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介護・福祉事業者の BCP 策定の義務化について - (2)介護・福祉事業者への BCP 策定の義務化

組織レジリエンス研究会 石井洋之 Ph.D.
(中小企業診断士・ITコーディネータ)

組織レジリエンス研究会メンバーの石井洋之と申します。
静岡市在住で中小企業診断士・IT コーディネータとして、中小・小規模企業を対象に BCP 策定支援等で活動しています。

【記事要約】
今回はタイトルと同じテーマになるが、まず義務化の内容を知るために厚生労働省が両業界の事業者に出している報酬改定の内容を説明する。厚生労働省のHPにあるBCP策定支援に関する研修のサイトを見てみよう。これだけでも今まで内閣府や経済産業省で出している事業継続ガイドラインや事業継続力強化計画の内容との違いが明確である。

介護保険法による令和3年の介護報酬改定では初めて「感染症や災害への対応力強化」が第一の項目として示された。令和2年より続くコロナ禍の猛威の中で、近年、続いている自然災害による高齢者の被災増加を背景とした改定内容である。これが介護報酬の改定の中でどんな文言で示されているか、またそれが従来知られている内閣府や中小企業庁のBCPとどのように相違しているのかを確認するのが今回のテーマである。

介護保険法と同様に福祉サービス事業者にも全く同様の改定項目が記載されているが、その法的根拠は障害者総合支援法であり目的が違うことは、前回の中で述べた。言葉の上でも介護サービスと福祉サービスの間でしばしば混乱が起こる。例えば「訪問介護」と「居宅介護」の意味は大きく違うので解説が必要となる(注 1)。問題を絞るためここでも介護業界の「訪問介護」をターゲットとして話を進める。その前に介護保険ついての基礎知識も本テーマを理解する上では必須であるのでここで解説する。

介護保険制度と介護事業者

介護保険制度は2000年4月からスタートした。その制度の背景は下記の3点である。

  1. 高齢化の進展に伴い、要介護高齢者の増加、介護期間の長期化など、 介護ニーズはますます増大している。

  2. 一方、核家族化の進行、介護する家族の高齢化など、要介護高齢者を支えてきた家族をめぐる状況も変化している。

  3. 従来の老人福祉・老人医療制度による対応には限界にきている。

これらの課題に対応するため、高齢者介護を社会全体で支え合う仕組みとして2000年に介護保険が創設され施行された。介護保険の基本的な考え方は以下の3点である。

  1. 自立支援・・・単に介護を要する高齢者の身の回りの世話をするということを超えて、高齢者の自立を支援することを理念とする。

  2. 利用者本位・・・利用者の選択により、多様な主体から保健医療サービス、 福祉サービスを総合的に受けられる制度とする。

  3. 社会保険方式・・・給付と負担の関係が明確な社会保険方式を採用する。

以上のことを理解した上で、介護保険を支える介護関係事業者の種類についての知識が重要である。令和3年5月に厚労省から公表された「介護保険制度の概要」の中にある「介護施設・事業所の概要」について説明する。ここでは介護施設・事業所は大きく3つに区分されている。1つ目は「特別養護老人ホーム」と呼ばれる施設系事業所で施設数約8,000か所、利用者数95万人である。2つ目は「通所介護(デイサービス)」と呼ばれる通所介護事業で、事業所数約24,000か所、利用者数160万人である。3つ目は「訪問介護(ホームヘルパー)」と呼ばれる訪問系事業所で、事業所数は33,000か所、利用者数は145万人である。いわゆる在宅の高齢者に対して食事や着替えなどの身体介護や調理、洗濯などの生活援助をおこなう。施設当たりの利用者数を入れて分類表にすると下表の通りである。

出典:令和2年介護サービス施設・事業所調査の概況(厚労省)より筆者編集

このうち本論考で調査対象としているのは、訪問系介護事業者である。理由は、事業者規模が小規模な事業者が多いと言うことである。後編で詳しく説明する地域包括支援システムにより、できるだけ住み慣れた自宅で生活してもらうことが高齢者のニーズに合致し、かつ介護保険を財政的にも持続可能にしていくためにも得策であることから、在宅介護を支える訪問介護の事業者を増やすための各種施策が打ち出されている。これら3つの区分の事業所を新規に開設するときの要件に共通しているのは下記の4点である。

  1. 法人であること、

  2. 人員基準を満たしていること、

  3. 設備基準を満たしていること、

  4. 運営基準を満たしていること

各要件には細かい規定が設定されているが、訪問系事業所には大きな特徴がある。訪問系事業所は、施設系や通所系のように特別な介護施設を持たないことから、上記4要件を満たしやすく比較的小さな資本で事業を開始できる。これが小規模事業者が多いという理由である。上記表からも分かるように、単純に一事業者当りの利用者数を出すと施設系は119人、通所系67人、訪問系は44人である。抱える従業員も施設系や通所系は多いが、訪問系は少人数の訪問介護のホームヘルパーが直接利用者の自宅を訪問する形態である。訪問介護事業所は、サービス拠点であることからヘルパーステーションとも呼ばれる形態である。

