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年の瀬に雑感。生態系の単元の話を例に。

「理科が得意」とか,「生物が得意」ってどういうことだろう

 今回はいつもと調子を変えて,転職して1年ほど現場に出て思ったことを,何となく書きます。ついでにサムネイル写真はみんな大好きファージの模型。超かっこいい。
 みんな,なんかテキストからイメージへの変換が苦手。

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 みんな,と書くと主語が大きくなって怒られそうなんですけれど,テキストをテキストのまま覚えようとされることがあります。それはコンピュータの得意なことであって,人間の苦手なことなんですけど。例えば,生態系の単元にあるこんな小難しい解説を,人によってはテキストのまま,文字列のまま覚えようとする。

「消費者による摂食量は同化量と不消化排出量に分けられる。同化量から呼吸量と被食量と死亡量を差し引いたものが,成長量としてその時点の現存量に加えられる」

 じゃあどんな読み方があるのかってことなんですけどね,ちょっと読んでいきましょうか。

「消費者に

 はい,まずこの時点でバッタやライオンのことを考えましたか?「消費者」ってそもそも何でしたっけ?光合成をせず,他の生物を食べて(消費して)エネルギーを得る生物で,一般に「動物」と呼ばれる生物のことでしたよね。

「消費者による摂食量

 はい,では「摂食量」ってそもそも何であるか考えましたか?食べた量のことです。バッタが食べた葉の量,ライオンが食べた肉の量のことですね。現象が先,理論が後。何も起こっていないのに「摂食量」という概念が発生することなんてないんですよ。先にバッタが葉を,ライオンが肉を食べているから,摂食量という抽象的な概念が後から帰納されるんです。勉強するときだって,たぶん,その順序を間違えてはいけない。

「消費者による摂食量は同化量と不消化排出量に分けられる。

 「同化」は代謝の単元まで戻らなければいけませんね。はい,同化ってそもそも何でしたっけ?「単純な物質から複雑な物質を合成する過程で,吸エネルギー反応であり,…」ああ,そうなんですけど,ここではそういうことじゃないんですよ。例えばライオンは肉をアミノ酸にまで消化して吸収しますよね。そして,吸収したアミノ酸を使ってライオンが自分自身の肉を作ります。もともと自分の肉ではなかったものを,自分の体の一部に同化するということですね。
 つづいて「不消化排出量」,これは読んで字のごとくですよ。漢字の意味をよく考えましょう。不消化…消化しないということですよね。排出量…出す量ということですよね。うn便ですよ,便
 いや,正確には便じゃなくて便の一部ですよ。便は小腸の内側表面の古くなった細胞(皮膚で言うところの垢みたいなもの)とか,腸内細菌とか,そして消化されなかった食べ物が混じったものですから,不消化排出量は便の一部です。
 ついでなので続けますけれど,小腸の内側表面の細胞は,体の一部です。ということは,一度自分の体の一部に同化したものから作られているはずです。したがって便は,次の3つに分けられます。つまり,一度自分の体に同化された後に古くなったもの(同化量の一部),同化されず排出されるもの(不消化排出量),そしてそもそも自分ではない腸内細菌です

 「摂食量は同化量と不消化排出量に分けられる」だなんて書かれると,小難しいんですよね。小難しいものは,小難しく書かなければいいのです。要するにどういうことなんでしょう?「食べたものは,吸収するか出すかの二択である」これでいいんです。吸収したものが同化量,出したものが不消化排出量。現象が先,理論が後です。これでいいんですが,この手の言い換えを中高生の皆さんが自分でやろうとすると,どうも難易度が高いみたいです。ぐぬぬ。

「消費者による摂食量は同化量と不消化排出量に分けられる。同化量から,呼吸量と被食量と死亡量を差し引いたものが,成長量

 便とか便とか言っていたので,もう少し理論的(?)なモノの読み方をしましょう。ここで使う理論は足し算とか引き算って言うんですけど,同化量から呼吸量と被食量と死亡量を差し引くと成長量になるんですって。

   同化量―(呼吸量+被食量+死亡量)=成長量
  ⇔同化量=呼吸量+被食量+死亡量+成長量

 馬鹿にしてるのかと言われそうで怖いんですけれど,「同化量って,この4つに分けられるのか?」って思えました?思えたならいいんですけど,じゃあ「バッタとかウマって,食べられたら基本的に死ぬと思いますけど,被食量と死亡量って何で分けてるの?」「そもそも食べられたり死んだりしたら成長しないのでは?」って思えました?
 テキストをイメージに変換する,あるいは文字列に意味をもたせる行為って,こういうことの積み重ねじゃないですかね。「何だかよくわかんないけど,そういう式があるのね」ととりあえず納得することは,勉強のスタート地点としては問題ないんですけど,勉強のゴール地点としては悪手ですよね。繰り返しますけど,現象が先,理論が後なんです。現象が先にあって,名前は後からつくんです。

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 ここでちょっと,生態系の単元のお話をすることにします。さっきの疑問にも答えておきたいです。とはいえ,さっきの疑問は私が勝手に挙げたものなので,まぁ飛ばしたい場合は最後の方までスクロールしてしまってください。

