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Arca進化論

 2013年Kanye Westはヒップホップの金字塔ともいうべき『Yeezus』をリリースした。DaftPunk・Hudson Mohawke・Gesaffelstein・Evian Christといった早々たる面子のエレクトロミュージックのプロデューサーに混じり、Arcaは5曲の制作に携わる。当時ほぼ無名であった若き才能は一夜にして第一線を張る異次元のビートメイカーとなった。今回はそんなArcaを知る上で欠かせない2枚の作品からピックアップして紹介しようと思う。


『&&&&&』 Arca誕生の幕開け

『&&&&&』 2013

 ベネズエラ出身、エレクトロミュージックのトラックメーカーとして類まれなる才能を発揮する彼女はいくつかの作品のリリースの後、カニエ・ウェストの『Yeezus』の制作に参加。後にFKA Twigs、Bjork、坂本龍一らに声を掛けられるほどに成長した特異なプロデューサーである。

 本作においてArcaは金属の擦れる音、グリッチ、歪んだシンセベースをHiFiに音を鳴らしながら非線形の物語を描いている。単純に言うと音が凄いのだ。ギュインッッッッッやブワーーと言ったインダストリアルサウンドがあのグロテスクなジャケット写真と一緒に奥から迫ってくる。ジャケットから想起させられのは赤子。自分の5体に疑念を抱く異形の生物が誕生と同時にその身を悲哀しさんざめく。ArcaとJesse Kanda(※1)から作られるビジュアルイメージは明らかに性別を超越しようとする意志があるが、それは公開されてきた各ジャケット写真を見れば明らかである。ニューヨーク近代美術館で上映された映像(下動画)にその一端がみえるはずだ。

 Arcaの作り出す音とHyperPopの音は似ている。HyperpopがもつLGBTQコミュニティアーティストの側面から奏でられる音がしばしば「汚された」と形容される事があるが、それは本作においてSnoop DogやFF10のBGMを歪めてサンプリングしたArcaにも重なる部分がある。この音の種類というのが後に誕生することとなるHyperPopというムーヴメントに影響を与えたのは確かだろう。加えて初期の段階から自らのジェンダーマイノリティについて語っていたArcaの態度が”音”と一緒にHyperPopに輸入されたのは必然だ。

 「理由はいくつかあるんだけど、僕はラヴ・ソングをよく書いていたんだよ」と彼は回想する。「たとえ愛の意味がわからなくってもね。あのころの僕は性的にまったく満たされていなかった。じつは、僕ってとーってもクローゼットだったんだ。自分がゲイだっていうことはかなり昔からわかっていた。でもね、ベネズエラの社会ではそれに気づくことすら許されないんだ」

ベネズエラ、性、ゼンとの出会い ele‐king

 彼女のスタイルには明確にIDMともアンビエントとも言えない流動的な姿勢が維持される。"表題には「&」が5つも並べられているが、そのあいだにはどのような音楽上のジャンル/概念を代入していただいても結構、とでも言うかのよう"  とは竹内正太郎氏の言葉だ。特定のジャンルに拘らない制作の姿勢は枠組にはまることを忌避している。それは勿論ジェンダーの壁だったり見た目の壁だったりを超越する為の結果なのだが、Arcaが評価されたのはこのDIVAとしてのキャラクターだけでは無い。

 そうでなければサウンドのテクスチャーに拘り抜いた『Yeezus』の制作に呼ばれるはずがないのだ。


『KiCk i』 雑食性、HyperPop

『KiCk i』 2020

 Arcaを人にレコメンドする際どのアルバムが最適だろう。恐らく多くの人が挙げるのが最高傑作と名高い『KiCk i』を選ぶ。そして聴かされたリスナーはこう言うに違いない。「HyperPop?」

 「それは違う」と言いたいところだが一概に否定することも出来ない。
 Arcaは常に刻一刻と姿を変える異形の生物であり、ある時はIDMを、ある時はレゲトンを選択する自由な感覚がHyperPopの持つ性質と近似している。

