― 第二十九話 大団円(最終話) ―

「かんぱぁ~いっ!」
 みんなでビールを持ち上げて声を張り上げた。
 元々三人でも狭かった部屋が、いっきに七人。しかも一人はでかい外人だ。足の踏み場もない。

「ぷはぁ~!」
 アソウがグラスの半分くらいを一気に腹に落とし込んだ。
「うんまぃのぉ~!」
 心底うまそうに言った。
「ほぉんとに!」
 吉田が答えた。
「こんな日にビール飲まんで、なに飲めっちゅうや、なぁ?って!だ、誰や、お前?」
 アソウが竹田君を発見した。
『あ、あの、竹田、です。』
 竹田君、意識して声を大きくしている。
「じょ、冗談やがな~!がははははは」

「そぉれにしてぇも、わたぁし、一体なぁにしてたぁんでしょうか・・・」
 メルトモがしみじみと言った。その哀愁漂う横顔をミハダが惚れ惚れと眺めている。
「そういえば、メルトモ様は一体どこの国から来たんですか?」
 田崎が言った。『様』はこの先、一生抜けないのだろう。
「・・・ちぃかくて、とおぉい国。」
 メルトモの目が細まった。
「・・・韓国。」
「隣じゃないですか!っていうか、メルトモさん東洋人だったん・・・」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 驚くメガネの言葉を遮って悲鳴のような、非難のような、声がした。ミハダであった。
「メ、メルトモさんって、韓国人だったの!?」
 韓国出身と言ってるからには韓国人だろう。
「はぁい。そぉうでぇす!どビンゴ!」
「『ど』はいらへん、『ど』は。」
 ミハダが、メルトモから体を離した。
「ん、どうしたんだべ、ミハダさん?」
 吉田が言った。
「あたし、アジアンはちょっと。」
 男ども、皆、どん引きである。

「そ、そういえば、確かにミハダ君はどことなく赤レンガっぽい。・・・なあ、メガネ?」
 『なあ?』って言われても・・・。
『あ、でも、東洋人の男性の方が肌が綺麗で、僕、好きです。』
 囁きは、シンと静まり返った部屋の壁にコダマした。
「おぉっ!」
 ポッと頬を染める竹田君、そして同じように頬染める吉田と田崎以外の男達が身を引いた。
「なんやねん、お前ら!記憶無かった方がまだマシやったやないかいっ!」
 アソウが叫んだ。
「ホントに。」 
 メガネが言った。
「おい、メガネ!そう言うお前も昔のことで何か人に言えんような、下品で、身の毛もよだつような恥ずかしいこと何かあるやろ?いい機会や、全部吐き出してしまえ!」
 そういうものだけで詰まっている男が言った。
「いや、俺、記憶戻ってないですから・・・」

 ・・・・・・・・・・・・へ?

 皆の動きが止まった。
「なんでやねん!お前、尾道と一緒にメガフォルテのメンバーの記憶戻してたんやないのかい!」
「はい、戻してました。いや、尾道さんが言うには俺の記憶は戻らん、とかで・・・」
「うっそやぁ~!」
「うっそだぁ~!」
「あ!・・・もしかしてメガネさん、記憶戻すの怖くて仮病使ったべか?」
 雪国の人、どうも予防接種かなんかと勘違いをしているようだ。

「いや、尾道さんが探してくれたんですけど、結局俺の記憶ってギメガ帳のどこにもないって言ってました。」
「尾道のやつ、絶対ウソやで、それ!お前に財産渡したくないからや!ああ、惜しいことしたのぉ!記憶戻してたらお前、今頃は億万長者やでぇ!あいつ、なんちゅうヤツやっ!もう親やない!人でなしや!」
 ・・・と、当の息子の前で言う、人でなしである。

「いえ。全てが終わって帰るとき、メルポさんがメクロを脅して聞いたんですよ。そしたらやっぱりどこにも無かったそうです。」
「くっそー、メルポ様のやつ、尾道から一体幾らくらいもろうたんかのぉ!くっそぉー!」
 このヒト、もう腐りつくしてしまっているようだ。

「じゃあ、メガネ君、あなた何も変わってないのね・・・」
「はぁ、そういうことになります。でも、俺って元々そんなに大した思い出もないんじゃないかと思いますから・・・」
「うん!きっとま、そうや!ま、飲もうや!」
「さんせーいっ!」
 田崎と吉田が声を合わせた。
「こぉんどの乾杯ぃは、『ドラムカァーンッ』っていぃません?いえぇ~いっ!」
 メルトモ、また無意味な発言を・・・

「・・・でもやっぱり見た目は西洋人なのよねぇ。」
 ミハダはまだ迷っている。
『僕は皆さんとお会いできただけでホントに幸せなので今晩寝るところなんてどこでもいいんですよ、吉田さんの横ならもう、どこでも、寝ますよ。』
 酔った竹田君が何度も同じ事を叫んでいる・・・。
 (億万長者になれたかも。億万長者になれたかも。億万長者に・・・)気にしてないフリをするメガネの脳内の電光掲示板には、さっきから同じメッセージばかりが流れている。
「じゃあ、もういっちょうっ!」
「かんぱぁ~い!」
部屋全体がまた震えた。

― 蛇足 ―

部屋が震えたせいで暗い台所の冷蔵庫の上から一枚の和紙がはらりと床に落ちた。墨で何か書かれている。しかも達筆だ。
ビールのお代わりを取りに来たメルトモが、勢いよく冷蔵庫のドアを開けた。そして、ドアの起こした風で動いた和紙にメルトモは気付き、それを拾い上げ、酔った顔を和紙に近づけた。・・・が、残念。漢字の読めないメルトモにとって、その和紙は鼻紙以上の存在ではない。彼はフンッと一つ鼻を鳴らすと、その紙で鼻を拭き、丸めてからポイッとゴミ箱に投げ入れた。
彼は冷蔵庫から冷え冷えのビールを一つ取り出し、プシュッと蓋を開けながらギャアギャア騒ぎ立てているみんなのところへと戻っていった。

メルトモの大量の鼻水をやさしく包み込む和紙。そこには、こう書かれていた。

拝啓 アソウ様
   
残暑厳しい今日この頃、益々ご健勝のことと思います。

さて、先日お伝えいたしました、データ紛失の件に於けます減棒額に関しての最終的な決定をお伝えいたします。

前回の指令にて、減棒額は給料の半額、とお伝えしたと思いますが、昨今の世界的な経済状況の悪化を鑑みまして、三ヶ月の給料停止、本年度分全てのボーナスカット、そして本年度のビーチパーティーへの参加停止、と決定致しました。
よろしくお願い申し上げます。

敬具


 
追伸 なお、インド支部部長、カレーオージー様に今回、二人目のお子様が生まれました件で・・・
 

「世界公務員メガネ」了

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