『[short storys]4体の言い分』について

 2014年頃に書いた小品集です。

きちがいこの葉

 私たちにとってとても都合の悪い坊やがおりました。彼はひどいらんぼう者で、少し機嫌が悪いことがあればその場 に地団駄ふんで大声をだし、近くの気の弱いものや、体の小さなものに当たり散らしてしまうのです。大人たちも彼の ことにはとても手をやいて、いよいよほとんどの大人がさじを投げてしまいました。

 坊やはそんな自分のことをわかっていないわけではありませんでした。ほんとうはいつも暴れてしまった後、ああ自分 はなんて乱暴なやつなんだと後悔し、誰もいなくなった遊び場で一人、泣いていたのです。仲直りすることもできず、 仕方なく新しい友達を探しては、また同じように壊してしまうことを繰り返していました。

 坊やはある日、本当にやってはいけないことをして、大人たちや先生たちに酷く叱られただけでなく、町中の子供た ちから嫌われてしまいました。もう坊やが何をいっても誰も口をきいてくれず、また、目をあわせる人もいませんでした。

 坊やはいくところがなくなり、毎日散歩ばかりをしていました。人気のない場所を探して、さまよい歩いていました。

 彼は誰もいない公園の隅に植えられた大きな木の幹によりかかり、昼寝を始めました。日が暮れるまで眠り、目が覚 めると、そこに落ちていた葉っぱの一枚を手に取りました。

 「これはきちがいのためにある」

 坊やはその葉っぱをじっくりと眺め、そして口にいれました。苦い味がして、吐き出しそうになりましたが、何度も噛ん で飲み込んだのでした。

 「これはまずいから、きちがいのためにある」

 坊やはまた、別の葉っぱを手にとり、口にいれました。そしてその苦みを噛みしめて、飲み込みました。

 そうしていくつも、坊やは落ちている葉っぱを飲み込んでいきました。坊やはお腹が空いていたのです。大人たちか らも見放された坊やは、もう何日もご飯を食べていませんでした。坊やはそのまましんでしまいました。

 その葉っぱは「きちがいこの葉」と呼ばれ、頭のおかしくなった人が必ずしぬ前に食べることになる、と言われている ものです。もっとも、食べることになった本人は、それがそのようなものであるということを知ることはない、とも言われて います。

 この「きちがいこの葉」を食べたことがありながら、たまたま生き残った人が少しだけいます。その人たちが、あとに なって思ったことは、とにかくあれほどまずいものはどこにもなかった、ということだそうです。

意地悪の姉妹

 とても美人で、意地悪な姉妹がいました。姉は背が高く、いつも赤いドレスを着ていました。妹はやや自信なさそうに していますが、髪が長く、言葉づかいがしっかりしていました。

 姉と妹のどちらも美しく、変わっていましたが、二人が仲良くなることはありませんでした。どちらかというといつもいが み合っており、何度も深刻な喧嘩をしました。

 姉はある日から、妹に睡眠薬を飲ませるようになりました。致死量にいたらない、ぎりぎりの量で、嫌がる妹に無理や り、薬を飲ませるのです。妹は抵抗しましたが、姉が母親を味方につけてしまい、逆らうことができませんでした。妹は 仕方なく毎日泣きながら、沢山の睡眠薬を飲んで、気を失うように眠りました。

 たくさんの薬を飲んですっかり目がうつろになった妹を姉は、いつも満足そうにみていました。姉は妹のことが本当に 嫌いだったのです。見ていると腹が立ち、いなくなってほしいと思うほどでした。

 妹は、本当は姉のことが嫌いではありませんでした。ただ、姉が自分を嫌っていることをわかっていたから、辛かったのです。妹は姉のために、もう少しだけ多くの睡眠薬を飲んでもいいのかもしれない、と思い始めました。本当はそれ が、姉の望んでいることだと思ったからです。

 姉がいつものように、妹に薬のビンを差し出すと、妹はそれを開け、中の薬を全て飲み干そうとしました。姉は、それ にびっくりして、妹を止め、ビンを奪いました。

 妹は泣きながら、自分は本当は姉のことを大好きで、その姉が自分のことが嫌いだから、自分は姉の望んだ通りにこ の世からいなくなろうと思ったと打ち明けました。

 姉はそれを聞いて、目に涙を浮かべながら、言いました。

 「そんなことをされたら、私が追い詰める人間がいなくなる。」

友情のおわり

 妻は、夫の帰りの遅いことに苛々していた。

 ようやく帰宅した夫は、衣服をはだけ、意識を失い傷だらけとなった女を抱えていた。それは、妻の大事な友人で あった。

 「そこで、暴漢に襲われていた。何があったのかはわからない。きっと余程のことがあったんだと思う。もしかしたら、 誰かに恨まれたのかもしれない。それでも、これは君の大切な人だったと思う。だから、連れてきた。」

