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まちづくりに「覚悟と情熱」は必要なのか。

はじめに書いてしまいますが、「まちづくり」は必ずしも僕の専門ではない…というか、ほとんど門外漢に近いのです。
ただ、島田のような田舎にいるとまちづくりはそれなりに身近なワードではあり、映像制作やらイベント制作やら、いくらか目立ちやすい仕事をしている僕のような人間はそういう場への参加を求められることもあります。
参加するからには何かは言うし言ったからにはやってしまうわけなので、「専門知識を持っているわけではない」と言う意味では専門家ではないですが全く無関係な「門外漢」かと言うとちょっと言い過ぎかもしれません。
とにかくまあその程度には「まちづくり」に関わるようになった身としてちょっと気になることがあったのでメモしておきます。

先日、知人が某所でとあるまちづくりのワークショップに参加したそうです。
そのワークショップはまちづくり界(そんな「界」があるのかというと…どうやらあるらしいということも最近知ったことですが)ではかなり有名だそうで、知人はそこに参加することをとても楽しみにしていたそうです。

で、それが終わった後に本人にどうだったかを訊ねてみると、なにやら浮かないカオをしているではないですか。
どうやら思っていたほどうまくできなかったということだったらしいのですが、なにがどううまくいかなかったかというところがちょっと気になりました。

知人曰く、そのワークショップでは参加者に対してまちづくりに対する「覚悟」とか、そこに向き合う「スタンス」などをすごく問うのだそうです。
ワークショップの中で事業プランなどを考えるそうなのですが、「そのプランを通してキミはいったいなにを実現したいの?社会に対してどういう意味があると思うの?」というようなことを繰り返し答えさせられるのだそうです。
知人はその勢いにうまくついてゆけなかったようなのですが、一方でそういう熱量は「プロジェクトを成功させる、事業化させて、全国どこにもないものを作るためには、すごく大事なこと」というふうにも思ったそうで、それをできなかったことに落ち込んでしまったようです。

こういう話は、島田に限らず地方のことに関わるようになってからというもの身近に聞こえてくるようになりました。
自分が住んでいる場所に関心はあるし、何か面白そうな気もするなということで「まちづくり」に関わる場所や集まりに顔を出すようになる。
はじめのうちは楽しくやっているけれど、次第にそこに参加するにあたっての「覚悟」や「熱意」を求められるようになり、現実的な側面でいうとそこに割けるだけの十分な「時間」を求められるようになる。という具合です。

そういう話を聞くたびに、僕が感じることがあります。
「なんか、僕が昔いた映像制作会社みたいだな(笑)」、と。

僕がかつていた制作会社は、なんというか「作品性」の強い映像を作るところでして、そのために命がけの熱量と覚悟で制作に取り組む制作者たちが大勢いました。
僕自身もその中で仕事をしていて同じ覚悟を(少なくともその仕事をする間は)感じていたし、もちろんその中で勉強したこともたくさんあります。
「作品」を作るためには、それはある程度必要なことだったと思います。
そこにいる全員(…とまでいうと言い過ぎかもですが、まあ、多数が、ということです)が覚悟を共有していることで突破できる壁というのが、確かにあったと思います。

ただ、「作品」においても、それは唯一の方法ではないと思ってもいます。
ゆるゆるとした取り組みで少しづつ前に進み、乗り越えられることもあるのではないでしょうか。
そう考えたから、僕は島田に来たということでもあります。

話を戻して、「まちづくり」の件でした。

「作品」と「まちづくり」の大きな違いは、「作品」の主役は自分から進んでそこに飛び込んでいく制作者であるいっぽうで、「まちづくり」の主役はただ偶然その「まち」で暮らしている人や働いている人だというところではないかなと思いました。
だとしたらそこに命がけの覚悟を求めるのは、ちょっと無理があるのではないかなと思うわけです。
まして「時間」も必要となると、人それぞれ抱えている本業のための時間や、子育てをしている人にはそのための時間も必要です。割ける時間は人によって違うと考えるのが自然なのではないのかな、と。

もちろん、中には覚悟のあるひともいてほしいです。
中心的な役割を果たす人や、本気で「全国どこにもないものを作ろう」と考える人には、そういう性質があった方が前に進める場合はあるだろうとは思います。
ただ、それをまちの中に実装していく段階では必ずそこまでの覚悟を持っていない人と一緒にやらなければならない部分も出てくるはずです。
なにせ、それを実現する場所は普通の「まち」なのですから。
そこに関わる全員が「家族との時間を切り詰めてまで本気でとりくんだまちづくり」の先に出来上がる「まち」が、家族を大事にできる親密なまちである可能性はそれほど高くはなさそうに思えるのは、僕だけでしょうか。

そこに参加する全員の覚悟や可処分時間や熱意や考え方や仕事や身辺事情そのほか諸々諸々…。それらが全て違っても、それぞれのやり方で参加できるまちづくりワークショップがあったら、ぜひ参加してみたいと思いました。
もしそんなワークショップがあれば、そのワークショップを拡大していくだけでそこには誰でも楽しく関われる素敵な「まち」が出来上がるように思えるからです。
そんなワークショップを作ってみたいなあ。と、思うわけです。



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都内の制作会社で働いていたけど、いろいろあって静岡県島田市に移りました。田舎と都会を行ったり来たりしながら、働いたり、暮らしたり、考えたりしています。https://kagikakko.net/
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