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今日もりりあは元気です。第7話「空想と明晰夢の境界で」

僕は目を閉じて、椅子に体を預け、闇の中であることに思いを馳せた。午前11時13分。昨日見た夢を思い出そうとしたのだ。夢を見ていたことは確かに記憶している。けれども、その夢の内容を思い出すことができない。父親の存在は思い出せるが、彼の背姿しか思い出せないことに似ている。
「墨船、灰海に沈す」とはまさにこのことである。
思い返せば、朝目覚めた時に、ついさっきまで見ていた夢を覚えていたことは今までにほとんどなかったことに気づいた。同時に、人はなぜ夢を覚えておくことができるのか疑問に思った。僕はまぶたを少しだけ開き、近くにりりあの存在を認めた。

「りりあ、どうして人は寝ている間に見ていた夢の記憶が起きた後にも残ってるか、分かる?」
「うーん、体は寝てるけど、脳は完全に休んでるわけじゃないから、夢を記憶する余裕くらいはあるんじゃない?」
「自分で自分に夢を見せて、その夢を記憶してるってことだよね」
「そうなんじゃないかな。そういえば、夢で思い出したけど私、見たことあるよ。明晰夢」

明晰夢とは、睡眠中に、自分が「これは夢だ」と自覚しながら見ている夢のことらしい。夢の状況を自分で思い通りに変化させることができることが明晰夢の特徴なのだそうだ。ホットティーを飲みながら目を閉じ、空想にふけるのと、何が違うのだろうか。

「りりあ、明晰夢と目を閉じて空想するのは何が違うと思う?どちらも、目を閉じて、自分のイメージを自由に膨らませたり、変更したりする行為だと思うんだけれど」
「僕くん、それを区別してどうするの?何になるの?英語は文系、物理は理系。電通は広告業界、リクルートは人材業界。そうやって区別することに何の意味があるのかな。英文は単語の並べ方のルールに従って理路整然と書かれているし、物理だって式はある程度暗記しないといけないし。グラデ―ションだよ。僕くんは、ある事柄を理解するときに、すでに知識としてある比較対象との違いを理解することがそれ自体を理解したことの証拠だと考えているようだけれどね」

僕はりりあの言葉を頭の中で反芻し、再び目を閉じた。空想と明晰夢の入り混じった暗闇の世界で僕は思う。
「同い年とは言うが同い誕生日とは言わない」とはまさにこのことである、と。

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