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自信のなさはなんの得にもならない #あの日のLINE

大事なメールほど、返事ができないのはなぜだろう。
相手が私のことを気にかけ、とても丁寧に書いてくれたメッセージほど、なぜだか私は返せない。
返したくないわけではない。返せないのだ。

相手の気持ちの分「同じ分だけ丁寧に返さなければ」と思うと、途端に頭の中で言葉が爆発四散して1文字も書けなくなる。
2週間、3週間と時間が経ってゆき、そのうち、受信ボックスの底に沈んでゆく。

そして私は多分人より、その分量が多い。

さらに、滞りなく返せたメールより、返せなかったメールの方が、いつまでも忘れられずに心の隅に残り続ける。

一番忘れられない「返せなかった1通」は、大御所ブックライターの上阪徹さんからいただいたものだ。
2011年の1月、私がまだ、大学を卒業したばかりで将来何になりたいのかもよくわからずにぷらぷらしていた頃。
上阪徹さんと「R25」を手がけた藤井大輔さんの対談イベントが紀伊国屋書店で開かれ、私はそれに参加した。
上阪さんは出版業界では知らぬ者のいない大御所ライターである。手がけた本はどれもヒットを飛ばしまくり、ご自身で書かれた文章作成のノウハウ本も、物書きの参考書として売れに売れている。
イベントの中で上阪さんは「文章を書いて生きてゆくにはどうしたらいいか、プロとしてどう書くのがいいのか」について、ご自身が駆け出しだった頃の体験を交えて具に話され、それが大変に面白く、
私は家に帰ってからその内容を実況のような形でブログにアップした。

本当は登壇された著者2人と、運営側に許可を取るべきなのだが、その頃の文章が下手くそだったので恥ずかしく、無断で掲載した。

後日、見慣れないアドレスから1通のメールが来た。
なんと、上阪さん本人だった。
連絡先もお教えしていない、と言うか、イベントの時だって直接お話もしなかったし、一度だってお会いしたこともないのになぜ、と思ったが、
なんと、その記事を見て、共通の知人の編集者さん(私が以前アルバイトをしていたミシマ社にいた大越裕さん)からわざわざアドレスを聞き、送ってくださったのだった。

そこには私が勝手に載せたにも関わらず、掲載についてのお礼と、
レポートがとてもよく書けていること、私の他の記事も読んでくださったこと、それから、今後物書きを目指す上で必要となりそうなアドバイスが、文字数にして5000字程度、みっしり書かれていた。

“人生に無駄な経験などありません。これまでの経験はきっと、糧として大きな財産になる。”

"20代から30代前半は、その後の職業人生を大きく左右される極めて重要な時期だから、チャレンジして欲しい。"

"尖っていればいるほど、いろいろ言われる。大事なのはご自身の芯をぶらさないことです。"

"僕も鼻っ柱が強かったので、いろんな人と衝突しました。”

“コツは、この人は、と信頼できる人のアドバイス以外は聞かないことです。”


一行一行、端的に、けど、身体中の毛穴からじわりと染み込んでくるような、優しい言葉遣いで書かれていた。

驚いた。物書きとして遥か遠くを行く人が、わざわざ私のブログを読み、さらに激励のメッセージまで送ってくださったことに。勝手に掲載して怒られるどころか、23歳の私に、こんな風に一番届く言葉を選んで励ましてくださったことに。
この頃私はまだ、文章を書いて生きてゆく、と決めていたわけでもなかったし、むしろそんな事は到底不可能だろう、と思い込んでいて、誰にもその望みを伝えたことがなかった。
けど、なぜか上阪さんは「ライターになりたい若者」に向けた言葉を並べてくださった。