 摂食量,同化量,不消化排出量,呼吸量,被食量,死亡量,成長量,現存量…頭痛がしてきそうですね。
 さんざんバッタとかライオンとか言っていた手前申し訳ないのですが,これはバッタやライオン1個体の話をしているのではなく,バッタやライオンの集団の話をしています。摂食量は,たくさんのバッタが食べた葉の総量です。不消化排出量は,便(の一部)の総量です。総量,というのがミソです。

 同化量は呼吸量,被食量,死亡量,成長量に分けられるんでしたね。
 まずは「呼吸量」から。呼吸というと,「酸素を吸って二酸化炭素を吐くこと」ととらえられがちですが,生物学でいう呼吸は「酸素を使って有機物を分解し,エネルギーを取り出すこと」です。ここで有機物とは,体内に取り込んだ食物のことですから,呼吸とは同化を前提とした行為と言えます。まずは同化して,それからその同化量の一部を使って呼吸する―そういうことです。つまり「呼吸量」とは,バッタなんかの集団が呼吸で使った,同化量の一部ということです。
 続いて「被食量」と「死亡量」。被食量はバッタの集団のうち,他の動物に食べられた個体の量です。バッタの集団が縮小する要因として,「食べられる」というのは非常に大きなものです。そして,死亡量はバッタの集団のうち,他の動物に食べられる以外の原因で死んだ個体の量です。例えば,死体にカビ(菌類)が生えたり,細菌がついたりすると,死体の一部はそれらに分解されてアンモニアや二酸化炭素になり,他の動物に食べられることなく植物に吸収されます。
 そして「成長量」。バッタの集団は,個々の個体が葉を食べ,食べた葉を使って子孫を作ることで大きくなります(集団の個体数が増えるということです)。しかし,食べた葉のすべてが子孫の体になるわけではありません。子孫を残す前の親が食べられてしまったり,カビにやられてしまったりします。そういった,バッタの集団を縮小させる要因を生き延びた分だけ,バッタの集団は大きくなります。この大きくなった分を,「成長量」と言います

 最後に「現存量」を。ある時点で存在している集団の大きさを「現存量」と言います。今の現存量に成長量を加算して,次の時点の現存量とします。
成長量や現存量は,あくまで集団の大きさ(=個体数)をさします。例えば,ある時点で20匹の現存量をもつ集団全体で,10匹の子が産まれ,5匹が食べられ,3匹が死んで直接土にかえることになれば,2匹分が成長量としてカウントされ,次の時点の現存量は22匹となります。「食べられても成長する」とは,そういうことですね。

 前提を確認したところで,被食量と死亡量を分ける理由を確認しておきましょう。
 消費者は,同化量の中ですべてをやりくりします。バッタの集団は,同化したものを使って呼吸を行い,同化したものの一部を他の生物に食べられ,同化したものの一部はその他の理由で死亡し,残った分で集団自体を大きくします。すべては同化が前提で,同化量の中でやりくりをするのです。
 ではバッタやその他の昆虫を食べるモズ(鳥類)の同化量を考えてみましょう。モズの同化量は,バッタなどの生物の被食量やから,モズの不消化排出量を差し引いたものになります。つまり,被食者側の被食量が,捕食者側の摂食量を規定します。被食者側の死亡量は,その定義からして捕食者の腹には入りません。だから,被食量と死亡量を分けるのです。

 本稿では簡単のために,腐肉食性の動物のことなどいろいろ割愛しているのですが,それはまあ教科書を読んでくださいということで,ご容赦くださいね。
 あと,呼吸の過程についてはこちらも参照してくだされば幸いです。めっちゃ長いですけど。

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 テキストからイメージへの変換のお話に戻します。あと少しで終わります。

 「教科書をよく読む」「問題文をよく読む」なんてよく言われます。「よく」の意味も,「読む」の意味も,とても伝えるのが難しいです。日本語が読めない中高生のことがニュースになったりすることがありますが,そのたびに「読む」ってどういうことだろう,どういうスキルなんだろうって考えます。そして同時に,「読む」ことができなくなっている彼ら彼女らが脳内で何をしいるのかが気になります。眼で見た,耳で聞いた文字列に意味は通じているか。テキストからイメージは想起されているか。そのためにはどのような練習が必要なのか。

 ある設問が分からないという質問に対し,その設問を要約した質問で聞き返してみると,答えられる場合があるんですよね。この場合,当該設問を解くために必要な知識がないんじゃなくて,設問文の要約ができていないことになる。ということは,その設問の類題をいくら解いたって,その設問に答えることができるようにはならないんじゃないか―少なくとも,最短ルートではないのではないか―しかし,生物の問題を読むことがそれはそれで「読む」訓練になって,ついでに知識の確認にもなるのであれば,最短ルートではなくても最善ルートではあるのか―など,考えはぐるぐると堂々巡りしてばかりです。結局それは「読み書きの能力」であって,「理科が得意」「生物が得意」と言ってしまうのは問題の核心から目を逸らしているのではないか―なんてことを,ですね。

 難しいですね。本当に難しい。手探りは続きます。文字列に意味を,テキストにイメージをと分かった風な口を聞きながら,ああでもないこうでもない,すまん私にもよく分からないんだという後ろめたさも感じつつ,私は明日も生き物の話をしようと思います。楽しいからね。(結)

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