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挑戦したい意志に挑戦できる力を提供する「ブレーンバディ」誕生までの話

こんにちは、株式会社ブレーンバディ代表の大矢です。
このnoteではブレーンバディ創業の話や、ブレーンバディが大切にしているカルチャー、人、組織について発信をしていきます。

初回となる今回のnoteでは、「ブレーンバディ設立まで」についてお話しをさせてください。


起業を志したきっかけ

小さな頃に、誰もが一度は思ったことがあると思います。

「自分は人とは違う。」「自分は何者かになる人間。」と。

幼い頃の自分も多分に漏れず、「何者かになるんだろうな。」と思っていました。
実際、中学生までは、田舎の小さな町で勉強もスポーツも、全く努力もせずにだいたいのことが人より出来たこともあって、「自分が本気を出したら絶対何者かになるんだろうな」と信じて疑うことはありませんでした。
そんなこんなで、気持ちよく勘違いをしてチヤホヤされている幸せな小中学生時代を過ごしました。

しかし、高校生になると早速、勉強もスポーツも何もかも井の中の蛙だったことを思い知ることになります。

今まで通りにやってても人より目立つことが出来ない。一番になれない。 だけど、努力を見せると負けた気がして、こそこそと隠れて頑張っても勝てないことが増えていきました。でも、自分が“普通であること”を認めたくなくて、「まだ本当の本気を出してないだけ。」そうやって自分に言い聞かせていました。

そんな中二病ど真ん中の自分を救ってくれたのは、恩師である高校サッカー部の先生でした。

自分の入学した高校は文武両道を掲げている公立高校で、入ったサッカー部は全国にも何度か出たことのあるような古豪で、昔から続く縦社会文化がとても強く、今ならパワハラになるような言動が当たり前に蔓延ってる環境でした。

今まで要領の良さと中途半端なセンスだけで生きてきたこともあって、そういう面倒なことをかわしながら上手くやり過ごそうしていましたが、入部1ヶ月目に先生に目をつけられて、引退まで何度も殴られる高校生活を送ることになりました。

色んなエピソードは割愛しますが、そんな環境のおかげで、考え方を大きく変えることができ、努力と自分に向き合うことが大好きになり、自分の人生を生きることを大切にするようになりました。

そして、高校卒業間際に改めて「何者かになる」ことを諦めずに生きよう。と思うようになりました。

では、自分の中での「何者かになる」とは何か?

自分は歴史が、特に幕末が大好きで小学生の頃から父親がプレゼントしてくれる幕末の人物の伝記本ばかり読んでいました。

なので「何者かになる」=歴史に残る人物になることだ。と自然と考えていました。自分の生きている時代に歴史に残る人物になるには、幕末の人たちのように日本を救える人物になることだと考え、当時ベンチャー起業家が活躍し出していた頃だったこと、自分の両祖父が起業家で昔から姿を見てきたこともあり、時代に残る起業家を目指すことにしました。

そして、運よく気付けた自分だけでなく、多くの人が自分の人生を生きることが出来れば日本はもっと元気になるんじゃないか?
そう考えたのが今掲げているビジョンである「才能と努力が報われる世の中をつくる。」の実現を目指すきっかけです。


設立まで

30歳になるまでに必ず独立をする。

そう決めて入社したリクルートでたくさんの機会を得てたくさんの成功体験と失敗体験を積ませていただきました。
(一行で表現するのは失礼すぎるくらい恩を感じている会社なのですが全部書こうとするとリクルート大好きポエムになるのでやめておきます)
そして卒業して独立することになりました。

最初に声をかけたのが、石原 亘(現 取締役)と永井 秀典(現 CHRO)です。
2人はこれまで出会った人々の中でも、自分が持っていない強みを持っていて、大切にしている価値観が似ていると感じていました。
そこで「人生をかけて大きなことを成し遂げよう」「誰もが努力すればチャンスを掴める社会を作りたい」と2人を誘いました。

そして2人にイエスをもらうことができ、会社設立に動きます。社名は大好きなMr.Childrenの曲名をとって合同会社ILLB(アイルビー)と命名しました。

全員貯金も無く、さらに当時コロナ真っ最中でオフィスを持つ必要も無かったので、会社登記のためだけに月に数千円のバーチャルオフィスを借りてスタートしました。

そして非常に恥ずかしいのですが、この時まで『何をやるか』は何も決まってませんでした。
サラリーマン時代、営業である程度の成果を残してきたので「一旦求人広告は売れるから最悪3人を食べさせる分には大丈夫やな〜。」と、ご飯は余裕で食べれるからスケールさせる事業はやりながら探していけばいいと本気で思っていたのです。

しかし、オフィスも無く実績もない新設の会社に対して、大手の人材会社が代理店登録をしてくれるわけもなく、当初思い描いていた計画はすぐに破綻し、早速途方に暮れることになりました。飯を食うのすら怪しくなった独立1ヶ月目でした。笑