普通の人だったら、ここできちんとお返事を返すだろう。なんせ業界の大先輩だし、見ず知らずの若者に対して、これだけ丁寧なアドバイスをしてくださったのだから。
しかし、私は返せなかった。
頭が真っ白になったし、彼の丁寧な言葉に対して、同じ分だけどうやったら真摯に返事ができるか、考えるだけでパニックになって、言葉が出てこなくなった。
いや、違う。
端的に言って、自信がなかったのだ。
私はミシマ社で事務のアルバイトしかしたことがなく、出版業界やメディア業界との繋がりもなく、ブログでしか文章を書いたことのない、ただのフリーターだった。
これに返事をしたら「私は文章で食べてゆきます」と(気持ちの上で)宣言をすることになりそうで、怖かったのだ。
私なんかが、上阪さんに激励される資格なんてない。
自分の芯なんて、全然ない。文章だって上手じゃない。買いかぶりすぎだ。
そう思ったら、なんと返事をしたらいいのかわからなくなった。
今から思えば、私は「他人からの自分への評価」を勝手に決めつけるほどに傲慢だったのである。
だから、無視した。無視したというか、考えているうちに2週間、3週間と時間が経ち、返事をするタイミングを逃した。

今なら、失礼なことをしたなと思う。
しかし、その頃の私には、激励を真正面から受け止め、お礼を言うだけの朗らかさを持ち合わせていなかった。

本当に、自信のなさってロクなことを引き起こさない。

あれから9年が経ち、そのメールを読み返してみた。
改めて、これから社会に出てゆこうとする若者にとって必要なアドバイスが綴られていると感じた。

彼の言う通り、私は20代で「挑戦」をしただろうか。
仕事のあてもないのに、編集プロダクションのアルバイトを辞めていきなりフリーのライターになったこと、それから数年後、小説を書くためにライターと編集の仕事を全部一旦やめたことは、確かに挑戦と呼べるかもしれない(同時に「挑戦」と言うよりはギリギリ「荒唐無稽」「無謀」ラインに引っかかる行動だったかもと思う)。
鼻っ柱は年齢が上がるにつれてますます強くなっている気がするし、自分の芯なんて、相変わらずよく見えてもいない。
”信頼できる人のアドバイスしか聞くな” に関しても、たとえ誰からもらった意見とて、自分が納得しないと聞きいれないので実行できているとは言い難い。

けど、結果はどうあれ、彼からのメッセージは、あの時、広い海に向かって一人丸腰のまま立ち向かおうとしていた、23歳の未熟な私を丸ごと肯定してくれたし、もしあのメールを受け取っていなかったら、今の私はないんじゃないかと思う。
ライターになることも、小説を書くことも、たとえ人に勧められたとしても「私なんて」と尻込みし、きっと諦めていたんじゃないだろうか。

人は言葉で作られる。
自分の発する言葉と同時に、他人からかけられた言葉で。
言葉は言葉でしかない。形もない。パンのように食べられもしなければ、それで何かが買えるわけでもない。
けど、暗い洞窟の中で一滴一滴垂れ落ちる雨水がやがてそびえ立つ鍾乳石を晶出させるように、時間をかけ、人を形作る。
そう考えると、いまの私があるのは、上阪さんの、また、見守り育ててくれたそのほかの人々からの素直に受け取れず、返すことのできなかった膨大な激励と、温かな言葉のおかげである。
他人の言葉なくして「私」は存在しえない。
今の私は言葉を紡ぐ仕事に就いているけれど、私もまた、だれかの言葉によって紡がれた存在なのだ。

私は他人に対してそんな言葉をかけているだろうか、と、これを打ちながらふと思った。
他人の人生を造る言葉を、果たして。




この記事は、LINE株式会社のオウンドメディア「LINEみんなのものがたり(https://stories-line.com/)」の依頼を受けて書き下ろしたものです。編集はツドイの今井雄紀さんです。

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文筆家。著書に銭湯を舞台にした青春小説「メゾン刻の湯」(2017.2)「傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」(幻冬舎文庫、2015年2月10日発売)絵本「ひかりのりゅう」(絵本塾出版、2014)など。http://onomiyuki.com/
コメント (1)
心を動かされたメールほど、なんて返していいか、軽く返せなくて悩む気持ち、分かる気がします…
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