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平気で生きるということ(β)全編

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メンタルや生活基盤がヘロヘロでも平気で生きていくということについて考えるマガジン、「平気で生きるということ(β)」の先行買い切り版です。内容は定期購読と同時に追加されて行きます。… もっと読む
「平気で生きるということ(β)」のメイン記事を順次追加していきます。購入時の金額で終了までお読みい… もっと詳しく
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記事一覧

「平気で生きるということ」で書いてきたこと

「平気で生きるということ」及び「平気で生きるということ(β)」は、2019年の4月から中断を…

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問題がないという問題(終)

あらゆる動物と比較して人間ばかりが、その生に動機や意味づけを必要とし、ただ生きていること…

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満たすものは満たさないものに劣る

前回、前々回の文章では「絶対否定」「相対否定」の視点から、自己愛といわゆる自己肯定の違い…

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自己否定の反対は自己肯定ではない

ある人の精神の安定性をさして「自己肯定感」などと呼ぶ言葉は、不可避的にひとつの誤謬を生む…

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自己否定とは自己愛である

自己否定に陥っている人とは、少なくとも本人の認識では「自分が自分を嫌悪」しており、その「…

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存在不安と死の不安

人が死を希うのは、漠然たる不安感に包まれたときだけである。明確な不安に襲われたとき、人は…

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精神論と「弱い心」へのスパルタ

強迫観念とは、既成書による従来の定義からいうと、込み入った変態的、病的異常のようであるが、私にいわせれば、極めて簡単である。それは我々の日常、自然の感想に対して、自ら殊さらに、そうであってはならなぬと反抗し、苦悩するものである。即ちその感想そのものが病的であるのではない。これを病的と思いちがえて、徒にこれに反抗するところの反抗心そのものが異常を引き起こすのである。(「赤面恐怖の治し方」森田正馬、高良武久) 「『強い自我』ほど脆くなる矛盾」で触れたように、「心を強くする」「傷

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自己愛とは何か?犠牲と搾取が両立する関係性

文字通りそうであれば分かりやすかったものの、一般に自己愛と呼ばれるものは、自己に対して向…

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「強い自我」ほど脆くなる矛盾

わたしたちの自我は、「強い心」「傷つかない精神」のような揺るぎなさを身につけようとすれば…

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幸福には外観しかない

わたしたちは何かの欠如を感じたさいに、具体的な対象が不足していると考え、その対象を補うこ…

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前提として不安定:理不尽と不平等への説明

精神分裂病者は「自分が消え失せてしまった」といったたぐいのことをしばしば言うが、そう言う…

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悪いのは誰か?―自己責任の過剰と不足

わたしたちが何か困難な状況や問題に苦しんでいるとき、その問題の「原因」として位置づける対…

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自分の被害者性の扱い方―――悲観主義の袋小路

「平気で生きるということ」という文章では、主に絶望や悲観主義に沈んでいる精神を持ち直す方…

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個性原理と「変われ」と「変わるな」のジレンマ

人間には本来的にそのひとの目指している理想の目的や姿といった自己像があらかじめ備わっているという考え方は近代に確立された自己実現とよばれる思想に依っており、この考え方は一般的には夢や希望、個性といった概念の欠かせない一要素として存在している。 一方で、人間の欲望ーーーわたしはどうしたいか、どうなりたいか、何がほしいかーーーや自我は、他者をコピーして生まれるものであり、「わたし」から他者の影響を排除していけば最終的には「わたし」自身の中には何もなくなってしまう。これは、近代的

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