迷いと気付き

色々考えても仕方がないので、「求人広告が売れないなら一旦、お客さんに話聞いて何でもいいから売ろう!」と決めました。
そして、3人で毎日カラオケボックスに集合してテレワークプランを利用して、朝8時〜夜8時までテレアポをすることから始めることにしました。

やり始めると3人ともコミット力は高いので、コロナ禍だったのですがアポイントがたくさん入り、毎日何かしらの(?笑)商談をするようになっていました。

小さなカラオケボックスの中で、石原が人事コンサルの提案をしながら、その隣で永井がホームページ制作の提案をしている。というとても奇妙な光景でした。

元の構想通り、2次代理店としてですが、求人広告を扱えるようになったりしましたが、実態はサラリーマン時代と変わらない業務内容を、劣悪な環境と半分くらいの給料でやっている状態でした。

しかし、そのような厳しい状況下でも、3人はなんとか仕事を獲得し続けました。

自社のホームページも無いのにホームページ制作の案件が増えてきたり、動画なんて作った事ないのに動画制作をしたり、飲食店のチラシの作成、深夜になって採用のスカウトメールの代行や営業資料の作成など。仕事を一つも断らず何でもかんでもやってました。

報酬も、自分のとった粗利を給与にする(仲間の仕事を手伝う場合は社内でいくらくれ。と交渉する笑)という形だったので、本当に個人事業主が3人集まっただけのような会社でした。

その期間、自分は同時にスケールできる、勝負をかけるためのビジネスを考えていました。

自分はサラリーマン時代に新規事業の立ち上げ経験が無かったので、とにかくいろんな方法で情報をあつめました。友達に「zoom飲みしよ〜ぜ」と誘って、いきなりお困りごとを一人10個ずつ出させてみたり、先輩たちにビジネス上の課題をヒアリングしたり、多数の書籍を読み漁ったり、ベンチャーキャピタルが主催するセミナーにも足を運びました。

今思えば、全く自分たちらしくないアイデアも数多くあり、完全に方向性に迷っていました。

そんな時、起業家である祖父がよく自分に話してくれた言葉を思い出しました。それは「自分らしさ」が一番大事という言葉です。その言葉を思い出した時、無理にスタートアップっぽいことをしようとしていることに気づいたのです。
(同い年や年下の起業家がVCとはかからお金を調達してSNSに投稿して、キラキラやってるのが眩しく見えてました笑)

そこで、自分たちのやりたいこと、すなわち「何をやるか」について、じっくりと考え直すことにしました。

 独立を決意した時に永井と石原に伝えた、「人生を賭けて大きなことを成し遂げたい」「全ての人が努力によってチャンスを掴めるような社会を構築したい」という思いに立ち返りました。

そして、自分にとって一番解像度が高く、課題も多い「BtoB営業」の分野に絞って事業を再考しはじめました。そこで、国内外を問わず『営業分野』のビジネス調査を始めました。その時が2020年、年末に差し掛かる頃でした。


ブレーンバディ誕生

年が明け、2021年、私たち3人は引き続き「お客様の期待に応えるためなら何でもする」という姿勢で営業活動を続けていました。その頃はお互いが何をしているのか把握しきれないほどの種類の仕事をしていました。

マーケティングコンサルティング、プレゼン資料作成、面接の代行、営業コンサルティング、評価制度の設計など、多岐にわたる業務をこなし「一体、自分たちはどんな会社なんだろう?」と3人で笑い合ってる日々でした。

丁度同じころ、年末から石原と取り組んでいた『営業分野』のビジネス調査が一段落しつつありました。

そこから昼夜問わず石原と議論を深めた結果、海外のサービスを通じて共感できるビジネスモデルが浮かび上がってきました。2021年2月の出来事でした。

それは、BtoBの営業コーチングサービスで、営業分野に特化した外部の専門家が社員一人一人にコーチングを提供するサービスでした。

「営業組織は上司によってバラつきが大きく出る」というのが、サラリーマン時代に自分が感じていた営業組織の大きな課題の一つだったので。このサービスに出会った時、自分の過去の経験や、抱いていた悩みや課題を解決できる可能性があると感じたのです。

さっそく実現に向け、企画書の作成に取り掛かりました。
企画書を持ってお客様にプレゼンテーションを行ったところ、これまでにないポジティブな反応を得られたのです。「これなら実現可能かもしれない」という感触を初めて手にし、自分たちが考案したサービスへの確信を深めることができました。

その後、石原と永井との協議を経て、他のサービスは全て撤退すると決め、このサービスを軸に株式会社を立ち上げることを決定しました。

気持ちを新たにするためにも、個人事業主集団の合同会社ILLBはここで解散し、「営業の各個人にとってのブレーン(頭脳)のような存在を提供する」というコンセプトを込めて、『ブレーンバディ』と名付けました。

今思っても、他の同年代がやっているスタートアップに比べると全く綺麗ではなく泥臭い立ち上がり方だな。と笑えてきます。

ですが、自分たちらしいな。と思える当時の話でした。


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