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短編小説『女子減点してもいい試験』

「ねえ、ちょっと聞いてよ」
 遅れてやってきた女は、額に浮かぶ汗を拭うこともなくテーブルに座るなり口を開いた。
「何よ。また彼氏にフラれたの?」
 未開封のおしぼりを手渡しながら、対面に座る女性が尋ねる。
「なんでいつも私がフラれてるみたいになっているのよ」
「違うの?」
「フラせてあげているのよ。ちっぽけな男のプライドを守るためにね」
「そうやって、あなたもなけなしのプライドを守っている、と」
「わかってるなら、はっきりと言わないでもらえないかなあ」
「根が正直なもので」
 店員に手早く注文をすませると、女は呆れ顔で返す。
「根っこが正直でも、幹や枝葉が腐ってたら台無しだけど」
 女性はしれっと答える。
「花が綺麗ならいいのよ」
 そんな彼女のほうにわずかに顔を寄せ、女は鼻をすんと鳴らす。
「むせかえるようなニオイで、男たちを引き寄せるわけね」
「……そんなにニオう?」
「満員電車で出くわしたら、オッサンの体臭並みに鼻をしかめるレベル」
 女性は無表情のまま立ち上がる。
「ちょっとお花摘みにいってくるわ」
 女は笑いながら「冗談、冗談」と彼女を制する。
「そんな綺麗なお花を摘むなんて、もったいないわよ」
 女性は席に座りなおしながら、小さくため息を吐いた。
「……それで?」
「何が?」
 きょとん、とした様子で首をかしげる女。
「話があったのではなかったの?」
「ああっ、そうだった」
 せっかく忘れてたのに思い出しちゃったじゃない、と女は頬を膨らませる。
「そんなにすぐ忘れるってことは、そもそも大したことないのだと思うけれど」
「ねえ、聞いてよ」
「あなたも、少しは私の話を聞いてほしいわね」
 女性は大きなため息を吐くが、女は気にした様子もなく続ける。
「この前、試験を受けたんだけど」
「結果が散々だったと」
 間髪入れずにそう返した女性に、女の頬がさらに膨らむ。
「どうしてわかるのよ」
「その記憶力じゃあ、ねえ」
「これでも私、すごいのよ。なんかこう、色々と」
「その言い方に、凄みがまったく感じられないのだけれど」
 苦笑を返す女性に、女は口を尖らせながらカップの紅茶をぐるぐるとかき混ぜる。
「確かに、あの日はちょっと調子が悪かったかもしれないけれど」
 女はぼそりと「アイツに負けるはずがないわ」とつぶやく。
「アイツ?」
「アンタも知ってるヤツよ」
 女がこういった言い方をする男性は、一人しか思い当たらなかった。
「ああ、よくあなたと一緒にいる男の子」
「金魚のフンみたいにね」
 女は小さく鼻をふん、と鳴らす。
「お茶しながら糞とか言わないで」
 女子力はどこへいった、と女性は呆れ顔を浮かべる。
「いい子じゃない。なんであの子と付き合わないの?」
「腐れ縁すぎて、そんな気もおきないわよ」
 女はクッキーを丸ごと口に放り込みながら、「それに」と続ける。
「私、ナヨナヨした男は嫌いなの」
「ナヨナヨって、しなやかって意味でもあるのよ」
 女性は女の皿から、クッキーを一枚拝借する。
「自分勝手な俺様タイプよりも、こちらへ柔軟に合わせてくれる男のほうが安心して付き合えると思うのだけれど」
 小さなクッキーは綺麗に二つに割られ、その欠片がすぅと女性の口に吸い込まれた。
「私は、刺激を求めているのよ」
 お返しとばかりに、女は対面の皿からマスタードがたっぷりと塗られたサンドイッチを一つ取り上げ、豪快に口に放りこみ、むせた。
「それでいいように遊ばれて捨てられる、と」
 女性はストローの袋を器用に折りたたみ、小さなバラを作ると、それを無造作にテーブルに放った。
「遊ばせてあげているのだし、捨てさせてあげているのだと言ってるじゃない」
 女がそれにティースプーンから紅茶を一雫垂らす。薄く染まった花弁がほんの少しだけ開いた。
「まあ、それも刺激か」
 女性は自分のアイスコーヒーグラスの縁にその花を飾りながら微笑んだ。
「だから、あんなヤツに負けるのは私のプライドが許さないの」
 男の顔を思い浮かべるように、女は視線を宙にやりながら顔をしかめる。
「ちなみに、何の試験だったの?」
 女性の問いかけに、女は途端に顔を俯かせる。
「……しりょく」
「え?」
「女子力検定、よ」
 数秒の無言。女は小さくうなずく。
「ああ」
「納得しないで」
 女性は「ごめん、ごめん」と笑いながら、尋ねる。
「そんな試験、ホントにあるの?」
「もともと雑誌の企画だったんだけど」
 どっかの女性議員サンが支援するとかで大掛かりな試験になっちゃって、と女は語る。
「それに応募したと」
「うん。二名まで参加OKだったからアイツを連れてったの。男は参加できないとは書いてなかったから」
「私を誘ってくれてもよかったのに」
「私、負ける戦いはしない主義なの」
「でも、負けたのよね?」
「……私だけじゃないもん」
 女は口を尖らせながら続ける。
「他にも結構男が参加してたんだけど」
 女が聞いた限りでは、軒並み女性参加者よりも成績が良かったらしい。
「それはそれは」
 女性は呆れたように眉をしかめる。
「何か不正があったのよ。ほら、最近話題になってるじゃない」
「ああ、試験の点数を操作したっていう?」
「そうそう。きっと女の点数を男よりも減らしていたのよ」
 言いがかりもいいところだと、女性は呆れの色を強める。
「まあ、女子力検定なのだから、多少は女性にハンデがあってしかるべきだと思うけれど」
 女性はスマホを取り出して、操作をはじめる。すると、
「あら?」
「どうしたの?」
「今、その試験のことを調べてみたのだけれど、何か問題が発覚したみたいね」
 女は「そらみたことか」と、したり顔を浮かべる。
「やっぱり点数を操作していたのよ」
 瓢箪から駒、はたまた嘘から出た誠か。女性は驚きの表情でスマホを眺める。
「これから動画サイトで謝罪会見をやるみたいね」
「それ、ここで見れる?」
 女が身を乗り出す。
「他のお客さんに迷惑になるから、ボリュームは落とすわよ」
 女性は手帳型のスマホケースをスタンドにして二人の間に置き、動画を再生させた。
『この度の試験で、女性参加者の点数を故意に操作しましたこと、心よりお詫び申し上げます』
 寂しい頭頂部をした男性が、自らの弱点を晒すように深々と頭を下げる。そこに容赦無く浴びせかけられるカメラのフラッシュ。小さなスマホ画面の中で派手な明滅が繰り返される様は、やけに滑稽に見えた。
『何か質問がある方は?』
 お定まりの問いかけに、場がしん、と静まり返った。
『どの程度、減点したのですか?』
 記者の一人がそう尋ねると、神妙な面持ちだった男性は、一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
『いいえ』
 男性はゆっくりと首を横に振ると、告げた。
『あまりにも女性参加者の点数が悪かったので、男性参加者の8割程度まで引き上げるように「加点」したのです』
 女性は無言でスマホを閉じた。グラスの氷がカラン、と、二人の間に響いた。

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