労働向いてないな〜

今まで飛んだバイトの話でもするか。

私がストレス弱者であり、我慢弱さについて他の追随を許さないことはこの地球(くに)でも有名なことだ。心の底で我慢する必要がないと思っているしストレスに弱いというのは自明なこと。なので、ストレスを感じるとすぐにアルバイトを飛んでしまうクセがついた。


始まりはどこからだろうか・・・私はまず、高校生のあの日を思い出した。

チキン野郎だった私は高校1年が半分ほど過ぎ、皆が高校生活にも慣れた頃に初バイト✨バイト仲間✨みたいなことをやっているのを見てそのキラキラ感に少し憧れを抱いていた。が、チキンなのでそんな同級生を横目に派遣サイトに登録して、単発で工場での単純作業を繰り返してはぼちぼち貯金をしていた。集合場所に集まる人々は社不(社会不適合者)っぽい見た目の人や外国人ばかりが目立っていてそこだけちょっと面白かった。そんな日々がどれだけ続いたかは覚えていないが、あれは確か定期テストやらで少しだけストレスが溜まっていた頃に、いつものように集合し、いつものように作業を行っていた。その日の作業はトマトソースの缶が凹んでいるかどうかをチェックするだけというずば抜けた単純作業であった。まあ、いいかと思い作業を開始してしばらく経ってふと時計を見る。(まだ14時か〜20時までやったよな〜休憩はまだかな〜はよ帰りたいな〜)とか空想しつつも、作業を続ける。中途半端に効く空調設備しかない広い空間で、工場特有のにおいとゲシュタルト崩壊しそうな作業に苛立ちを覚えていた。そして私は、真剣に1時間が経過したと確信して時計に目をやった。しかし時計の針がさしていた時刻は14時10分。14時10分⁉️10分しか進んでないの⁉️精神と時の部屋…ってコト⁉️なぜかこの作業を夜まで続けていると精神が崩壊してしまうと直感した私は15時の休憩時間までをなんとか耐え忍び、休憩時間になったと同時に誰も見ていないところで作業服を脱ぎ捨てて作業所から走り去った。だが工場という建物は複雑で、簡単には出口を見つけれられず、やっとの思いで見つけた非常階段を駆け下りて命からがらその工場から脱出した。青春というものがあるのなら工場から脱出してマップで調べた最寄り駅まで汗だくになって全力で疾走したあの日のことだと思う。初めてのことだったので、その後しばらくは罪悪感に苛まれたり親や学校に連絡が行ったらどうしよう…などと案じていたが無論杞憂だった。鬼電は来たけど。この青春は、バイトを飛ぶ行為に抵抗を示さなくなるには十分な経験であった。

次は高校生末期、大学受験が終わったくらいに始めた某お好み焼き屋さんだった。面接でその場採用された。これは後の経験で判明することになるがその場採用は人手が足りていないということなのでブラックが多い。そしてその店の副店長が苦手すぎた。まず初出勤で「おい、お前」から入り、私が焼き損じたお好み焼きを客の目の前で捨てる。客の目の前でそういうことする店には客としても行きたくないね。そして2人しかいない時は女の話、店長の愚痴、給料の愚痴。忙しい時はいつ叱責が飛んでくるかもわからず、余裕でストレスだったので働けないと思い、店長に相談してあと2週間で辞めると伝えたところで飛んだ。あと2週間行けよ、なんで嘘ついたの?まあ辞めるとなってからの残りのシフトを消化する期間は地獄ですよね。この当時はまだ相談する気概もあったし飛んでもなお制服を直接返却しに行ったので今から考えると真面目だな〜。なんかムカつくのでその店の系列店舗は一切利用していない。

次はネカフェ。大阪某所にあった今は潰れたネカフェへ、一度利用した時に店員の態度が極めて悪かったのでなんとか社不の自分でもできるだろと思い始めた。なぜその時にわからなかったのだろう、普通に考えて客に態度悪すぎるなら新人にも態度悪いということを…。悪態をつくというわけでもないが無視したりとにかく話を聞いてくれない。お話ししてよ〜。何なんだったんだアイツ。そしてやっぱり客層が悪い!ブース内で全裸になる奴、シコる奴、自殺未遂する奴、とかそんなのばかり。直接怒鳴られるのが苦手なだけでそういう異常行為への耐性はかなりあるということがわかった。イレギュラーな対応が多いのにその都度上司の態度が冷たくてなんなんだコイツ、飛ぶぞとか思っていた。その後何ヶ月かしてから潰れそうだったし飽きたので飛んだ。こんな快楽殺人みたいな飛び方ある?

