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二通の手紙


二十数年前の高校生の私が、今の私へ宛てた手紙


社会の渦に巻き込まれていると、たくさんの声が聴こえてくる。

誰もが前向きに見える。

自分だけが、社会から取り残されているように感じることがある。

あなたが良くないのは、こうしないからだ、と言う声がうるさい。


みんな、自分が幸せだと感じたい。

だから、自分はこんなに幸せなんだと表現したい。

表現すると、本当のように思えてくるから。

それが、うるさい。


みんな、こうすれば、もっと幸せになれると思いがある。

不満はある。

社会のこと、自分にはどうにもできない。

でも表現したら、誰かはわかってくれるかもしれない。

それが、うるさい。


本当の道はどこなんだ。

親が教えてくれるのか?

本が教えてくれるのか?

別の何かが教えてくれるのか?


社会は、真ん中が好きだ。

少しでも真ん中を外すと、誰かが近づき、いじってくる。

ニヤニヤして、近づいてくる。

あなたは、はじっこだ、と。

はじっこにいたらダメだと、言ってくれる人すらいない。

でも怖いから、たくさんの人が真ん中に集まろうとする。


真ん中が嫌いだ。

自分の中に、真ん中がない。

そこに行っても、よそ行きだ。

わたしがわたしでいられるのは、はじっこだ。

はじっこの中でも、ここだけだ。

ここにいたい。


真ん中を認めない、あの場所に、明日からまた行くべきなのか。

社会は、はじっこを認めないのか。

学校は認めないのはもういい。

その先に、居場所はあるのか。

どうか、教えてほしい。



今の私から、二十数年前の高校生の私へ宛てた手紙


居場所は確かにある。

わたしはそこにいて、ここから大声であなたに伝えたい。

社会にはもちろん、真ん中にいる人がいる。

そして、真ん中じゃないのに、真ん中のフリをしている人がいる。

最後に、はじっこにいるあなたの場所に近しい人もいる。

はじっこだと思ったその場所が、いつか真ん中になることだってある。

それぐらい、当たり前は移ろいゆく。

胸を張って、はじっこに居られるのはもっと先になる。

たくさんの場所をさまよって、最後に、はじっこに帰り着く。

ああ、ここが自分の場所だったんだな、ってあきらめる。

そこがスタートになるんだ。

自分の場所を見つけられた人は、強い。

その場所をはぐくみ、育てられる。

今いる場所が苦しいのは事実かもしれない。

でも、その場所じゃないところで、一時しのぎをしても、余計苦しむことになる。

それも経験だ。

今のうちに、たくさんの場所を歩み、そこで感じることを財産にしよう。

たくさんの財産を持って、今いる、はじっこに戻ることになる。

そこまで、旅をしよう。

あなたの先に、居場所はある。

一本の道の先ではなく、たくさんさまようことになるでしょう。

そして、ここに、帰りつく。

苦しいけど、苦しいけど、きっと楽になれるから。

あなたは、大丈夫。


いつも読んで頂きありがとうございます。 これからもよろしくお願いします。