令和3年度の介護報酬の改定

話を介護保険制度の話に戻そう。介護保険制度を持続可能な制度として維持していくために、 介護保険法では、原則3年を1期とするサイクルで財政収支を見通し、事業の運営を行っている。20年が経過した翌年の令和3年度(2021年度)は改定の時期に当り、同年4月から新たな改定内容による制度変更が始まった。介護報酬とは、事業者が利用者(要介護者又は要支援者)に介護サービスを提供した場合に、その対価として保険者である国から事業者に支払われるサービス費用をいう。つまり介護事業者の収入である。 法律上、事業所が所在する地域等も考慮した、サービス提供に要する平均的な費用の額を勘案して設定することとされている(介護保険法第41条第4項等)。その制度改定について厚労省から発表された「令和3年度介護報酬改定における改定事項について」(注 2)および「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」(注 3)を説明する。

下図は厚労省が令和3年3月に令和3年度介護報酬改定に関する省令・告示・通知をわかり易く解説した「令和3年度介護報酬改定の概要」(注 4)である。

出典:厚生労働省老健局「介護保険制度の概要」34ページ(令和3年5月)

「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」は、その項目を5つに集約している。その5つとは以下の通りである。

1.感染症や災害への対応力強化・・・・・・・・・・・・・2
2.地域包括ケアシステムの推進・・・・・・・・・・・・・7
3.自立支援・重度化防止の取組の推進・・・・・・・・・ 65
4.介護人材の確保・介護現場の革新・・・・・・・・・・106
5.制度の安定性・持続可能性の確保・・・・・・・・・・140

さらに「1.  感染症や災害への対応力強化」についてその具体策がわかり易く明示されているので、その内容を詳しく見てみよう。まずこの項目の目的は「感染症や災害が発生した場合であっても、利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される体制の構築」としている。ここでいう「災害」は自然災害を指していると思われる(以下同じ)。これが介護BCPの基本方針である。

一方、中小企業庁の中小企業BCP策定運用指針の表現を見ると「BCPを策定し運用する目的は、緊急時においても事業を継続できるように準備しておくことで顧客からの信用、従業員の雇用、地域経済の活力の3つを守る」としている(注 5)。大きな違いが無いように思えるが、介護BCPの方では「利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される」ための体制の構築である。そのためには介護事業者の事業の継続が前提となり、一般的に「ヒト」「カネ」「モノ」「情報」と言われる経営資源の保全が必要になるが、目の前の目的は、あくまでも利用者へのサービス供給責任を果たすことである。それによって報酬が支払われ事業継続が可能となると言っているので「カネ」対策については書かれていない。「従業員の雇用、地域経済の活力を守る」と言う部分も抜け落ちている。ここが厚労省の介護BCPと中小企業庁の一般的BCPの大きな違いである。

なぜこの違いが生まれたのかを明らかにすることが、筆者が本稿第1回目で、リサーチクエスチョンとして取り上げた「なぜこの業界に義務化されたのか?」についての出発点である。

下図が「1. 感染症や災害への対応力強化」として厚労省が求める介護BCPの内容である。

その内容の4つの項目について順次説明する。

  1. 「感染症対策の強化」は、感染症対策の具体的な取り組みとして委員会の開催、指針の整備、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等が義務付けられている。

  2. 「業務継続に向けた取り組みの強化」は、業務継続の観点から、感染症だけでなく自然災害についてもBCP計画等を策定し①と同様の取組が義務付けられている。

  3. 「災害への地域と連携した対応の強化」は、努力義務ではあるが、災害対応においては地域との連携が不可欠であり、その訓練にあたっては地域住民の参加が得られるよう努めなければならないとされている。訪問系介護事業者は対象とされていない。

  4. 「通所介護等の事務所規模別報酬等に関する対応」は、通所介護事業者等が感染症や災害によって利用者数が減少することに対する報酬の面からの支援をすることである。

これらの事項について介護事業所毎の具体的な内容を盛り込んで策定するのが介護BCPである。①②に対しては3年間の経過期間が設けられている。2006年2月に公表された中小企業BCP策定運用指針や2012年3月に初級編が追加された同2版の内容とはだいぶ趣旨が違うことが分かる。それは、上述の介護BCPの目的からも明白である。すなわち、介護BCPの目的は「利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される(ための)体制を構築」することであり、それが介護事業者としての責務であると言っているのである。中小企業庁BCPの観点からは、「顧客からの信用」を第一としたBCPであり全業種に該当する自社の製品・商品・サービスの供給責任を果たすことである。ちなみに静岡県経済産業部が2019年に作成した「静岡県事業継続計画モデルプラン(入門編)」 (注 6)には、企業の社会的使命を果たすための3要件として①供給責任②雇用責任③地域貢献が挙げられている。

