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そうして俺は牛乳瓶に永久歯を

小学生の頃、プールで顎を打って永久歯が2本飛んだ。ヘラヘラ笑って立ち上がったら、鮮血が太ももにボタボタと落ちている。意味がわからず目を前にやると、自分の前歯が2本転がっていた。

すぐに俺は泣き喚いた。偶然クラスで1番モテていた男の子がバディーになったことも忘れていた

こういう時に泣く理由は大抵痛みや「一生前歯がない状態で暮らすのか?」  みたいな具体的な悲しみが一番大きいと思っていたが、実際そうでもない。俺の場合、これだけ血が出ている人間は泣くだろ という確信に流されて泣いていた。これがほとんどの理由で、痛みなどは全く感じなかったし、多分血さえ出ていなければ前歯が無いことにしばらく気がついてもいなかっただろうと思う。あと、単純に人間は とにかく人に見られているところで血が出たら惨めで泣きます。

抜けてしまった永久歯を再植するには、牛乳に歯をつけておく必要があるらしい。水につけてはいけないんだとか。

幸い、小学生は余裕で牛乳を残すので、迅速に俺の歯は瓶の奥底へ沈んでいった。


先生は、俺の前歯が2本漬かった牛乳瓶を持って「1年生が見てるから泣かんとき」と、結構強めに言ってきた。まさか、こんな状況になっても普通に怒られると思ってなかったので、かなりびっくりして泣き止んだ。

泣きすぎて出たしゃっくりを押し殺して1年生の教室を通り ティッシュで血を抑えながら、胡散臭い柄のシーツが敷いてある校長先生の灰色のプリウスに乗った。

普段偉そうなことを言っても、車なんかを運転してまで学校に来ているという 先生のあまり見てはいけない裏の部分を見たような気持ちになった。

水曜日はほとんど歯医者が定休日だったので、知らない歯医者に行った。信号機がなかなか変わらず、虚ろな目で赤信号を眺め 口からは赤い血を滲ませながら プリウスの変な臭いの冷風を浴びていた。

再植してもらった後も、しばらく元気は出なかった。

でも、しばらくして俺が憧れている友達の矯正姿そっくりなことに気付き、この歯に付いた針金を少し誇らしげに思ってから、少しずつ俺はいつも通りになっていった。

今も、牛乳瓶に生かされたボロボロの永久歯は セラミックを身にまとって生きている

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