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vol.58「彼女の生き様、バッチリ見な!」(『狭き門』ジッド 山内義雄:訳/新潮文庫/1975年刊)

vol.58「彼女の生き様、バッチリ見な!」

みなさんこんにちは。

今週はフランス文学です。
ノーベル賞作家、アンドレ・ジッド。

あの小林秀雄も、書評を書いていました。
漱石もどこかで言及してたような…。
たぶん日本文学とも関係が深い作家です。

ジッドの代表作、『狭き門』。
では、どうぞ…。

本書は「恋愛もの」です。

といっても、
恋愛がテーマのコンテンツなんて、
いくらでもありますが…。

イメージとしては、

りぼんマスコットコミックスじゃなくて、
ぶ~けコミックス寄りというか。

恋愛を「物語を動かすツール」ではなく、
主題として扱っています。

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ところで、
恋愛に「終着点」ってあるのでしょうか。

失恋以外で、
実を結ぶパターンで。

結婚や出産が、すぐ思い浮かびますが。

これって「別の始まり」であったり、
あるいは「昇華」ともいえる、
「ぜんぜん関係ない行為」でもあります。

だったら、

相手が死ぬまで焦がれる

とか。

これはイイ線いってるかも。

じゃあ、恋愛において「死」は、
ひとつの成果であるのか?

いやいや、「死」は喪失ではないのか?

ややこしくなってきましたから、
先人の胸を借りることにしましょう。

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紀元前400年ごろに、
ソクラテスという哲学者がいました。

この人は本を書かなかったので、弟子のプラトンが、その哲学を書き伝えているのですが。

対話篇の一つ、
『パイドン』においてソクラテスは

哲学とは死の練習である

と言っているのです。

プラトンの哲学によると、
真の善、真の美、真の知性とは、
この世には存在せず、
あちらの世界、イデア界にあるという。

対してこの世では、

魂は肉体という牢獄に囚われているため、快楽や強欲の奴隷になってしまいがちである。

だから、自分の中の知性を研き、世俗的な欲求を否定する「哲学=魂への配慮」は、

この世から遠のき、
あの世(イデア)に近づく

という、まさしく「死の練習」になります。

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本書『狭き門』はラブストーリーです。

敬虔なキリスト教徒のアリサと、
そんな彼女にぞっこんなジェローム。

ジェロームは彼女と結婚して、「この世で」幸せになりたいという、しごくまっとう(平凡)な考えの持ち主ですが。

アリサはそういった「実際的な」「手を伸ばせば届く」「安っぽい」幸福を望んではいません。

もっとこう、主に近づくような、高邁な愛、高邁な幸せというものを欲しがっているのです。

けれどもアリサは、
愛するジェロームの近くにいると、
そういった「高い志」が揺らいでしまうから、
彼のそばにはいられない。

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二人の〈幸福観〉を端的に表す例が、
「旅行」の比喩で語られていました。

ジェロームは、

この世に面白いものがあるのなら、
行って自分で見てみたい

いっぽうアリサは、

この世に美しいものがあることを、
知っていられればそれでいい
自分が直接訪ねたり、
手に入れたいとは思わない

そうして、ジェロームとの婚約にも積極的でない。

ジェロームのことはとっくに愛してるのだから、別段、「契約」は必要ないと思っているのです。

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アリサは〈イデア〉に片足つっこんで、「高邁な幸福」を欲しがっているからこそ、〈この世〉において上手に立ち回ることができない。

ルソーは著作『社会契約論』において、「究極的なキリスト教国家」を仮想しています。

そこでは、

究極のキリスト教徒が望む幸福とは、
すべて「死後の幸福」であるため、
現世の利害を鑑みた国家運営は期待できない
どんな苦難が生じたとしても、
彼らはそれを「主による試練」として、
喜んで受け入れ続けるだろう

といった分析がなされています、想定上ですが。

幸福になるための「小細工」、「生存戦略」というものは、〈現世〉に何かを期待している人間だけの「習性」です。

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ところが。

そういったアリサの「高潔さ」は、

いつまでも保たれるものか
動機も根拠も必要ないものか

といえば、そうありません。

本書冒頭で、ジェロームは読者に、

「アリサが好きな理由」

を明かしているのです。

アリサには快活で美人な妹:ジュリエットがいるのですが、「そっちよりもアリサのがいい」理由を。

それは、

ジュリエットの美しさは皮相なものだが、
アリサはもっと深遠な意味で美しい

というのです。

彼女の宗教的な意志を、
かぎとっていたのでしょう。

ですが、アリサ自身、ジェロームのこういった思いに気づいていました。

彼女がどうして「かくも高邁」であったかというと、

ジェローム自身から
「高邁な思想」を感じていた

そして、

「ジェロームが憧れるアリサ」
になろうとした

のです。

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しかしアリサは、

ジェロームには
「ジェロームなりに」
幸せになってほしい

とも考え始めます。

そして、自分はジェロームとの恋仲から身を引き、妹のジュリエットと結婚させようとします。

自分には恋愛を成就させることができない。
「結婚」という終着点をつけられないから。

自己犠牲の精神を発揮して、
ジェロームを別の人と結婚させ、
間接的に幸せにしようとするのです。

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当然、ジュリエットにも意思があります。

そうそうに自分の相手を見つけ、
「ジェロームではない人」と結婚。

そして、夫の仕事を積極的に手伝い、
子供もたくさん産んで、
それなりに、

つまりは「堅実に」幸せになります。

いっぽう、自己犠牲も不発に終わり、
ジェロームとの関係を破綻させ、
信仰もゆらぎつつあるアリサは…

衰弱し、とうとう死んでしまいます。

現世では実現しない「真の幸福」を追い求め、
思索という「死の練習」を繰り返した結果、

練習の成果を出してしまうのです。

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生きるのがフツーに下手!

