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小説「ポルシェに乗った地下芸人」

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36歳で急に思い立ってお笑い芸人を志した私の自伝的なやつです。 曖昧な記憶と都合が良い記憶改竄がなされている可能性がありますので、あくまでフィクションとしてお楽しみください。
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#芸人

ポルシェに乗った地下芸人.21

ポルシェに乗った地下芸人.21

 相方募集の掲示板を読んでいくなかで、ひとつに目が留まった。こんな事が書かれている。

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年齢26才男です。養成所出てからフリーで8年ほど活動しています。

年齢が近い方、性別は問いません。漫才とコント両方やりながら自分達に合ったスタイルを見つけられたらと思います。

ネタは自分でも書きますが一緒に作るスタイルでも大丈夫です。

好きな芸人さんはサンドウィッチマンさん、ナイツ

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ポルシェに乗った地下芸人.20

ポルシェに乗った地下芸人.20

 秋らしさが出てきた10月初旬。首相公邸の森を眺めながら僕は、ブリーフを履いた地下芸人の弟子としてどのように活動していこうか考えていた。

 彼らはお笑い芸人として生きていこうとしている。芸人として収入を得て、それで生活していくことが人生の目標なのだ。しかし僕は生活がすでにできているし、会社経営というリスキーな生き方をとても気に入っている。

 贅沢をしなければ暮らしていける収入があり、それなりに

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ポルシェに乗った地下芸人.19

ポルシェに乗った地下芸人.19

 「熱湯ではなく熱した油に入る」「中世ヨーロッパの拷問器具を実際に試す」「雪の中に裸で埋められて眠くなるまで待って、一番面白い夢を見た人が優勝の大会」など、YU-TAはテレビでやりたい企画を僕に次々に話してくれた。

