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『悩ましい世』No.8

会館では、チョビヒゲ猫がみんなの帰りを待っていた。お偉いさんは、異国のキャットフードをテーブルに広げて、珍しいお土産を披露した。猫さんをリュックから降ろした小野さんは、肩を大きく回した。お出かけのリードからようやく解放された猫さんは、いつものようにひと通り会館の隅々までニャンパトする。

会館の玄関にはお正月飾りが飾られ、お偉いさんは鍵を小野さんに託して自宅に戻り、小野さんは年末を猫さん達と会館で過ごすことにした。猫さんは相変わらずオークの木に夢中だったが、本来の用途が釣り竿掛けなので、小野さんは安心して年越し蕎麦を食べていた。

猫さんは、新しいオークの木を、会館裏にある井戸の蓋の隙間に差し込んでみると、ボウッと明るく発光した。面白くなった猫さんは、井戸の中でぐるぐると木を回した。すると、井戸の中でボコンと軽い轟きが起きて、地下深くからなにか凄まじいエネルギーが湧き上がってきた。

危険を感じた猫さんが井戸から離れると、井戸の蓋が飛び上がり、中から青い龍が勢い良く夜空に舞い上がった。驚いた猫さんは庭の端っこまで全速力で逃げて植木の影から様子を伺うと、青い龍は、ゆっくりと静かに井戸の上まで降りてきた。

年越し蕎麦を食べ終わった小野さんとチョビヒゲ猫が、猫さんに年が明けたことを伝えに庭に出ると、井戸の上でシューシューと呼吸している青い龍がいて、腰を抜かしそうになった。チョビヒゲ猫はとっさに縁側に舞い戻り、全身の毛を逆立てた。

「年が明けたよ」

小野さんは青龍を凝視しながら、庭に隠れていた猫さんにそう言うと、猫さんは一目散に走ってきて縁側のチョビヒゲ猫の横に飛び移った。大事なオークの木を井戸の横に置いてきてしまったが、猫さんは宙に浮かぶ不思議な生き物がとても恐ろしい。

小野さんは、ぶるぶると震えが止まらない猫さんと、今にも龍に飛びかかろうとする血気盛んなチョビヒゲ猫を両手に抱きかかえると、青龍に向かって頭を深々と下げ、ニッコリと笑った。

「今年もよろしくお願いします」





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