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美声種の沼|フトアシジマカネタタキ

「チン・チリリ」と非常に美しい声で鳴くとされるフトアシジマカネタタキ。しかし、マイナーであるが故の宿命でしょうか、音源はおよそ15年前に発売された書籍に付属するCDに収録されているのみで、WebサイトやSNS上にはありませんでした。実際の鳴き声がどんなものか知らないまま、ただ美しいという情報だけが入ってくる状態は、まるでどこかに隠されているという財宝の言い伝えを聞いているかのようで、聞きなしから鳴き声を想像しては、憧れを募らせていました。

想像力をさらに搔き立てたのは、「チン・チリリ」という聞きなしです。カネタタキの多くは「チン・チン・チン」と鳴き、種ごとにテンポの違いなどはありますが、おおよそ似ていて単調なものです。それに対して、フトアシジマカネタタキの聞きなしは、やや趣が異なります。そして、本種が分類されるのはアシジマカネタタキ属といい、先ほど挙げた鳴き声のものたちが属するカネタタキ属とは異なるグループです。国内に生息するアシジマカネタタキ属の仲間は、人には聞こえない音域で鳴くか、鳴かないものがほとんどと言われています。唯一、フトアシジマカネタタキだけが可聴域で鳴くとされていました。これらが鳴き声の謎を深める要因であり、予想を難しくしていたのです。

しかしあるとき、転機が訪れます。

おうちミュージアムの登場

「おうちミュージアム」とは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響で、多くの学校や幼稚園が長期に休みとなったことをきっかけに、博物館に行けない人たちのために自宅で楽しめるコンテンツを公開するという、北海道博物館が企画した取り組みです。全国のさまざまな博物館がこれに参加しており、琉球大学博物館「風樹館」が、昆虫やカエルの鳴き声を聞くことができるコンテンツを公開しました。この中に、あのフトアシジマカネタタキも含まれていました。

初めて耳にしたその声は、想像していたよりも優しく、噂に違わぬ美しさ。鳴く虫愛好者としては、是非とも飼育・繁殖させてみたいものです。

フトアシジマカネタタキは、トカラ列島と久米島にのみ分布します。このうち、トカラ列島を有する十島村は条例で昆虫採集が禁止されていたため、必然的に行き先が久米島に決まります。もっとも、アクセスのしやすさの面もあるので、いずれにしても久米島を選択していたでしょう。

鳴き声の音源を聞いた2年後の2022年8月、ついに久米島遠征を決行します。

久米島空港

やってきました、久米島!

なかなか見つからないと言われるフトアシジマカネタタキ。林道を歩きますが、鳴き声は全く聞こえません。カネタタキの仲間は日中は隠れて姿を見せないことが多いので、はやる気持ちを抑えて夜になるのを待ちます。

東京とは見える星の数が段違い

日が暮れて辺りが暗くなってくると、すぐにそれと分かる鳴き声が樹上から聞こえてきました。結構高いところにいるようです。林道にはツツジなどの低木が植えられているので、探していればそのうち見つかるだろうと思いました。カネタタキは低木を好むからです。ところが、鳴き声は常に手の届かない樹上から発せられていて、捕まえることができません。すぐそこに憧れの存在がいるのに、あと一歩届かない…。結局、この日は姿を見ることすら叶いませんでした。

翌日、鳴き声を確認した森に再度向かいます。残された時間はあと2日あまり。久米島は車ですぐに一周できてしまうほどの大きさですが、絶対に見つけて帰りたかったので、長めの滞在です。

低木のカネタタキがいそうな場所を丁寧に探しますが見つかりません。網で枝をすくってみても、それらしき虫が入らない時間が続きます。やはり高いところにいるのでしょうか?

しばらく林内をゆっくり歩いていると、落ち葉の中からクマスズムシの幼虫が飛び出してきました。沖縄のクマスズムシは本土と体格が違うとのことなので、成虫まで育ててどんな感じなのか確かめてみようと思いました。関東で見てきたクマスズムシよりもよく跳ね逃げ足が速く、なかなか捕獲できなかったため、隠れた落ち葉の側に網を置き、虫を挟んで反対側から追い出すようにして捕まえます。

そのときです…!

