[日々鑑賞した映画の感想を書く]「黒部の太陽」1969年 熊井啓監督 (2020/12/30)

 だいぶ前に購入して見そびれていたブルーレイにて鑑賞

 石原裕次郎の石原プロと三船敏郎の三船プロが共同製作、両俳優が共演している。いわゆる黒四ダム=黒部ダムの建設に命を賭けた男達の姿を描いたもの。といってもダム建設そのものではなく、もっとも困難で過酷と言われた資材運搬用のトンネルを貫通させるまでの苦闘を描いた3時間超の大作である。

 映画の大半が暗いトンネルの中で展開するが、CGも特撮も一切使わず土石流と鉄砲水の恐怖を描ききった凄まじい迫力には圧倒されるし、エネルギーをぶつけ合い、何事にも屈せず意思を貫き通し、トンネルを貫通させる男達の姿は感動的ではある。新劇系の名優がずらりと顔を揃えた俳優の演技もさすがだ。3時間超は全然長くない。見応え十分の面白い映画だ。

 だが実際には黒四ダムの建設にあたっては171人もの殉職者を出しており、いわばそうした犠牲の上に成り立ったものだった。黒四ダムは当時の関西地方の電力不足に対応した、いわば国策だが、その国策のために多くの犠牲者を出した。それは戦時中に戦争協力のため建設され、同様に多数の犠牲者を出した黒三ダムと同様の構図だ。しかしこの映画にはそうした視点が決定的に欠けているのである。劇中では「犠牲者をひとりも出してはならない」と何度も連呼され、実際せいぜい2〜3人ぐらいしか死んでないような描き方をしているが、実際には171人も死んでいる。この映画は製作段階から全面的に関西電力の協力を得て、さらに前売りチケット販売でも関電に頼りっぱなしだった、いわば関電プロモーションのためのタイアップ映画。だから殉職者など負の側面は排除したのだろう。

 劇中で三船敏郎は関電の現場責任者を演じているが、三船の、苦悩を一身に背負ってじっと我慢する演技は本当に素晴らしい(「にっぽんの一番長い日」など)。だがその苦悩は、なかなか進まない工事や、娘の病気などが原因であって、幾多の犠牲者を出しながらも社命を遂行しなければならないという苦悩ではない(それもあるのかもしれなが、そういう描写は薄い)。トンネル開通の祝いで挨拶した三船は落涙するが、それは直前に娘の死を聞かされたからなのだ。だからせっかくの三船の演技もなんだか薄っぺらく見えてしまう。せめて途中で一言でも二言でも、犠牲者を出したことへの悔いと苦悩を吐露するようなシーンがあればと思うが、それさえも無理だったのだろうか。

 映画の最後に、三船と裕次郎が完成した黒四ダムを訪ねると、そこには殉職者たちの名前を刻んだ追悼の石碑があるが、それについては三船も裕次郎も何も語らない。リベラルな社会派といわれ良心的な作品を数多く創ってきた熊井啓が、こんな関電プロパガンダ映画を撮るはめになってしまった。石碑を出すのがギリギリ最後の抵抗の意思だったのかもしれない。

 私は石原裕次郎の魅力が昔も今もよくわからないので、彼の演技にはあまり関心がない。やはり三船の存在感は別格で、もうひとり挙げるなら裕次郎の父親役をやった辰巳柳太郎の、まさに入魂の名演が光る。黒三ダムの工事で息子(裕次郎の兄)を亡くした心のキズに苦しみ続ける彼もまた、国策としての黒部ダム建設の犠牲者なのであり、そこに焦点を当て三船の苦悩と対比させれば、もっともっととんでもない傑作になったと思う。

 そういうわけでかなり批判的なことも書いたけど、面白い映画であることは間違いない。あまりシリアスにならず、プロジェクトX的なビジネス成功ドラマとして見るのが正解かも。(2020/12/30記)

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