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noteを読んでいて思うこと

noterさんのnoteを読みに行くと,時折、何だか,自分だけが分かっていて、相手に伝わらないような、難解な文章を書く人をお見かけすることがある。

わたしがそうした時に思うのは、noteとは何ぞや?ってことだ。

多くのSNSがこの世に存在する中、特徴的なものがそれぞれにあり、インスタ(Instagram)は写真,画像の美しさやバエ(映え)を表現する手段のSNSであったり、ツイート(つぶやき)をするために字数制限があるTwitterがあったり…。

その中でnoteのSNSとしての機能はやはり文章表現を発表する場であり、景色や美味しい食べ物バエだけには相応しくないサイトと言えるし、つぶやくだけで相手に伝わらなくても良いならnoteを使わなくてもよいのでは?と。

何だったら,Twitterから出直したらどうかと(苦笑)…。

かく言う私も,相手への配慮が足りずに、分かりにくい文章を書いてしまうリスクだって、なきにしもあらずだ。

だからこそ,いつも思うのは、コメント欄にヒトコト欲しいのだ。

💓は全く要らないかと言ったらウソになるが、あしあと代わりに付けて行ってくれたなら、ついでにコメント欄も書き込んで欲しいと言うのは、欲張りだろうか。

何故,欲しいかと言ったら、読みもしないで,「💓だけつけ逃げ」と言った諸兄も、いないでもないのではないかと、わたしは睨んでいる。

よって、コメント欄には何でもアリだ。

誤字や脱字があったよと(何度か読み直しているつもりでもスッカリこの字で合ってると、勘違いや思い込みでgoサインを踏んでしまうこともあるので)、お知らせ下されば「よくぞそこ迄お読み下さいました」と感謝感激だ。

もしくは、この表現はいただけないよとか、使い方を間違えてるよ等の、苦言でも良い。

そのあなたのヒトコトでわたしは精進出来るし、そのお陰でこうして,やって来たのだろうし、これからもして行きたいと思うから💛✨👌

                            (おしまい)

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