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女の価値は表層(皮膚)にある・・・

「男の視点で見たとき女は内面を欠いた表層的な存在に還元される」

「女の市場価値は表層性にある」

つまり見た目にしか価値がないということなんだね。あ・・・突然ごめんなさい。この考え方は太宰治先生の考え方であります。

でもその太宰治先生はある意味愛人の日記を盗作した「斜陽」という作品では

「人間は恋と革命のために生まれてきたのであるのに。」と書いてくださっている。

???恋と革命にはさすがに内面がないと出来ないでしょうにと思いました。

そして考えました。内面のある女と内面のない女は一体どうなるのか?

内面のない女は「母」になる。
内面のある女は「娘」になる。

このような結論に至りました。

母は無条件の愛を子供に捧げます。だって何もできない子供がいたら無条件に愛情を注ぐしか方法がない。条件なんか付けてこれができたらこれをやっていいとかこれを食べていいとか言っていたら乳児・幼児は死んでしまう。
そして結婚した男性は妻に「母親」を求める。内助の功はきれいな言い方だが、つまり身の回りのことはすべて「母親」代わりの妻にやってもらいたいし、子育てもやってもらいたいし、もちろん家事だってやってもらいたいしそして心配だってしてもらいたい。けれど夜は「女」として自分の相手をして欲しい。
そんな超超わがままなのだ。だって僕はお仕事しているから。社会に出ているから。「いやいや、私だってパートで仕事してます。正社員できちんと仕事しています。」としたって今のこの男性社会では結婚して子供がいる女性に与えられる仕事は、その能力に応じて与えられるものではないだろう。
だからこそ男性は仕事しているだけでなぜか、本当になぜか威張る。
???いまどき仕事をしていない人っているのか?って思うけど。(まあ男性のことは放っておこう)

じゃあ内面のある女性はどうなるのか?それは不二子ちゃんになる。
もちろん内面があるなんてことは公表しない。しても意味ないから。
女としての価値を高めに高めて、男を使う立場に君臨する。
使うだけ使ってポイッもできる。だって自立しているから。その男だけに依存していないから。「もう必要ないかな」が簡単にできる。今はやりの断捨離というものだ。

実はこの技若い子は難しい。若い子はまだまだ自分に自信が持てない。自信を裏付ける経験が足りない。だから男を離したがらない。どんなダメ男でも手放せない。
でも子育て経験者はちょっと自分磨きをして内面を深めれば「不二子ちゃん」に到達できるのではないかと考えている。
もちろん様々な反論が出てくることは予想するが、今のところ「不二子ちゃん」になれ得る可能性はこの方々しかいないのではないかと思っている。

自立した内面ある女性が、自立した男性と付き合う。やっと日本にも成熟したカップルが誕生するのではないかと期待をしている。

子育て経験者の女性の皆様。目指すは不二子ちゃんです。

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