クマスズムシと一緒に、アシジマカネタタキの幼虫が入りました。

捕獲した幼虫

これはフトアシジマカネタタキなのでしょうか?南西諸島には複数種類のアシジマカネタタキの仲間が生息します。もしもフトアシジマ以外の種が久米島に生息しているのなら、別種の可能性も考えられます。しかし、今はこれが目当ての虫であることに望みをかけてやり続けるしかありません。付近の落ち葉が堆積した場所を狙って、同じように網に追い込んでいきます。そして繰り返すうちに、十分な数を確保できました。フトアシジマカネタタキが入っていることが前提ですが、仮に複数種類のアシジマカネタタキが含まれていたとしても、恐らくペアは揃ってくれるでしょう。

先に結果をお話しすると、幼虫はすべてフトアシジマカネタタキでした。成長がとにかく遅いため、採集してから成虫になるまで3ヶ月も要し、その間ずっとヤキモキして過ごしました。なぜなら、遠征した翌月の2022年9月30日に「久米島町野生動植物保護条例」が可決、即日施行され、すべての動植物の採集・採取が禁止となってしまったからです。運良くすべり込みセーフだったわけですが、結果がハッキリするまでは、心中穏やかでいられませんでした。

この年の久米島遠征では、成虫の姿を最後まで見ることはなく、幼虫もかき集めるだけで精一杯だったので、生態写真も1枚も撮れていませんでした。Webサイトにフトアシジマカネタタキを掲載するに当たって、最低でも成虫の写真は必要です。育てたものを常緑樹の葉などに乗せてヤラセ写真を撮るという手もありますが、いずれは本物の生態写真を撮りたいと思っていました。

2023年10月、前年の遠征で見つけられなかったクメトカゲモドキのリベンジで久米島を再度訪れた折、割とすぐにトカゲモドキが現れてくれたので、残りの時間をフトアシジマカネタタキの捜索に当てることができました。ただ今回は鳴き声の数が明らかに少なく、見つかるか不安です。周年発生のはずですが、成虫が少ないタイミングに当たってしまったのでしょうか?

ハブに注意しながら丹念に探していくと、リュウキュウチクに幼虫の姿がありました。

終齢幼虫

前胸が後ろにせり出しています。翅芽はこの下に隠れて見えません。日本のアシジマカネタタキ属の多くは成虫でこのくらいですが、フトアシジマの場合はもう少し後方に伸びます。

今度は地面に落ちた木の枝に若齢幼虫が見つかりました。樹上性の小型種でこのサイズの個体が見つかるとはラッキーです。

若齢幼虫

背中に白い筋模様があります。久米島では他のアシジマカネタタキ属を見ていないのも理由のひとつですが、累代飼育していたからこそ分かることもあります。

段々と探し方が分かってきて、コンスタントに見つかるようになります。

中齢幼虫

そして、ついにひと際大きい個体が見つかりました。

成虫メス

メスの成虫です。鱗片が剝がれていないので、最近成虫になったばかりなのでしょう。カネタタキの仲間は体が擦れたりするうちにどんどん鱗片が剥がれていってしまうため、フトアシジマカネタタキのように周年発生する種では、綺麗な状態を狙って撮るのが難しいのです。

こうなると、オスの綺麗な姿も撮りたくなります。このときすでにオスの成虫を何匹か見つけていましたが、老成した個体だったり逃げられてしまっていました。

居場所はもう掴んだので、そこを重点的に探していきます。何度か幼虫を見送り、ポイントの道も終盤に差し掛かったとき、枯れ枝にオスを見つけました。しかも擦れや欠けが全くない新成虫です。素晴らしい!

成虫オス

オスは翅の縁の黒い部分がわずかに顔を覗かせています。最近、奄美大島で同じように翅が少し見えるアシジマカネタタキの一種を発見したので、これだけを識別点とすることはできなくなりましたが、フトアシジマの大きな特徴の一つとなります。

今回の遠征で気づいたのは、フトアシジマカネタタキは普段はほとんど鳴かず、他のオスやメスが近くにいるときなどに鳴き声を発するということです。珍しい種ではありますが、生息数は決して少なくなく、探せばちゃんと見つかります。環境が変わらない限り、これからも綺麗な鳴き声を聞かせてくれるでしょう。

条例のことがあるので、採集をメインに楽しまれてる方にとっては行く価値が薄れてしまっているかもしれませんが、生き物以外にも良いところがたくさんあるので、ぜひ久米島を訪れて、フトアシジマカネタタキのライブ演奏を聴いていただきたいと思います。


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