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箱根・仙石原から。”ローカル”発のパティスリーの挑戦【旅先案内人vol.24】


普段、私たちの運営施設をご利用くださっているお客様を対象に、私たちの宿に関わる人々に焦点をあてたニュースレター、「旅先案内人」をお届けしています。
(温故知新 運営ホテル:瀬戸内リトリート青凪・壱岐リトリート海里村上・箱根リトリートföre &villa 1/f ・KEIRIN HOTEL 10・五島リトリート ray MUNI KYOTO等)

この春、箱根の仙石原に温故知新が手がける複合施設「Hakone Emoa Terrace」が開業しました。私たちの運営ホテル 箱根リトリートからほど近い、「箱根ラリック美術館」に併設。レストランを新たにリニューアルし、ベーカリー&パティスリーを新設しました。

箱根ラリック美術館とコラボした、アートのようなスイーツ

今回のレストランの目玉のひとつが、ランチタイムに楽しめる”ジュエリースイーツビュッフェ”。美術館併設のレストランならではのメニューとして展開しており、フランスの工芸家ルネ・ラリックがジュエリー職人だったことから着想を得てスイーツに彼の物語を落とし込みました。見た目にも美しい、まるでアートのようなスイーツです。


箱根リトリートが位置する仙石原エリアは、美術館が点在するエリア。ホテルでは数年前から積極的にアートとコラボレーションした企画に取り組んできました。そのうちのひとつが、2020年に開催された箱根ラリック美術館の企画展にあわせた、”香水瓶”のスイーツのコラボ開発です。

ラリックが手がけたドラマチックな香水瓶の数々をスイーツで表現したこの企画。ウォルト社のためにてがけた5連作のうち「ダン・ラ・ニュイ」を除く4作品のスイーツを、箱根リトリートのパティシエ 兼 Hakone Emoa Terraceのスイーツ監修を務める大島 良之さんが手がけました。まるで、ホンモノそっくりな芸術品のようで、お菓子の表現力の可能性を感じずにはいられません。

形のないところから生み出されるスイーツの表現力は、ラリックの作品やアートの世界に非常に近しいものを感じます。芸術のようでもあり、私たちの日常にも寄り添う美しいスイーツ。今回は、そんなスイーツにスポットをあて、その甘くて美しい魅力を紐解きながら、パティシエの大島さんにお菓子作りの哲学や想いについて取材しました。

“スイーツとは、消える芸術品である”

お菓子というのは、食文化の中でも、味はもちろんのこと、”見た目”にも重点を置かれて発展してきた文化でもあります。

太古の時代から、人間の婚礼や祝いごとなど、華やかな場を彩ってきた歴史があるからです。時には、国をも巻き込んだ国家の政治戦略の一つとしてお菓子に力が注がれた時代も。象徴的なのは「お菓子大国」でもあるフランスです。

貴族がたびたび開いた食事・社交の場においてスイーツは、統治・外交の手段としても欠かせない存在でもあり、その甘美な美味しさと見た目は、人を惹きつけてやまないものでした。かの有名なマリー・アントワネットも大のお菓子好きだったとされています。当時、彼女の出身地であったオーストリアから多くの菓子類が持ち込まれ、デコレーションの技術などが伝わったそうです。

砂糖など製菓の材料が貴重で高価だった時代、生活の必需品でないスイーツは貴族・宮廷の華やかな文化と共に発展したことを考えると、現代のスイーツにも、きらびやかな文化の名残があることが納得できます。(マリーやルイ14世とほぼ同じお菓子を現代の私たちも口にしていると思うと、なんだかロマンを感じますよね)

生きるために必ずしも必要ではないスイーツ。しかし、スイーツのない世界を想像すると、味気なく寂しい・・・。お菓子は、私たちが豊かに生きるためになくてはならない存在ではないでしょうか。誕生日や特別な日、あるいは、何気ない日の大切な思い出のそばに。いつも身近な存在として、お菓子があるように思います。

「五感で楽しめるケーキ。記憶に残るケーキをつくりたい。その想いは今も昔も変わりません。」

パティシエの大島さんは、そのようにお菓子づくりへの想いを語ってくれました。

五感で味わうケーキは、甘い記憶と共に

製菓専門学校を経て、都内洋菓子店、ホテル、結婚式場、レストランのシェフパティシエを務め、現在は箱根の地でお菓子作りに取り組む大島さん。東京での修行時代から現在に至るまで、お菓子の捉え方が大きく変わったそうです。

