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韓国の女性にとっても帰省は憂鬱だ


私にとって海外で翻訳版が出ることは、日本で書籍が出ることと同じくらいに嬉しい。

翻訳版は各出版社さんの担当さんが頑張ってやり取りをしてくださっているのだが、現地のエージェントさんや翻訳者さんや編集者さんに直接お会いすると、心強い仲間が増えたような気持ちになる。

だから新刊が出るたび、私は予算度外視で現地に飛ぶ。


4月5日

台北からソウルへ。ソウル、三度目の来訪。台湾の蒸し暑さから、一転、震えるような寒さへ。けど、私はソウルに来るとなぜかめちゃめちゃ元気になる。たぶん土地の「気」が合っているのだ。さあ、仕事するぞ!って気持ちになる。

「スペイン巡礼」本を翻訳してくださったへリョンさんのおうちにステイさせてもらい、翌日、韓国に日本の書籍の仲介をしている「BCエージェンシー」へ。

エージェントの韓幸子さんは、韓国人の夫と結婚して韓国に長く住む版権のベテランだ。私の前の本もBCが取り次いでくれた。すごくパワフルで優しい、きっぷの良いお姉さんといった感じの方である。

へリョンさんと韓さんと3人で、近くのネパールカレーの店でご飯を食べながら、韓国の世相についてつらつらと。

韓国では最近、「長期休暇で実家に帰省したくない若者」が社会問題として取り上げられるくらいに多いらしい。

「休みで実家に帰るたびに、親戚の知らんおっさんから結婚はまだなの?って聞かれて嫌になる。仕事を頑張ってるのに、そんなこと、親戚や親に詰められたくありません!」

日本でも、ちょっと前に「帰省するたびに田舎の男の親戚から心無い言葉をぶつけられて尊厳を傷つけられた気分になる」というような内容のブログ記事がたくさんシェアされていたけど、韓国でもおんなじ状況らしい。

「子供の時は『ちゃんと勉強してる?』って聞かれて、高校生になったら『ちゃんと受験勉強してる?』って言われて、大学に入ったら『ちゃんと就職活動?』って聞かれて、会社に入ったら『結婚はまだなの?』って言われて、結婚したら『子供は?』って聞かれて、子供ができたら『二人目は?』って聞かれて……もううんざりですよ!」と、へリョンさん、カレーを食べながら大激怒。

それに加えて韓国では帰省のたびに「女は朝から晩まで料理しなければならない問題」が未だにあるらしい。

「お兄ちゃん夫婦を見る度に、私は結婚してなくてよかったなー、って思うんです。お兄ちゃんの奥さん、正月に実家に帰ったら朝から晩まで料理して本当にかわいそうですよ!お兄ちゃんとかお父さんがゴロゴロしてんのに。」

そうだね、そうだね。

「私、彼らに向かって『あんたら豚みたいだね』っていつも言ってやるんです。お母さんにも『なんで実の息子が豚みたいにゴロゴロしてて、血の繋がってないお兄さんの奥さんを働かせてるのよ!』って言うんですけど、その度にお母さんは『お前はそんなだから結婚できないんだ』って怒鳴るんですよ!」

へリョンさんの、こういう激しいところ、本当に好き。

「本当にお嫁さんの手伝いが厳しいから、最近は、帰省の時に手伝いたくない人のために”ニセギプス”とか”ニセ包帯”がショッピングサイトで売ってるんですよ!簡単に装着できて、本物っぽく見えるやつ」

……それはすごいなあ。

韓幸子さんも、韓国で暮らしていて女性への風あたりの強さを感じるって言ってた。

「いまだに韓国では、『女は男の子を産んで一人前』って気風が強くて。私は娘がまだ幼稚園生なんですけどね。知らないおじさんに『男の子はいるの?』って聞かれたりしてすごく腹が立つんですよ!いません、って言ったら『まだ産める!』とか言われたりして、『お前に関係ないだろ!』って」

うーん、知らんおっさんのパワー、おそるべし。自分の事を諦めちゃった人間って、他人にちょっかい出すようになるのか?

そこから話の流れは韓国における出生前の赤ちゃんの性別判断に。

「韓国では出生前の性別判断が禁止されているんですよ。

と言うのも、1980年代にそれができるようになった途端、女の子とわかると中絶するケースがすごく増えたんですね。特に、1990年は「白い馬の年(とへリョンさんが言っていたけど、これって日本の「丙午(ひのえうま)」みたいなものだよね)」で、この年に生まれた女の子は気が強くなると言う迷信があって、そのせいで中絶された女の子がすごく多かったんです。それで慌てて政府は性別判断を禁止した」

ま、まじ。

「今でも、出生前に赤ちゃんの性別を告げることは禁止です。言ったとしても、『ほのめかし』レベル。『お母さんに似てますねー』とか『ピンクが似合いそうですね』とか。

だから今、20代後半から30代前半の若者の男女比、つまり1980年から1990年くらいまでに生まれた人たちの間では人口比にすごく偏りがある。男の子が余ってるんですよ。彼らは結婚したくても、年齢の近い人とできない。それで、この前、クラウドファンディングで1990年代生まれの男の子が『1990年代生まれの男の苦悩をわかってほしい』と言う内容の小説を出版するプロジェクトを立ち上げようとしたら、女の子たちから

”差別されてるとか言ってるけど、何よ!1990年に何があったか知ってる?女の子なんか1990年に女の子ってだけで生まれて来られなかったのよ!あんたたちなんか、生まれて来てるだけマシよ!”

って猛反発を食らって、それだけでプロジェクトがポシャったんですよ」

うーん。こういう「反発に対する反発」が無限に続く状況を目の当たりにすると胸が痛くなってしまう。

多分、どっちの性別が感じている苦悩も苦労も間違いではなくて、誰か個人の力学で起きたことではなくって、当該世代に罪はなくって、でもそこでいがみ合いが生まれる感じ、なんだか外から見ているとやきもきしてしまう。男子の言い分もわかるし、けどもちろん、1990年生まれだからって理由だけで殺されるなんてゾッとする。

しかし日本だって、そういう理由での差別は少し前まであった事で、日本と韓国の社会って本当に相似形で、噴出の形は違えど、根底にあるものはすごく似通ってるな、と思う。「ジェンダー・ギャップ指数(GGI)」は日本111位、韓国116位、とほぼほぼ同じ。

「嫌われる勇気」は韓国でも100万部を超えているけど、そのヒットの理由として若い女性の読者に好かれた、というのが大きいそう。「20代の女性読者から『結婚の事で親に色々言われて辛いけど、この本を読んで勇気が持てました』とか『職場で性別について色々言われることへの反発心を肯定できた』って意見をもらってびっくりしたんですよ、日本だと読者の中心は中年男性なのに、って作者の岸見先生も言っていた」とへリョンさん。

「メゾン刻の湯」はそうした若者のモヤモヤを描いた物語だから、「嫌われる勇気」と同じく、韓国の若い読者たちにも気持ちの上で少しの救いを与えられたらいいな。

(ここから先は有料マガジン「それでも、やはり、意識せざるを得ない」の読者に向けて、台湾の出版エージェントを訪ねた話と、なぜ台湾は中国国民党のアンチ日本教育を受けているのに日本を好きな人が多いのか……について書いています。単体でも購入できますが、有料マガジンの購読がお得です。)

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