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文学を知らない人間が「文学こそ最高の教養である」を読むとどうなったか

いきなりタイトルの結論から言いますが、

頭良くなった気がします。

実は僕、文学についてちゃんと興味を持って触れてみようと思ったのは

今年からなんです。

それまでは殆ど、なんとなくで読んでました。

決して文字が嫌いだったわけではありません。

10代の頃に、ファンタジーが好きだった僕は
なんとなく当時流行っていたライトノベルを読んで

20代の頃に、ゲームが大好きだった僕は
なんとなく当時流行っていたノベルゲームを読み遊んで。

唯一まともに読んだのは、祖父の本棚に置いてあった
「ノルウェイの森」くらいで。

それすらもよくわからずに読んで、
「なんだかエロいな」という、なんの思慮も無い感想を
心で呟きながら読み終わってました。

僕にとって文学とはそんな
「なんとなく触れていたもの」であって、

文学そのものに、特に興味関心は無かったんです。

友人の言葉が文学に興味を持たせてくれた

そうこうしている間に30代になっちゃって、

時間も無くなって、
本からますます遠ざかっていきました。

そんな折です。

小さな頃から本が大好きで頭の良い友人から
こんな言葉を言われたんです。

「おおらぎの語る言葉とか話って、浅いよね

ショックでした。

相当落ち込みました。

というのも、僕はこれまで

心の中でそこそこ
「自分の話す内容って深い!」と

息まいていたからです。

きっと友人は、

そんな浅はかで
井の中の蛙な僕を
見ていられなかったのでしょう。

「じゃ、じゃあ、どうすりゃ深くなるんよ」

引きつった半笑いで聞き返すのが
やっとだった僕に

「文学」

と、一言。

僕が文学にキチンと興味を持ったのは、
そこからです。

真面目に文学と向き合おうと思った2冊目の本


自分の言葉や話に深みを持たせたかった僕は

先ず「文学とはなんたるか」を教えてくれる本を

図書館で探しましたね。

そこで「文学とは何か」という、直球タイトルを見つけたんです。

しかし、結果的にこの本を一度読んだだけでは、

理解するには到底及びませんでした。

ただ読了の頃には、文学に対して
更に興味関心を持つ事が出来ていたのです。

そんな、僕がいよいよ本格的に

文学に本腰を入れて向き合おうと思い出したタイミングで

この本と出会ったわけです。

もうね、帯を見た時点で震えました。

~社会を、人間を、広く、『深く』知るのに最も役立つのが「文学だ」~

友人に「話が浅い」と言われてからというもの、

「深い」という言葉だけに過剰反応するようになった僕は

「これこれ!これっこれ!!」

と、大興奮。

語彙力が無い人は、
感情がモロに出た時、非常に恥ずかしい事になるのだなと

今、思い出しながら眉間に皺を寄せています。

開始26ページで先に書かれてる本を読みたくなる

この本を読み始めた当時、早くも最初に浮かんだ感想は

「先に全部、作品を読んでしまいたい!!!」

ここで言う26ページとはどこまでかと言いますと、

まえがき

目次
(ここまでは、光文社新書さんの所で読めます)


フランス文学の扉

第1夜プレヴォ『マノン・レスコー』を1ページめくった所まで。

1日目にここまで読んで、

当時このTwitterでツイートした2020年の8月10日、

僕の心は1冊目の「マノン・レスコー」を

Amazonで探す事に躍起になりました。

対談を読む→作品を読む→対談を読み直す

僕はkindle unlimitedに登録していたのですが、

この「文学こそ最高の教養である」に紹介されている本の多くは

kindle unlimitedに登録していれば
電子書籍として
なんと無料で読む事が出来るんですよ。

今日までに空いた時間を使い、
オススメ全てを読了することは叶わなかったものの、


7冊の本を読み終えました。

対談を読んでから
実際の作品を読んでみたり、

逆に作品を読んでから
対談を読んでみたりと、

最初は「全部作品読んでから」と思っていた気持ちも

どうすれば「文学こそ最高の教養である」を
最も楽しく読む事が出来るのかにシフトしていきました。

そこで出た僕なりの答えは

「一度対談を読んでから作品を読み、もう一度対談を読み直す」

この方法が一番、楽しめたと言えます。

最初の対談で話の内容を読み
なんとなく点で見ていたものが、

作品を読み
最初の点と、作品の点が線で繋がり、

もう一度対談を読む事で
その線が更に太く明確になる。

「文学こそ最高の教養である」は
一冊の本でありながら、二度楽しめるんです。

どの作品も原本があり、
対談で話されている著者の方々が

現代の人にわかりやすい文章で作品を翻訳し、
伝えてくれている。

それぞれの作品ごとに
原本著者の情熱やこだわりが感じられる場面が随所にある事を
対談では話してくれているし、

その巨匠達の作品と、
どう向き合ったのかという点は


それぞれの作品のまえがきやあとがきにも
添えられていますが、

対談では最新の話として更に突っ込んだ内容が読める。

より、翻訳者本人の温度を感じる事が出来ました。

教養は身についたと言えるか

この本を読んで、

「教養が身についたかどうか」という点に関して言えば

8月からの三か月間、
半分以上の作品を読んだ僕の結論は

『教養』という言葉の意味が

心の豊かさや
情報という点と点を線で繋ぎ、それを自分なりに考える力だと言うならば、

この本を読む前よりも身についた

と言えます。

…noteで自分の気持ちを文字に表現することを始めた1年生としては

ここから書く事は非常に伝え辛いのですが書いてみようと思います。

作品を読んでいて、特に揺さぶられたものがあります。
「三つの物語」にある一つ目の話、

「素朴な人」です。

この話、

只々、
一人の女性に焦点を当てた事実と風景描写がずっと続くんです。

只々、
それがその女性の人生が終わるまで続いていく。
それだけなんです。

それだけなのに、この話の最後、

僕は何故か涙を止められずにいました。

この時の感情を無理矢理一言で表現するなら「切ない」ですが、
実際はそんな単純なものでは無かったです。

複雑で、しかし言葉で表現出来ない。しきれない。

しようとすればするほど、言葉が遠ざかる。

文学作品を残した人達は
きっとこれらも言語化出来ていたのだろうなと思います。

どうあれ、
この話の主人公に感情移入していた事は間違いなく、

理屈で説明し切れない何かが
僕の感情を揺さぶったという事もまた、事実だと思います。

僕はここで文学の素晴らしさのホンの一部分を
体感させてもらえた気がしています。

きっとこの繰り返しが
少しずつ教養を培っていき

この感情を言語化出来た時が
僕の望んでいた「深さ」に結び付く時なのかなと

そう思わずにはいられませんでした。

「文学こそ最高の教養である」の本を通じてでなければ、

絶対にこの体験はさせてもらえなかったと思います。

今回の事で古典にも興味を持てたし
今以上にもっと文学作品を読んでいきたいと、


そのギアをやんわりと上げてくれたのがこの本です。

体感した事の無い何かを教えてくれた導き書に

最大の感謝を。

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自分の本当にやりたいと思える事を探している社会人。 noteでは日常の事、身近な人を助ける力が欲しい為に先ずは自分を助けられる力をつける上での過程…バタバタもがく姿を赤裸々に語ろうかなと思っています。レトロゲーム好き。