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【短編】ライオン姉さん

 これは、僕が大学三年生…21歳の頃に体験した青春の話です。

 当時僕は…それはそれはやんちゃな男で、髪を金に染めたり、 やけに高いピアスを着けたりして。もちろん、廃墟とかにも行ったんです。
 うん、岩手だから見分森とかも行ったね。展望台近くのあの休憩スペースみたいな所に『いえす、ふぉーりんらぶ』って書いて馬鹿みたいに笑ったりしたんだ。
 今思えばあのときはいろんな意味でどうかしてたんだと思う。

 んで、問題の日は友人二人(A・B)と行った“Mさんの家”。

 Mさんの家は、ボロボロで今にも崩壊しそうな妙な貫禄を孕んでいた。Bが「九龍城砦のようだ」という感想を持ったのも無理からぬ話だろうね。

 しかし、廃墟とかじゃないんだ。ちゃんとMさんが住んでいる。

 Mさんは僕たちがタンクトップの鼻垂れクソガキだった頃の駄菓子屋のおばさんの娘さんででライオンのパーカーを来ていたから僕ら近所のクソガキ共は『ライオン姉さん』って呼んでた。

 Aがインターフォンを押下した。この家の独特なくぐもったチャイムの音を聞くのは久し振りだ。
 耳に木霊する懐かしい音。
 しばらくして、奥からライオン姉さんがやって来た。

「あら…貴方達は」
「ども……Aです」
「Bです」

 僕も自分の名前を言った。言い終わるとライオン姉さんは「大きくなったねえ」とまるで年寄りのような台詞を吐き、「ここじゃなんだから、ファミレスかどこかに行きましょう」と言った。

        ○

 ファミレスに着き、コーヒーを頼む。ライオン姉さんは変わらず甘党のようで砂糖をざくざくと積んでいた。

「あんた達、いい男になったわね!」

 豪快に笑うライオン姉さんはあの日のままだった。十年以上経っているというのにこの人は僕たちの尊き遠き小さき日を思い出させてくれるようだ。

「あんた達、順調? あんたはやんちゃになったわねえ」
「あはは……」

 僕は、ライオン姉さんの言葉に苦笑いを浮かべてしまう。自分でも「これは鏡の世界の僕か…?」と思うほどの変化だったので、ちくりと心に刺さる。

「ライオン姉さんも元気そうで良かったっす」

 Bがそう言うと、ライオン姉さんは「その呼び方やめてよもー」とはにかんだ。

 貧乏でも幸せそうに生きるライオン姉さんは、僕にとって昔から憧れだった。

「んでんで、三人はこれでもいるの?」

 ライオン姉さんは小指を立てた。それに対してAは「どちらかと言えばこれがいます」といい中指を立てた。

 まあ、AとC子さんは本当に妬み合って貶め合って愛し合うだもんなあ……。

 Bは普通にモテモテだからなあ。
 となるとライオン姉さんの標的は僕に移る。

「なーに? あんたはないの?」
「みんな見る目がないもので」
「その恋愛ゲームみたいな髪型やめればモテるんじゃない?」
「こいつ、糸目だから逆に持てないんすよ」

 僕は髪を捲って見せた。

「ありゃ。見えてるの? それ」
「ばっちりです」

 ライオン姉さんはふーん、そっかあ。不運だねえ。と言い、ひどく甘そうなコーヒーを啜った。

「私ね、こんど結婚するんだ」
「え。すごいじゃないすか!!」
「いい知らせですね!!」

 ライオン姉さんの顔は幸せそうだ。

 ライオン姉さんは二児の母で家も新築にして、今では肝っ玉母ちゃんしている。

 あの時飲んだコーヒーはなんだか苦すぎるような気がした。