 もちろん、そのすべてに全力で相槌を打つ。批判的なことは一切言わない。言っても仕方ないし、実現する方法がもしかしたらあるかもしれないのだから。 

 話題はネタ作りのことになってきた

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ポルシェに乗った地下芸人.15

ポルシェに乗った地下芸人.15

新宿の裏の裏、もはや大久保なのかも分からない小さな公園についた。彼らのスムーズな足取りを見るに、この公園は行きつけなのだろう。

2つ並んだボロボロのベンチに荷物を置く。手には飲み物を持ち集う4人。3人の粗末な身なりの若者と、イギリス製の生地でオーダーしたジャケットを羽織るアラフォー1人。

YU-TAがいう

「じゃあ、ライブお疲れ様でしたー」

乾杯をする4人。うまそうにストロングチューハイを

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ポルシェに乗った地下芸人.14

ポルシェに乗った地下芸人.14

YU-TAはアキちゃんを打ち上げに誘いに来たらしい。

なるほど、こういうライブにも打ち上げというものがあるのか。そう思っているとアキちゃんが言った。

「ジョニーさんも一緒に行きましょうよ」

なんて可愛いやつなのだろうか。初対面のおじさんを打ち上げに誘ってくれるとは。見た目は気持ち悪いが、いいやつなのだ。

「お邪魔にならなければ、ぜひ」後輩芸人感を崩さないようにそう答えてみた。

「割り勘に

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ポルシェに乗った地下芸人.13

ポルシェに乗った地下芸人.13

その後も、しょうもない回答が続出する。

「隣に殺人鬼がいる」

まず、誰もいないというお題に反してるではないか。そして、殺人鬼だとなぜ分かる?いや分かっているなら警察に通報すべきだ。

「ヤフーニュースに近くでライオンが逃げ出したと言っていた」

それなら「近くの動物園からライオンが逃げ出した、とヤフーニュースになっていた」と言わないと伝わりにくいだろう。なぜこいつらは言葉の使い方がこうも洗練さ

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ポルシェに乗った地下芸人.12

ポルシェに乗った地下芸人.12

YU-TAは得意げに僕の問いかけに答えている。お笑いを始めたきっかけや、過去に芸能事務所に所属していたが、今は無所属の、いわゆるフリー芸人であることなど。

金属製の扉ギギッと空いて、カルボナールの2人が暗い顔つきで出てきた。

アキちゃんは扉を出るやいなやYU-TAの元へ雑種の室内犬のように駆け寄り、またも気持ちの悪い甘えた声で言った

「YU-TAさぁ〜ん、スベっちゃいましたよぉ〜」

この世

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ポルシェに乗った地下芸人.10

ポルシェに乗った地下芸人.10

舞台に出ていく。ライブは2回目だが、たくさんのスポットライトの下に出ていくのは実に興奮する。

緊張もあるが、舞台に出れば「やるしかない」とハラが決まって声が出る。

「こんばんわ〜、ジョニー小野です!!」

これだ。夜なのだから挨拶は「こんばんわ」に決まっている。ちなみに、「こんばんは」ではない。

この「は」こ「わ」かを意識することで、声のトーンや発音に微妙な違いが出る。僕はあくまで「こんばん

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ポルシェに乗った地下芸人.9

ポルシェに乗った地下芸人.9

ライブが始まった。金属扉の向こうに耳を澄ませる。

「はいどうもー」。1組目は漫才師らしい。

「俺、お笑いで売れなかった時のためにコンビニ店員の練習したいんだけどいいかな」

お前らは売れてないし売れない。まず、「はいどうもー」という模倣を安易にしている時点でお笑いへの適性がないではないか。

勝手に批評してしまう。これは僕の習慣だから仕方ない。

しかし不思議だ。なぜ彼らはバイトの練習をするの

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ポルシェに乗った地下芸人.8

ポルシェに乗った地下芸人.8

開演時間の19時が近づき、薄汚いビルの裏手は薄汚い芸人で混雑してきた。

生乾きの臭いがそこらじゅう漂っている。こいつらには洗濯用漂白剤という知識が無いのだろう。

雑菌だらけの洗濯機で雑菌まみれの服を洗い、空気の淀んだ部屋に干している。だからこんなに臭いのだ、

そもそも、これだけ自分の服が臭い事をどう思っているのだろう。

僕はポルシェで来ている。こいつらはきっと電車だろう。この臭いで公共の交

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ポルシェに乗った地下芸人.7

ポルシェに乗った地下芸人.7

アキちゃんとの挨拶をした僕は、とりあえず衣装に着替える事にした。

蒸し暑い初秋に雑居ビルの裏手で室外機のぬるい風に吹かれて屋外で着替えをする。

うん、実にアングラでかっこいいじゃないか。

着替え終わった僕は、念のため裏口から舞台袖に行ってみた。

やたらと重い金属製の古びたドアを強くひっぱる。

舞台の真裏にあるとは思えないギギッという嫌な音を出して開く。中に入ると真っ暗な、黒いカーテンに仕

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ポルシェに乗った地下芸人.6

ポルシェに乗った地下芸人.6

子供が生まれた。妻は1週間ほど入院するらしい。

となると、毎日顔は出さないとまずいだろう。僕はわりと仕事の時間に自由が効くから、合間の時間で顔を出そう。

それはそれとして、明日はお笑いライブ出演だ。新宿のヒルトンホテルで高いコーヒーを飲みながら作った会心の下ネタ漫談。衣装だって、黒いツナギに変える。これはウケないはずがない。

誰もいない家で、ガサガサと押入収納ボックスを漁る。

あった、ツナ

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ポルシェに乗った地下芸人.5

ポルシェに乗った地下芸人.5

ネタを書き終えた僕は、会計をしてカフェを出る。

ついつい注文してしまったケーキと追加の飲み物で2,000円を超えてしまったが、良い環境でこそ良いネタは生まれる。これは必要な投資なのだ。

駐車場からアルピナを出して家に向かう。時間は21時を過ぎた頃で高速道路はまあまあ流れている。小一時間で自宅に着くと、妻がおなかが張ってきたと言う。

数日後に予定日を控えている。もしかしたら陣痛なのかもしれない

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ポルシェに乗った地下芸人.4

ポルシェに乗った地下芸人.4

メタリックが煌めくグリーンのアルピナB3ビターボは、新宿ヒルトンホテルの地下駐車場に続くスロープを滑り降りていく。

いや、ここのスロープは幅が狭く傾斜も急なので滑るようには降りていけない。

そろそろと、車幅を気にしながら下る。スロープを降りきったところで、ザサッと車の底を擦る。アルピナは絶妙な車高なんだよなぁと思いつつ車を停めてロビー階に上がる。

パティスリーショップを眺めながらカフェへ向か

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