上に膝を乗せ、膝立ちで窓に顔を張り付けた。
 求めているのは答えではなく父親の姿だ。
 私の他に2人ほど居た乗客がいずれもその子を見ていた。子供が寂しそうに吐いた息が窓を白く曇らせるのを見ていた。やがて子供は腰を下ろし、再び俯いてスマートフォンに語りかける。
 音声検索機能の起動音が、ぴぽん。

 「このちかくに、ひとは、すんでいますか」

 インターネットは"答え"を教えてくれる。
 けどそもそも"疑問"って何のために持つんだっけ。

 1人の子供と3人の大人を乗せた列車が、対向列車と、1人の父親が到着するのを待っている。


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