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「春にして君を離れ」のミステリィとしての破壊力が半端なかった

個人的にアガサクリスティは大好きで、代表作である「ABC殺人事件」や「アクロイド殺し」「オリエント急行の殺人」「そして誰もいなくなった」「カーテン」は、どれも読んでますし、どの作品も思い出深いですね。まぁ、どの作品もトリックのインパクトがあり、忘れない、というのも有りますけどね。

ただ、アガサクリスティの作品は代表作は読んでいるけど、その他の作品はあまり読んだことが有りませんでした。昔は読んでいる本の半分がミステリィだったのですが、最近は殆ど読んでなく、生活にミステリィ成分が足りないなぁ、なんて感じていたので、アガサクリスティの名作を読むのが良いんじゃないか、とふと思い立ちました。

で、どの作品を読もうかと考えている中で、アガサクリスティの全作品を紹介している本があるのを発見し、早速読んでみました。

この本は、当初ブログ連載だったようですが、全作品を読みながら1冊ずつ解説を書くスタイルで、この本を読み進めると著者自身が徐々にアガサクリスティに対する造形が深まっていくのが分かります。それを読者も追体験できる構成になっており、なかなか興味深い一冊でした。

また、文字通り全作品の解説が書いてあるため、著者の読書に対する姿勢には圧倒されますし、単純にこれだけの本を読み解説を書く熱量がすごいですよね。本の解説としても、ほとんどネタバレ無しで書いてあり、かつ内容は的確に表現していて、解説を読むと作品も読みたくなるという非常に上手い解説でした。一部の致命的なネタバレについても、黒塗りしてあり好印象です。(なお、黒塗り部分は巻末に記載あるので、興味がある人は読めます。)

あと、作品毎に★がついており、★5が最高となっています。あくまでも著者の独断と偏見の点数であるため、その点は注意が必要だと思いますが、参考に使ってみたいな、と思いました。特に★5の作品は読んでみたいな、と感じました。

そんな中、★5の作品の中でも非常に気になった作品が「春にして君を離れ」です。解説でも「読んでない人は、とにかく読め」的な事が書いてあったのも、読み始める後押しになりました。

さて、アガサクリスティというと、上述のような作品(および有名トリック)を書いた推理小説作家という事で有名ですけど、「春にして君を離れ」は大きなトリックもなく、殺人事件も無いです。ただ、読み終わった際に、個人的にアガサクリスティ作品の中でもベスト級の作品であると感じました。まぁ、とにかく上手いというか。

あらすじとしては、電車の遅れで文字通り軟禁状態となった主人公が、旦那さんや娘、息子の事を中心に過去の出来事を回顧する、という形式で話は進んでいくのですが、別段、大きな事件が起こるわけではないものの、徐々に主人公を取り巻く環境や、主人公が置かれた状況が見えてくる、という構成の作品となっています。

殺人事件が起こらないため、物語の牽引力が弱いかと思いきや、何事もない日常生活なのに不穏な陰がそこかしこに現れ、「この話の行く末はどうなるんだろうか」と思う気持ちが止まらず、本を読む手が止まりません。この辺りにアガサクリスティの筆致の強さを感じます。

途中まで読むと、この物語が何を語りたかったのがが徐々に分かってきて「え、だとすると物語の着地どうなるの」という思いに包まれます。おかげで、読むのを途中でやめることができず、最後まで一気に読み切ってしまいました。

ラストも近くなると、物語の真相に主人公がたどり着くのですが、主人公の選んだ選択にやるせなさを感じたりもしました。正しい選択が出来たのに、その選択をしなかったというか。ただ、主人公がとった行動も「人間あるある」の展開だよなと思い、アガサクリスティという作家が、人間という生き物に対して深い理解があるよな、とも感じました。

また、物語がここで終わると思いきや、最終シーンは主人公の旦那さんの独白で終わります。まぁ、その独白の内容にも色々とビックリするのですが、最後の一文を読んだときに、私自身の身体に文字通り衝撃(ショック)を受けました。物語自体もひっくり返るし、自分自身の考え方もひっくり返る思いがした、というか。あまり書くとネタバレになるのであれですが、ほんと「人間って残酷で怖いな」と思いました。

という感じで、久しぶりに「読んで人生観が変わる小説」に遭遇し、それがまさかアガサクリスティの作品だとは思いませんでした。アガサクリスティって冒頭の超絶トリックが仕込まれている作品群を考案しただけでも凄いのに、超絶トリックを使わないのに、ここまで凄い作品を書けるとは。ほんと恐るべしです。多くの作品が皆に愛されているのがよく分かりました。

ちなみに「春にして君を離れ」はKindle版を買ったのですが、解説がついてないのが残念でした。栗本薫さんの解説との事なので、紙版も買おうかな、と考え中です。


ともあれ、個人的に、作品として諸手を挙げてオススメするか、と言われると読後感の衝撃から考えると簡単にはオススメできないですけど、アガサクリスティが好きで、この作品を読んでない人は「怖い物みたさで読んでみてはどう?」と軽く背中を押したい作品ですね。

もちろん、アガサクリスティ未読の人でも、何の問題も無く楽しめますので、興味のある方は是非。「読書って怖いけど、本当に面白いなぁ」と久しぶりに心の底から思った作品でした。

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