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テイクアウトの手渡しが好きかもなんて、あの頃は感じたことなかった

今住んでいる家は今年で8年目。
生まれ育った実家の次に長く住んでいる家になる。
8年目ともなるとこの間にいろんなことが起きる。

2年前の1月末、親子でやっていたお弁当屋さんが突然閉店した。住み始めてからずっとお世話になっていた。舞台の稽古中など料理をどうしてもする気になれないときに「焼肉弁当ご飯なしで」と何度注文したかわからない。とにかくスタミナを摂取するのにもってこいだった。

しかも深夜1時までやっていて、閉店間際になるとおにぎりが半額になる。飲みに行った帰りや仕事で遅くなった時にとてもお世話になった。ここで出会った唐揚げおにぎりがたまらなく美味しい。ジューシーさとタレが絶妙にお米と絡み合って、それ一つで大満足できるおにぎりだった。

あの味、もう食べられないんだなぁ。ずっと「牛肉」だと思って食べていた焼肉弁当が、実は「豚肉」だったと気付くのに数年かかるくらい疲弊した時ばかり頼んでいたあのお弁当も食べられないのか。「ありがとうございます」をもう一度言いたい。

予告もなく、閉まったシャッターに貼られた閉店を知らせる貼り紙に「嘘でしょ」と口を押さえたまま、止まらない動揺を地面に流し込むように呆然と立ち尽くしてしまった。貼り紙は変わらないのに、それからも何度かお店の前で立ち尽くした。それくらい名残惜しかった。「ありがとう」を直接言えない代わりに、そのときはTwitterに呟くことくらいしかできなかった。

それから1年後、その建物自体が取り壊されてしまった。跡形もなく更地になった場所にすら、あのお弁当屋さんの残像を思い浮かべながら通っていた。
そしてこの場所で、閉店した理由を知ることになる。

ある日その更地に、キッチンカーが3台並び始めた。「あ、そういうエリアにするのか!」と思ったけど、よく見ると1ヶ月のみの期間限定になっている。店員さんに聞いてみた。

私「1ヶ月で終わるんですか?」

「前回ここにあったビルが老朽化で取り壊しになったんですけど、次のビルの建設工事が緊急事態宣言中はやらないらしく、それまでに有効活用しようってことで期間限定でやってるんです。宣言が延長したら延びるかもです」

なるほど。あのお弁当屋さんは老朽化によって閉店せざるを得なかったのか。おっちゃんとお母さんの顔が浮かんで、さいたまネクスト・シアター時代からほんとにありがとうと噛み締めながら、目の前の店員さんに「唐揚げ弁当ご飯なしで」と注文した。