 ダブ、エレクトロニカ、チョップド・アンド・スクリュード、エレクトロニカ、その他数多もの断片を繋ぎ合わせ誕生した『&&&&&』(2013)、それら要素を咀嚼しまとめ上げコンセプチュアルにさせた『Xen』(2014)、インダストリアルでより暴力的な音像が牙をむく『Mutant』(2015)、今までにないボーカル面を押し出した『Arca』(2017)、最もPopに接近した『KiCk i』、アルバム毎に変化する有り様は特定のナニカに捉われることを嫌った結果だ。既存のジャンルを縦横無尽に横断し暴食、それらを吐き出す際にはマキシマリズム或いは汚すことによって完成する点はArcaにもHyperPopにも共通している。急に差し込まれるシンセサイザーやノイズはエントロピーの増大を招き、乱雑性はVaporwaveの持つループによる懐古主義を否定。Arcaが向かおうとしているのはいつだって未来だ。

Vaporwave…
古いCMソング・ショッピングモールの有線・アニメ、ミューザックを主体にサンプリングしループさせた音楽ジャンル。既存のトラックをチョップド・アンド・スクリュードさせ音を劣化(Lofi)させることが特徴的。HyperPopと入れ替わるようようにして10年代後半には衰退していった。

 また『Kickシリーズ』においてArcaが高域から低域のヴォイスを意図的に混在させているのはジェンダーの複層性を示しているが、これはHyperPopのアーティストが多用するピッチが変更されビットクラッシュ(音の解像度を下げ荒い質感を出す編集)を用いたボーカルメイキングで自らのセクシュアリティを超越しようとしてきた点と重なる。性別の区別がつかないロボットが「Nonbinary」を宣言。アルバムに参加したShyGirlやSOPHIE、HyperPop畑のアーティストらは音以外でも共鳴する。Queer Power。

 そもそも音がHyperPopぽいのだから長々と書く必要はないのかもしれない。HyperPopの源流として捉えられる事があるバブルガムベース(※2)の使用を「Time」や「KLK」で起用している事からも自らの音楽性が寄っていることはArcaとて自覚しているだろう。それは当然ジャンルの第一人者であるSOPHIEとのコラボ曲「La Chíqui」への動線となるが、この曲でバブルガムベースのような可愛らしい音は存在しない。SOPHIEもまた特定のナニカ(バブルガムベースの人)にとらわれる事を嫌い新たな表現方法を模索し続ける人なのだ。だからこそ2人が選択したこのビートには100gecsやunderscoresが鳴らすような幅広いジャンルの参照点を雑多に混ぜハードコア系の音でマキシマムに吐き出すアイロニカルな側面が強く出ている(※3)。HyperPopの「Hyper」の意味は超越した。ArcaもSOPHIEも社会の既成概念やジェンダーに対する偏見と闘い超越しようとしてきた人物なのだ。

最後に

 Kickシリーズの5作連続発表で順にHyperPop→レゲトン→アンビエントと近年のトレンドをやり切ったArcaに今新しいアルバムを作るモチベーションはないのかもしれない。Kick iiiiiリリース後も、TainyやLil Uzi Vert、Laurie Andersonなどのプロデュース活動は行っているが果たしてどこに向かおうとしているのだろうか。常に未来の可能性を提示してくれるArca。次はどんな世界を見せてくれるのか気長に待ちたい。



※1 活動初期からArcaのアートワークを手掛けてきた盟友。彼個人の音楽名義Doon KandaもArcaを深堀するうえで重要。

※2 A.G. Cookが主催するレーベル「PC MUSIC」がリリースしてきた一連の作品群につけられたジャンル名。煌びやかなピッチの高いシンセサイザーがポップに奏でられるのが特徴。代表曲【BIPP】 by SOPHIE

※3 ユリイカ 2022年4月号 天野竜太郎氏の章から参照。
「ハイパーポップはそのフォーマットの特徴(メロディ、ハーモニー、ビートのパターン、テンポ、テクスチャー、音像)を、空疎な笑みを浮かべながら過剰に強調し、増幅させる。そのマキシマリストとしてのアプローチによって、ハイパーポップは音楽になる手前のノイズに漸近していく。ポップの条件を最大化し過剰化することによって非ポップに近づくというのは、なんてアイロニカルなことだろうか」

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