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京都の通りをすべて歩く - 二条通

2つ目に歩いた京都の道は、二条通。5月某日実施。

二条通

系統としては、平安京時代の「二条大路」が転じたもので、古い部類に入る。ただし、現行の二条通は二条城によりぶった切られており、二条城の東側を「二条通」、西側を「旧二条通」という名称で呼ばれている。

二条城の住所的には「二条通堀川西入ル」となっている。

二条通の開始地点は、京都の東側にある白川通からスタートし、岡崎公園の脇を通りながら、二条城の入り口まで、およそ3.5kmの長さとなる。

美術ゾーンから、街の中心へ

この日は、白川通から進めることにした。岡崎公園付近は、京セラ美術館、国立近代美術館、細見美術館が立ち並ぶ美術ゾーンとなっている。この辺には高級な住宅もあり、自分の体には適合しない感じを覚える。

また、平安神宮までの参道があり、いわゆる修学旅行などでよく行く場所となっている。修学旅行のときには、バスで連れてかれるような場所なので場所の位置感覚や街の雰囲気が掴めていなかったが、周辺の通りとセットで味わうのが格別なようだ。

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ただ、この「美術ゾーン」は、鴨川から分岐している鴨東運河を超えてしばらくのところで突如に終了し、常連だけしかいなそうな喫茶店や、団地などが立ち並ぶ街のゾーンにたどり着く。

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寺町通の見事なクランク

二条寺町には、これはこれは見事なクランクがある。

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©penStreetMap contributors

このクランクがどのようにして生まれたのかは特に解説がないため、古地図を調査してみることとした。

中昔京師地圖を見てみると、クランクは存在せず「今出川」が存在することがわかる。室町時代ごろの地図なので、豊臣秀吉が作った寺町通は存在しない。

一方で、江戸時代初期である徳川綱吉時代に作られた地図『京大繪圖 : 新撰増補』を見る限り、このクランクが生じている。ここには今は見当たらない「妙満寺」という寺がある(妙満寺は、豊臣秀吉が政策上、二条寺町に移転させ、1968年に、左京区の岩倉のほうに移動したとのこと。)

いくつか調べていくうちに、このクランクは、豊臣秀吉の時代に軍事的に作られた「遠見遮断」であるという記載を行っているコラムを見つけることができた。

「京都は碁盤の目」という話はあるが、意外と道が平行ではなかったり、このような道が成立しているので、面白いところである。

二条城が見えたらおしまい

肝心の二条城をとっていないが、堀川通を超え、二条城の入り口が見えたら二条通終了となる。

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所要時間は、2時間程度。

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