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新宿区 熱海湯

2020.11.06.

仕事を銀座一丁目で終え、新宿区をそろそろクロージングしようとラストスパートでこちらに。神楽坂を下るか、飯田橋を登るか、どっちでもいいけれど、私は往路は飯田橋、復路は神楽坂を利用した。

おおう、宮造り!向かいの八百屋さんから撮影させてもらうが、立派です。例によって回数券でお支払いし、姉妹店情報について伺う。すると、出るわ出るわ。番台に座られている女将さんの義理のお父さんが新潟だったか上京し、中央区蛎殻町のお店で修業し、郷里の若者を呼び、新宿区赤城、墨田区向島、墨田区錦糸町、江戸川区瑞江、川崎市溝の口に親族経営ではないものの姉妹店を持つようになったのだそう。こちらには昭和20年から働きはじめ、23年に番頭さんになったそう。店は借りたものも多かったが、ここは東東京の銭湯と昭和48年に交換し購入したのだとか。当時、女将さんはお子さんが産まれて7ヶ月だったそうで、旦那さんと瑞江のお店に毎日通ったのだって。

銭湯名については、熱海まで行かなくとも都内中心で温泉に入った気分に入れる、という意味と、かつての熱海はハワイのように新婚旅行のように憧れのハネムーン旅行先だったので、という理由のよう。ここは、もう少し掘り下げてみなければならないね。中途半端な情報で申し訳ない。かつては花街だったので、客層もだいぶ今とは異なるのだろう。

浴場は背景画は中島盛夫画伯のペンキ絵で、浴槽との間には鯉、金魚のタイル絵だ。これも九谷焼だろうか。浴槽は熱めの白湯にちょいバイブラ、下がつながるタイプの横には備長炭たっぷりのぬる湯のみ。いたってシンプル。洗い場は、センターには高い壁になっていないカランがあり、とても広々と感じる。もちろん両サイドにはシャワーもあるので、ご安心を。

しかし、ここの熱湯、いいよ。ぬる湯の炭の多さにもびっくりすると思う。我が家にも炭、導入しようかなあ。

また歴史を伺いに再訪確定!訪問した日に記録しないとダメだね、こりゃ。

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