見出し画像

体温のする街

新宿の最初の思い出

まだ僕が子供の頃。子供と言ってまだ学校にも行っていなかった頃。
新宿という街はなんだか汚い街だった。
今はWINDSなんて洒落た呼び方をしている場外馬券場。
その周囲には映画館だとかバラックみたいな呑み屋みたいなのもあった。
その呑み屋が多分僕の最初の新宿の思い出だ。

父親が場外馬券場に馬券を買いに行く。
僕はそこのおでんだとか軽い食事を出す店で待っていろと言われて、多分、カレーライスかなんかを食べていた。
父親が買った馬券が当たったのか外れたのかは知らない。
ただ父親はすっかり僕を連れてきた事を忘れて帰ってしまった。

慌てて戻ってきたころにはすっかり暗くて。
ケロっとして待っていたような記憶だ。
捨てられたと思って泣きそうなものだから記憶が変わっているのかもしれないけれど。
でも、あの海の家みたいな焼き鳥の匂いがする空間は好きだった。
府中競馬場の外にあったそんなお店もよく行きたがった。

新宿のその次の思い出

それも多分、父親とだった。
西口の思い出横丁。あの頃はみんな小便横丁と呼んでいた。
都内にもまだまだ残る闇市の残滓。
その中にある岐阜屋というラーメン屋でにんにくラーメンを食べた。
あまりに強烈で、こんなのうそだと思ったから記憶に残っている。
今も思い出横丁には岐阜屋があって、にんにくラーメンがある。
大人になってからも急に食べたくなって何度か足を運んだ。
火事で焼けたところもあるけれど、あそことゴールデン街だけはあまり風景が変わっていない。

だから僕にとって新宿というのはボロボロの街だ。
それが僕にとっての新宿という街の原風景。
どんどん綺麗になって、三角ビルの向こうに都庁まで出来たけど。

でもまぁ、歌舞伎町のちょっと奥だとか、大久保方面だとか。
少し奥に入るだけで新宿はやっぱりそんな匂いが残っている。

新宿昭和館

K'sシネマがあった場所には新宿昭和館という映画館があった。
少し奥に入っているし綺麗な場所じゃなかった。
唐獅子牡丹のポスターとかいつも貼ってあった。
一階がヤクザ映画で、地下がピンク映画。
一度だけ昭和館で映画を観たはずだ。
わりと新しめのチンピラ映画だったと思うけれど、もう記憶も曖昧だ。
なんで観に行こうと思ったのかさえ覚えていない。
でも確かに、ああ、ここでついに映画を観るのか!と思った記憶だけが残っている。

シアターモリエール

僕が演劇を始めて演劇学校の卒業公演をした劇場がそのすぐそばにある。
昭和館の向かいの路地にある居酒屋千草が毎日の打ち上げ会場だった。
何十歳も年上の先輩たちから公演の感想をもらった場所だ。
千草には、千草巻という名物料理があってそれが楽しみだった。
あの路地も少しだけ綺麗になったけれど、相変わらず千草はある。
もちろん千草巻もあるだろう。

ジョン

ジョンと出会ったのも新宿だった。
確かあの頃、鼻歌をいつの間にか歌ってたら声をかけられた。
小野寺は新宿って言ったら誰が思い浮かぶ?と聞かれた。
僕はチャボと答えた。
ジョンはニヤっとしてから今は椎名林檎だろと言ってきた。
それから少し話すようになった。

新宿で出会った

朝まで何度呑んだだろう。
打ち上げも何度しただろう。
働いたこともある。
たくさんの人に出会った。

映画「演者」のほとんどの出演者に出会った街も新宿だった。
新宿中央公園で花見かなんかもしたなぁ。
圭君と初めて話をしたのは西口駅前の屋台のラーメン屋だったなぁ。

その新宿で。
新宿中央公園に桜が咲くころに。
映画「演者」が誰かと出会う。
そのことが凄く嬉しい。

僕にとってはいつまでも体温のする街だ。
むしろ都庁の方が、あんまり合ってねぇなぁって思うよ。
これから出会う人の体温。この世界から旅立った人たちの体温。

投げ銭は全て「演者」映画化計画に使用させていただきます。