次はカラオケ。これは楽しかった。1番長く続いたバイトで、1年半も続いた。1年半も続いたのに最終的には飛んだ。翼でもあるのかな?流石に自分が労働に向いてないことは大いに自覚していたので「さて、いつ飛ぼっかな〜」くらいのノリで始めたバイトだったのに、ホモソーシャル的なノリを強要する人もいないし話が合う人ばかりだった。業務内容も、警察が視界に入ったら走って逃走する必要のある違法なキャッチに出されたり、ゲームセンターの両替機で勝手に両替したり、飛んだエピソードなので詳細は省くけれどハプニング系が多くて飽きるということがなかった。そんなバイト先をなぜ飛んだのか、それは企業がコロナで狂ったからだ。追い詰められた獣が断末魔の叫びをあげるように、経営難に陥った企業は謎の制度改革を行う。コロナでシフトが削られたというのにドシドシ新しくバイトを雇う会社と話の通じない口の臭い店長。1年半働いているのに突如もう一度研修をするから履歴書を持って来いと言われ、履歴書代を請求したらそんなものは出ないと返されムカついてそのままブロック&着信拒否で飛んでしまった。この頃にはもう飛ぶことへの躊躇いも罪悪感も微塵もなく、少しでも逆らったら飛ぶ。気分は邪智暴虐の王である。たぶんコロナがなければ続けていたと思う、コロナ憎し、私の居場所を返せ!

最後は居酒屋とキャバクラのボーイ。悪魔のコロナ政権下で財政難に陥っていた私は放浪の挙句近くの居酒屋に応募していた。採用されるも数回出勤したら緊急事態宣言が発令され休業へ。店長と「困りますね〜」と雑談していたら「いい仕事あるよ!」とキャバクラのボーイを紹介されたので、まぁ嫌だったら飛べばいいか思い、始めた。どんな業界かよく知らなかったが、驚くほどに想像通りだった。ホモソーシャルだったり社訓にやたらとふわふわした前向き発言があったり、それはもはや体育会系が推薦で来る場所かな?と思うレベル。業務自体は簡単でも、使用される金額の単位が大きいから緊張はするし酔った勢いで怒鳴る人間の多さとか、そういう仕事特有のキツさはあった。そしてこういうバイト先にありがちなのは社員とバイトの温度差だ。私は未だ学生であるからというのもあり、労働に対して手段以上の価値は希求していないし、時給以上のことには対応できない。にもかかわらず社員はなぜか、バイトは皆等しく昇進したがっているものだと思い込む。決してその仕事をナメているというわけじゃあないが、なぜこの手の人たちには相手のニーズを想像する力がないのだろうか?といつも疑問に思う。どちらが間違っているかで言えば、たぶんバイト飛んでる回数から考えて私が間違っている。とにかく業務内容よりもその温度差と、あと勤務時間外の連絡が多かったので即辞める決意をした。バイトを翔んだ日は出勤日だった。制服を返却するため、一度店舗へ行って誰もいないフロントに制服と「辞めます」とだけ書かれたメモを配置して飛んだ。一瞬、バックヤードにいた社員とガッツリ目が合ったので置いた瞬間に翼を広げるようにして走り去った。社員も急に新人が走って逃げたから腰抜かしただろうな。やはりこの疾走は何より気持ちがいい、工場から逃亡した青く愚かなあの日を思い出すのだから…。その後、紹介してくれた居酒屋の店長に申し訳なくなり謝罪の意を込めてその居酒屋も飛んだ。初の二重飛び。縄跳びか?これまで1日に2つのバイトを飛んだ者があっただろうか、快挙。

こうやって見返すと感慨深いものがあるな。Z世代なので、とにかく相手の価値観に自分の生活を左右されたくない。なんか快楽目的で飛んでいるのもあるけど。

冒頭にある通り私自身ストレス耐性皆無であるが、少なくともアルバイトというものが手段でしかない限りは無駄なストレスを感じたり合わなかったりしたら即飛ぶのがベストだと思っている。これからも思う、というかもう元に戻れない、ただでさえストレス社会なので。これから働く皆様方も、今働いている皆様方も、全ての労働者によき労働人生があらんことを!

あ、給料は全て振り込まれていました。

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