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僕はどのように死ぬのか?を考えた夜

 ある土曜日の夜。ふと村上春樹さんの本に読んだウイスキーを飲む話が思い起こされて、バーに行こうと家を出た。到着し店のドアを開けると客は1人もいない。案内されるがままにカウンターに腰をかける。店にはBGMがかかっているが、奥のテレビには無音で映画『がんばれ!ベアーズ』が流れている(2005年のリメイク版だ)。バターメイカーというおじさんが車の運転席でプシュッと缶ビールを開ける。おもむろに缶を社外に運び、ジョロジョロと中身を捨てる。そこにウイスキーを注いで、“バターメイカーボール”が完成する。酒を酒で割って飲むなんてなんてオッサンだ、と子どもながらに感じたのを思い出す。

 あれからとうに干支は1周して、僕ももう大人だ。今日は何を飲もうかと考えながらメニューを眺める。村上氏の本にあったアイラかアイリッシュをいただこうと決めていたので、一旦1番癖があるらしいアードベッグを注文。背伸びしてストレートで。マスターはとても愛想がよく、注文も緊張せずできた。「今日はオープンが遅れてごめんなさい」と、全然申し訳なくなさそうに、屈託ない笑顔で伝えてくださる。長渕剛のライブに有明まで行ってきたらしい。ジェネレーションギャップも甚しく何もコメントできないので、「ハハ」と返す。「ベアーズって、すごくなんか安心して見られるからいいですよね」とマスターはひとり呟く。「そうですねぇ、、」と返しながら、僕の脳内にひとつの映画タイトルが浮かんでくる。

 僕にとって「見たら安心する映画」と言えばやはり『釣りバカ日誌』だ。3日前、主演をずっと務めた西田敏行さんが亡くなった。彼は僕が大好きな俳優さんのひとりで、なんといっても溢れ出る幸せオーラが一番の魅力だ。彼が亡くなった日も撮影か何かの仕事があったという。彼は彼にしかできない仕事があるうちに亡くなったのだ。こんな幸せがあろうか?

 僕も、そんな死に方をしたい。映画『PERFECT DAYS』の主人公のように、毎日のルーティンを守って働き、寝る。その中で、有難みに包まれながら死にたい。
 僕らが感じる死への恐怖や苦しみの中に、逆説的だが、幸福があるのだ。苦しい、生きたい、その感情は、生きたい日々に囲まれているからこそ生じるものだ。僕は西田さんもとい、ハマちゃんのようにチャーミングにお節介に、人の笑族に囲まれて生きたいものだ。彼は全く完璧ではない。シゴデキでも真面目でもない。でも、幸せそうだ。僕はどう生きて、どう死のうか。

 そんなことを考えていると、グラスは空になってしまった。次はブッシュミルズをいただくことにする。そして僕はまた考えを始める。シェリーの、チョコレートのように甘い香りに揺られながら。

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