介護事業者の顧客は、要介護認定を受けた高齢者等であり、日常の介護が必要とする顧客である。自宅で家族と生活している高齢者もいれば、独居生活をしている高齢者もいる。したがって、これら介護事業者の顧客である要介護認定高齢者の感染症対策や災害時の介護サービス提供を継続することが訪問介護事業者に求められている。

上述の通り、訪問介護事業者は、数名のパート介護職員(介護ヘルパー)により平均50名程度の利用者(顧客)を担当している。これらの利用者に感染症対策を講じ、大災害時にも介護サービスを絶やさないようにすることを義務付けたのである。

事業者の社会的責任としての供給責任と「ヒト」対策

一般の中小企業が自社の事業を継続するために、BCP策定時に決定する重要業務の選定や目標復旧時間の設定は、介護事業者に対しては厚生労働省によって既に決められているのである。重要業務は「要介護高齢者の介護サービスの提供」であり、目標復旧時間は「それぞれの高齢者が必要とする時間内」である。つまり、介護保険の実務担当事業者として、その責務としての介護サービスを継続することである。さらに言えば、要介護高齢者には、感染症や大災害によって命の危険が迫る事態も生じるために、そのリスクを取り除くために介護保険で報酬を得ている介護事業者にその役割を担当させたとも言える。この点が、中小企業庁でいう一般商工業のBCPと厚生労働省の示す介護BCPの大きな違いである(注 7)。

これらの厚生労働省のいう介護BCPと筆者の考えるBCPとの間は、他にも大きな違いがある。訪問介護事業者は、中小企業の事業者であるから、まず自社の経営資源である「ヒト」「カネ」「モノ」「情報」の経営資源を守ることから考えていくことがBCPの基本である。訪問介護事業者の「ヒト」は、従業員である介護ヘルパーであるから、介護ヘルパーが感染症に感染しないことを最優先した取組から始めて、大災害時でも従業員である介護ヘルパーおよびその家族が被災しない=ケガをしないための対策が、介護事業者の事業を継続するための最優先の課題である(注 8)。この対策なしには、BCPとは言えない。BCPの基本方針の第一は自社の経営資源である「ヒト」対策である。この対策によって従業員の無事が確認できた後で、はじめて自社の業務である利用者への介護サービスの提供(供給責任)が可能となるからである。

ところで、同じ「ヒト」でも自社の経営を支える従業員としての「ヒト」と、顧客である利用者の「ヒト」とでは、優先順位が違う。「ヒト」の命に優先順位はないという声もあるが、事業経営者としての立場からは、自社の事業を継続させて経営を成り立たせるためには、介護サービスを提供する従業員である介護ヘルパーの安全と雇用が確保され、それを支える家族の安全と生活が確保されることが大前提であることを訴えたい。この点に関しては中小企業庁のBCP策定運用指針でも同様の方針が示されていることからも明らかである。さらに介護BCPで求められているシミュレーション訓練等についても、従業員の安全を守るための最優先対策としての取組みとなるべきと考える。

これらが、厚生労働省の介護BCPと経済産業省のBCPとの違いであり、筆者が問題視する点である。これらに対する解決策までを提案するのが本論考の主旨であるがまだ先は長い。

次回は、(3)自然災害・感染症災害の犠牲者について論述する。


【注釈】

  1. 「訪問介護」と「居宅介護」とは名称が似ているが制度が異なる。「訪問介護」は介護保険法に基づく訪問系の介護サービス(指定訪問介護)で、加齢に伴う病気や機能低下に対応して、居宅において自立した日常生活を送れるよう、要介護者の居宅を訪問してサービスを提供するものである。一方で「居宅介護」は障害者総合支援法に基づくもので、障害の有無に関わりなく基本的人権を享有する個人として日常生活や社会生活を営めるよう、障害者の在宅生活を支援する介護サービス(指定居宅介護)である。

  2. 厚生労働省「令和3年度介護報酬改定における改定事項について」220ページ https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000768899.pdf

  3. 厚生労働省「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」55ページhttps://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000753776.pdf

  4. 厚生労働省老健局「介護保険制度の概要」34ページ(令和3年5月)https://www.mhlw.go.jp/content/000801559.pdf

  5. 中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」2. 基本方針の立案(1)BCP策定・運用の目的) https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_a/bcpgl_02_1.html

  6. 静岡県のBCP(事業継続計画)に対する各種支援について「はじめてのBCP」 https://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-550/bcp/modelplan/documents/211013_hajimete.pdf

  7. 厚生労働省は介護BCPを「業務継続計画」といい、経済産業省のように「事業継続計画」とは言わない。

  8. 「東日本大震災で高齢者を助けようとして地域の民生委員の方が亡くなってしまった事例の教訓は、介護事業者の脳裏に深く刻まれている。」筆者による大手介護事業者でのインタビューより。

一般社団法人レジリエンス協会 Web サイト
http://www.resilience-japan.org
組織レジリエンス研究会のページ
https://resilience-japan.org/category/research/organization/