 妻は逆上し、夫を罵った。

 「この浮気者が!お前の魂胆は見えている。これまでその女と遊んでいたのだろう?全て知っている。お前は私のこ とで物足りなくなり、その女と寝たのだ!こそこそと、薄汚いことをして、私を出し抜いたつもりか?お前はもうこの家に いる資格はない。今すぐ、この女を連れて出て行け!」

 夫は、しばらく言葉を失った後、少し考えて答えた。

 「君と僕とは10年寄り添った。それでも君が僕のことを愛せなかったことは知っている。そのように君は言っていた。 それは構わない。ただ、もしも人の浮気を責めるのなら、せめてその人を愛してほしかった。それに、浮気ではない。 君は人を信じる気持ちをなくしてしまったからわからないだろうけど、本当にこの人は暴漢に襲われていたんだ。放っ ておいたら、殺されてしまったかもしれない。正直言うと、助けるべきか迷った。でも、僕を愛していない君でも、この人 のことだけは本当に大事にしているのだろうと思った。」

 妻は、包丁で夫の首を刺した。夫は出血する首をおさえ、その場に膝をついた。

 「お前のそういう言い訳にはうんざりした。それなら、その女に欲情しなかったと言い切れるか。乱暴をされ、着ている ものを脱がされたその女をみて、お前は興奮したのではないのか。私がお前を愛せなかったのではない。お前が私を 愛さなかったのだ。」

 「もう終わりだ。僕のことは仕方がない。本当にかわいそうなのはこの友人だ。君が僕に言わないといけなかったこと は、浮気を疑うことではない、大切な友達を助けてくれてありがとう、という感謝の言葉だったと思う。そうでなければ、 君は僕を愛していないだけではない、この人に感じていたものまで、疑わしくなってしまう。」

 そこまで言うと、夫は気を失った。妻は悲鳴をあげた。

 「ごめんなさい!本当にごめんなさい!私の友達!本当に大事な私の友達!」

 妻の友達は薄目をあけて、少し笑いながら小さな声で呟いた。

 「もう謝ってくれても遅いよ。あなたはこの男の人を愛していたんだね。本当は私たち、ずっと外で遊んでたんだ。 ちょっと遊びすぎちゃった。ごめんね。」

4体の言い分

私は4体である/正確には10年ほど4体のままある道路の脇に横たわっている/私は人は4を迎えると心を失うと思っ ていた/実際そのようである/ところが私は肉体の4を迎えたまま心はなくならなかった/4体のままだから動くことは できない/口はきけないし匂いもしない/3年ほど前から音も聞こえなくなっているがかろうじてまだ目は見えている/ 動くこともできない/私は心だけが残ったものにできる遊びを探した/はじめはよく家族のことを思い出した/私には 妻もいて子供もいた/私は繰り返し彼らのことを考え何度も自ら心を揺さぶって遊んだ/だがそれも5年ほどで飽きて しまった(他の遊びと比べれば長かった方である)/それから私は周囲の観察にも没頭した/私は4体となってからす ぐどうして自分が埋葬されないのかを不思議に思った/その不思議は今もわからない/ただそれよりもっと気持ちの 悪いことがあった/私が4体として横たわっていることは(わずかな、視線の動きを、観察する限り)どうやら人に見えて いるようであるが誰一人として立ち止まったものがいない/10年寝ていて一人もいないのだ/見ておそらく4体である と理解すると人は歩いていく/驚くものも声をあげるものも全くなかった/ひょっとしたら私が4体ではなく別の何か だったとしたら立ち止まるのかもしれない/遠くから見て4体であれば近くによっても4体である/それなら立ち止まる 必要はない/きっと彼らは自分の思った通りのものであればそれでよいのだ/それが4体であることには意味がない のだ/私は4体になってから人に詳しくなった/おそらくもうすぐ目もみえなくなるから観察の楽しみも失う/そこで近 頃は時間を数えることを楽しんでいる/始めてみると奥が深くて面白い