という感想もあるでしょう。

少なくともパートナーがいて、
チャンスをつかんでいたのですから。

ジュリエットみたくナアナアで、
ソフトランディングな幸せを、
掴んじゃったらいいじゃないのよ

という意見もありましょう。

恋愛の「終着点」としては、
そっちのが一般的です。

しかし、どうでしょう。

結婚して、
子どもを産んで、
幸せゲットだよ!

という「典型」に潜む不公正を、
見過ごしている気がします。

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人口とは、すなわち経済力です。

少子高齢化が騒がれる理由は、
端的にこのとおりですが。

端的に、子育てや老後の心配をすれば、
子供を産むニーズも出てきましょう。

「非労働者」を養うためには、
それなりの大きさのコミュニティが必要です。

働ける人間同士、協力しあわなければ。

とはいえ、

命はなぜ生まれてくるのか

と考えた時に。

労働力を増やすためだ、とは言いますまい。

言うとしたら、政治家くらいです。

「典型」で考えることは、これくらいの「不公正」を働くことにもなります。

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友人が何人か、フランクル『夜と霧』を読んで感動しています。

ナチの強制収容所の壮絶な経験を経て、書かれた本ですが、

生きる意味とは与えられるものではなく、
自らが答えを出すべきものだ
人生が人間に、生きる意味を問うているのだ

という考え方が、新鮮であったようです。

ちょうどいま『仮面ライダーゴースト』を観ていまして、まさにそういった物語です。

死んで幽霊になった主人公が、
命を燃やして「生き切った」
人間のすばらしさを語ります。

生きる意味なんて、
考えたって分からないから、
とにかく生き切る

命を燃やして、俺の生き様見せてやる!

👻👻👻👻

ただ、「生きる意味」を見つけるコストは、生まれた命が支払わなければならないのでしょうか。

生まれてくるという選択の責任は、
生まれてきた側にあるのかといえば、
そうではないでしょう。

決断を下したのは、
「生んだ側」です。

古代の詩人が

涙の谷、煉獄
肉体の牢獄、イデアの陰

と、散々こき下ろしてきた、
すこぶる評判が悪い〈現世〉に、
また一人、命を巻き込む。

日々、他の命を摂取し続けるという消耗戦を戦い抜き、それでも

生まれた意味を自己負担で見つける

という「割り切り方」は、感動的であります。

しかし、そこに「公正さ」はありません。

👻👻👻

この点には、「仮面ライダー」は自覚的です。

そもそも
〈仮面ライダーゴースト〉の変身音は、

レッツゴー!
覚悟!
ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!!

なのですが、まさしく「覚悟」なのです。

明らかに「公正さ」を欠いた判断ですが、
それでも「生き切る」という答えを、
人生に対し突きつける「覚悟」
ひとつの「虚偽」を貫きとおし、
迷いを振り切る「覚悟」

本書『狭き門』のジュリエットのような、

ナアナアで「典型的」、
「生々しすぎる真実」を退け、
だからこそ安心感のある幸福

を得ることは、こうした「覚悟」によって支えられています。

アリサはそれをしなかった。

彼女には、「覚悟」はなかった。
生きるのは下手だった。

しかし、彼女が陥った「混迷」は、
誠実さから始まる「混迷」であったはずです。

👻👻

ジュリエットは長生きをして、
アリサは短命でありました。

アリサは早く死ぬことを望み、
残されたジュリエットは涙を流す。

人はまったく多様でありますが、
それだけ「幸せが多様か」というと、
どうにも「心の多様性」に対し、
追いつけていない気がします。

こうなれば、

ジュリエット的生き方がどうの
アリサ的生き方がどうの

と、分析して、批評して、選び取るよりも、

生まれて生きた

それだけのことに、
価値を見いだす必要性を感じます。

👻

そのためには、
どんな人生を送った人も、
平等に覚えておくこと。

人間同士が視線を送り、送られ、
互いに「認める」ことが重要なのでしょう。

アリサもジュリエットも、
ジェロームもまた、生まれて生きました。

ジッドはノーベル賞作家なので、
おすすめするハードルは低いです。

みなさんもご興味あれば、
彼女らの生きざま、バッチリ見な!

(おわり)

『仮面ライダーゴースト』において、

「肉体を伴った人間」として生き切る

という「覚悟のシンボル」が、
「たこ焼き」という「食べ物」です。

みんなで食べて、
笑顔になって、
生きることの尊さを知る。

病は気から

と言いますが、その逆もしかり。

今回暗いnoteを書いてしまったのも、
ひとえにお腹がすいていて、
気持ちが暗かったからです。

気持ちが明るければ生きていける。
そのために、ご飯は大事よね。

・・・おや、これは。

「魂を縛る肉体」の快楽を利用して、
魂に対し、恣意的な操作を加えて、
「生きてもいいかな」という答えを出させる

そういう「虚偽」を繰り出しています。

………。
……。
…レッツゴー!覚悟!!

では、次の水曜日にお会いしましょう。

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東北大学/「エキマエ読書会 by東北大生’s」のオーナー/ 「読書生活のサンプル」をお送りします(毎週水曜日)
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