この時間の帰宅はおとなしく作り置きでも食べようかなと思えるくらい夜遅めのある日、アジアンキッチンカーのサラダに惹かれて購入したら、

「おうち帰ってお米食べますか?」と聞かれた。

私「んー食べないですねぇ〜なんでですか?」

「もし食べるならカレーサービスしようかなと思って」

私「え・・・?食べます!お願いします」

カレー好きとしてはこんな幸運なことは見逃せない。夜遅めのお米我慢よりもカレーサービスが圧倒的勝利だった。やさしい。また来よう。

帰り際にすでに一つ押してあるスタンプカードをくれたのでお財布にしまったら、

「キャッシュレスの時代に反して、かさばりますよね。すみません」

私「いえいえ、割と持ってるんですよスタンプカード」

「そうなんですか!」

私「スタンプカードってめっちゃアナログじゃないですか。紙っていいなぁってなんか安心します」

「それはうれしいです」

後日、またお店に行った時にスタンプカードを出したら

「あ!この前の!」と覚えていてくれた。

私「はい。来ちゃいました」

「スタンプ押すの初めてです!記念すべき初スタンプ!ありがとうございます」

私「それはうれしいです」

「今日はお休みですか?」

私「はい」

「ゆっくり過ごしてください」

帰り際の不意打ちのその一言に、振り返って会釈くらいしかできないくらい両足はすでに家に向いていたけど、ちゃんと応えたかった。

よし。スタンプ貯めにいこう。

グリーンカレーとガパオライス

またお休みの日に行った。11時20分。2回行ったからって覚えてはないだろうと、どこかよそよそしい私に店員さんが

「今日もスタンプカード持ってきてくれました?」と聞かれ、

私「あ、(覚えててくれてる恥ずかしい)、、はい!持ってきました!」

と、先程までのよそよそしさをなかったことにしたい気持ちで答えた。

「お姉さんが前回カード持ってきてくれて、初めてのスタンプだったから張り切ってスタンプ押したら、忍者のマークが逆になったんですよね」

(あ、ほんとだ。逆だ。というか、これ忍者だったんだ。なんで忍者なんだろ?)

私「今日はパッタイとカオマンガイください」

「あ、、ちょっとまだオープンしてなくて、待っていただいたらご用意できます」

私「あ、すみません!待ちます!」

どうやら開店は11時30分だったらしい。この時、キッチンカーというのは扉がオープンになっていたら、勝手にオープンしているものだと思ってしまいがちなことに気づいて恥ずかしくなった。

私「時間までちょっと散歩してきますね」

と言いつつ、携帯を家に置いてきたことに少しの後悔がよぎった。「あ、そういえば」と思い立ち、気を取り直して日用品を買いに行った。こういう時の数分は妙に充実したりする。好きな食べ物を注文し、出来上がるまでの時間なんてこの上なくテンションあがるから、余計なものまで買っちゃったけどきっと余計にはならないだろう。きっとそれを見た時、「あ、あの時間に買ったものだ」と思い出す時間もまた良いものとしたい。開店時間をちょっと過ぎたくらいに戻って、スタンプと一緒に受け取った。

カオマンガイとパッタイ

夕方から仕事。お昼何食べよう。今日も寄ってみる。

「あ、おはようございます」

私「おはようございます」

「今日は何にしますか」

私「パッタイがかなり美味しくて」

「〇〇くん、パッタイおいしかったって!」

パッタイは注文を受けてからその場で炒めるため、調理した外国人の店員さんは“にやぁ〜”として嬉しそうだった。今日はパッタイと、最初に出会った春雨サラダにした。いつものスタンプカードも押してもらい、炒めてくれるのを待ってる間に聞いてみた。

私「なんで忍者のスタンプなんですか?」

と質問しつつも、忍者が好きとか、アジアン料理だけど日本人が販売してるしとか、たまたまお店にあったんでみたいな理由かなって勝手に想像していた。

「あちこちどこにでも移動するので、なんかそういう」

返答が想像より鋭角なところから入ってきたので、理解に数秒遅れた。でもその数秒遅れで想像してみたらとっても素敵な理由だった。しっかり意味があったことに自分の期待のさらに上を行ってくれて感激した。聞いてみなきゃそのこだわりは知れなかった。作りたてのお弁当を受け取るまでの時間すらあったかい。
その時ふとキッチンカーの名前が目に入った。

『ハピネスキッチンカー』

建設工事が始まる時までの期間限定キッチンカースペース。結局1ヶ月以上続いたけど、いつなくなるかわからない、次いつ会えるかもわからない、そんな状況に私はその数ヶ月気になった時に食べたいものを買うようにしていた。

あのかつてお世話になったお弁当屋さんの跡地で、また出会いがあり、実家の次に長く住んでいるこの場所にまたストーリーが加わった。

今ではもう建設工事が始まっているため、キッチンカーが3台もあったなんて信じられないと思うほど、柵で覆われなんだか小さく見える。私の手元には途中まで集めた忍者スタンプしかない。これからどんな建物が建とうが、ここで出会ったお店と店員さんたちがあったかいご飯以上のものを手渡ししてくれたことはずっとなくならず残っている。今では町のお弁当屋さんを新たに見つけて、料理が面倒な時にお世話になり始めている。どの町にもこんな場所がきっとあるんだろうね。変わらないのもいいけど、変わっていくのもいいのかもしれない。

さて、私はいつ引っ越そう。

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