大地に言い訳をするな

 生まれてすぐに、世界には壁があると教わった。母親は大地の向うに指を差し、

 「あそこに大きな壁がある。それは決して人を避けるためのものではない。ただ、壁の向こうにいるものと、そうでない ものを選別するためのものだ。そして、私の夫であり、あなたの父親である人は、壁を越えて、その向こうの世界に行っ た。」

 母親は、壁を超えることは特別なことではあるが、本当の特別なことではないといった。これまで育てた9人の子供が、 やがて大人になると壁を超えるために努力を行った。中にはそのまま戻らなかったものもいたが、泣いて戻ってきたも のもいた。それでも、全く努力をしなかったものはいなかったという。

 「大人になると、そんな気持ちがやってくる。」

 母親はどうして超えようとしないのか、とたずねると

 「私も、夫を追うことを考えた。」

 とだけ答えた。

 大人になれば、母親の言った通り、壁の向こうに何があるか、好奇心が湧いた。そうして例外になく、壁を超えるため の努力をはじめた。

 「9人のうち、何人かは戻らなかった」

 であれば、10人目の自分はどちらになるのだろう、不安に駆られ、死にもの狂いで努力を続けるしかなかった。

 「そこには、何もない。」

 壁の向こうには何もなく、ただ海だけがある、と言われた。

 そしてとうとう、壁を超えることはなかった。泣いて帰ってきた我が子を母親は、憐れなものを見るように眺めていた。 我が子は母親にずっと聞くことのできなかったことをやっと聞いた。

 「どうして、壁の向こうにいったはずの父親が、ここにいるあなたの子を作れるのか。」

 「あなたの父親はいない。9人の子供もいなかった。」

 母親は、答えた。

 「なぜなら、こちらが壁の向こう側だから。」

 「どうして?」

 「私の夫であり、あなたの父親であるはずだった人は、私を追ってこなかった。」

 そこまで答えて、母親は泣き始めた。

 「私は、この大地が憎い。生きてさえいなければ、私はここまで苦しむことはなかった。」

 そんな母親に怒りを覚えて、生まれて初めて親を殴った。

 「大地に言い訳をするな。お前がやってきたことが、どれほどの罪か、生涯かけて償うべきだ。」

 途方もない大地の恨みを、母は背負っている。

 「私は恨みが恐ろしい。どうしたら、恐ろしいことを考えずに済むのか。私は生きるために、そしてここまでくるために、 人もころした。肉親をころされた者たちに、どれほど呪いの言葉を向けられたか、数えきれないほどだった。私の呪い を解きたいと、私に善意の手を差し伸べた者たちまでも、私はころした。私は生きなければならなかったからだ。誰より も飢えないために、人は人をころさなければならない。そう思って生きてきた。でも、もう恐ろしい。私はこれ以上、人に 恨まれることができない。」

 「それなら、教えてやる。いずれこの壁がなくなり、人も大地も、選別されないときがくるだろう。そうなったら、すぐにで も裸になって、夫の名前を呼ぶことだ。もしかしたら、そのあまりのみすぼらしさに、笑うものがいるかもしれない。でも、 それが最後に母親のお前がしなければならなかったことだ。そして、あまりの恥ずかしさに木の葉一枚でもその身を隠 せば、それに苛立ちを覚えた誰かの恨みがどこかに残るだろう。それでも、裸で泣いて謝れば、そんなお前は誰から も同情されるべき女になるだろう、そうして自分で自分を貶められたら、誰だかもわからないその夫と惨めに手を取り合 えばいいし、俺のようにどこで拾ったかもわからない者ではない、本当の我が子をもてばいいだろう。」

 「そんなことは、できない。」

 「それが嫌なら、もうお前はそれだけだったということだ。お前という母親の罪は、生涯償われることはない。その恨み は、大地に沈み込み、決して消えることはないだろう。お前がまだ生きたいというのなら、もうこれは避けては通れない ことだ。」

 血が流れ、歯が折れたままの母親は、酷い痛みに声をあげ、偽物の我が子を絞めころすのだった。

近代文学こと文学先生は圧倒的な不人気に定評があります。本人は認めませんが、非常に嫌われています。あと、髪の毛がぼさぼさで見ていると嫌になります。何より骸骨と並ぶと見分けがつきません。貴方がコインを落とそうとするその箱はつまり、そういう方にお金を渡すことになります。後悔しませんか?