― 「ところかまわずナスかじり」第294話 彼女に殴られた理由 ―

 もう5年も前になりますかぁ・・・。

 そう、5年前。私、当時付き合っていた彼女に殴られたのです。
 後にも先にも人に殴られたのはあの時が初めてのことでした。

 しかしながら、殴られた理由がどうしても思い出せなかったんです。
 ずぅっと。そう、昨年あたりから思い出そうとしてたんですが。

 で、先ほどようやく思い出したんです。

 今となっては、二人とも若かったのでしょうね。
 まるで他愛もないことでした。

 私が殴られた理由というのも、元々は私が頼んだことだったのです。
 
 当時、虫歯があまりにも痛く、しかし夜のため歯医者にも行けませんでした。
 それで私、彼女に頼んだんです。
 一発殴ってくれ、と。
 殴られた痛みの方が、歯の痛みよりもすっきりしたものだ、と。
 しかも彼女はか細い女性でした。
 身長は150センチもありません。
 彼女にどんなに全力で殴られても、2メートルのこのプロレスラーの私に効くわけがありません。
 
 で、彼女に頼んだのです。
 全力で殴ってくれ、と。

 彼女は全力で応えてくれました。
 それはありがたかったのですが、まさか彼女にあんな隠れた才能があったとは・・・

 彼女に殴られた瞬間、私の世界が吹っ飛んでしまいました。
 首がほぼ180度回ってしまい、首の骨が一瞬にして砕けてしいました。
 
 虫歯も含め、全部で25本の歯が引っこ抜かれ、鼻骨はひしゃげてしまいました。

 頬骨は完全にバラバラになってしまい、顎の骨に至っては、原形もとどめないほどに粉砕されていたそうです。『いたそうです』というのも、私は自分で確認することが出来なかったからです。それから4年間、私は生死の間をさまよい、1年前に目覚めたからです。

 私の過去の記憶はあいまいです。
 なぜって?
 殴られた衝撃で私の脳の3分の1は消滅してしまったそうです。
 
 今、私の隣で彼女が静かに本を読んでいます。
 時々、私に目を向け、優しく微笑んでくれます。
 その度、私の体内を電流が突き抜けていくような衝撃を感じ、冷や汗が出ます。手が震えます。頭の中が真っ白になります。
 
 そう、私はプロレスラーでした。
 
 リングネーム?
 
 『吸血王 ザ・ブラッディ・タケダ』です。

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