「味覚には、甘味や酸味、苦味、塩味などいろいろありますが、修業時代は、その味覚の五角形の中でいかに戦えるか?が全てでした。しかし、働いているうちに、”おいしい”と同じくらい、大切にしたいことが見つかりました。

実は、”おいしい”って、本当に難しくて、人それぞれ感覚が違うし、数値化できるものではなく、捉え方ひとつで変わってしまう。

もちろん、”おいしい”ことにこだわるのは大前提ですが、味覚に加えて、視覚や嗅覚など、ほかの感覚もひっくるめて、五感で味わうケーキを提案したいと思うようになりました。例えば箱根だと、自然豊かな景色が眺められるという視覚情報や、空気も美味しいという身体的な感覚などです。」

「私は、“五感の真ん中”には第六感が開花すると考えていて、それを『曖昧な感覚』と呼んでいます。“おいしい”を感じる味覚こそ、平均化できそうでできない、とても曖昧なものです。理解し難いものを理解しようとする行為は、無謀なようでとても重要だと思います。みんなの”おいしい”をいかに平均化できるか?ということに、常にじっくり時間をかけて挑んでいます。

みんなの”おいしい”という味覚と、それ以外の五感の要素を組み合わせて、どうバランスを取るのか?それによって価値を上げることができるのか?と、いつも考えているんです。

『面白い』や『楽しい』を優先したテーマを立てて新作を考えたり、出会った人や食材からストーリーを仕立て上げてケーキで表現したり。味覚だけではないアプローチにも力を注いでいます。そのほうが私自身も楽しいですし。とにかく、食べた人の記憶に残る、そんなものづくりをしたいと思っています。」

スイーツは、味を含め、見た目・造形などの自由度と表現力が高いからこそ作り手の込める想い次第で、その土地やその場所その時の時間をより豊かに感じさせる力があるのかもしれません。

フランス菓子は、甘くない苦労を重ねて日本へと

「今作っているケーキも、自分の思い出と結びついたり、自分の原体験からインスピレーションを受けたものが多いんです。

私は愛媛出身なのですが、社会人になり東京に上京してフランス菓子を口にしたとき、
『これが洋菓子かぁ!』と感動して。その驚きを表現したいなと思って作ったスイーツもあります。他にも、フランスにはじめて訪れた時に、食べたケーキや旅先で出会ったカヌレなど、これを日本でも再現したい!という想いで持ち帰ったものもあったり・・・。

ただ、フランス菓子や海外のお菓子のレシピを日本にそのまま持ち帰り再現するというのは、ほぼできません。素材の違いもありますし、法律や食に関するルールも異なるので、日本では使えない材料なんていうのもたくさんあるんです。」


「以前の仕事で、フランスのパリに本店があるパティスリーの日本進出の立ち上げを担当したのですが、これは本当に大変でした。フランス語のレシピを読み解いて、日本の技術で再現したり、素材の代用品を探したり、工夫に工夫を重ねて、どうやったら実現できるかを考える。異なる文化圏のスイーツを日本に持ってくるというのは、きっといつの時代も苦労したでしょうね。」

一筋縄ではいかない、スイーツの伝達や再現。私たちの元に届いているお菓子たちは、いくつものハードルを超えて日本へやってきたものなんだとハッとしました。『甘くて美味しい、この味を伝えたい』、いつの時代もそんな感動に突き動かされたお菓子を愛する人たちが、スイーツの文化を支え、深めてくれているのですね。

箱根の仙石原。”ローカル”発のパティスリーとして

大島さんのスイーツは、王道のフランス菓子をベースにしたものから箱根の地域から着想を得て開発したスイーツ、はたまた箱根ラリック美術館とのコラボスイーツまで、インスピレーションに溢れたものばかりです。素材にもこだわりながら、自由で遊び心あるスイーツを生み出せる場所として、箱根はとても良いフィールドだと大島さんは語ります。

「私が地方出身でもあるのが大きいのですが、地方の学生の誇り、希望になりたいという目標もあります。例えば、Hakone Emoa Terraceのような、風格溢れる美術館とコラボした店づくりなどがもっと広まり世の中に認められれば、パティシエの可能性もさらに広がる。地元や地域の若い人たちが『ここで働きたい!』と思えるような、魅力的なお店に高めていくことが、私にとっての地域への貢献かなと思っています。


「若い頃は私も東京に憧れ、学生時代は『絶対に東京へ!』という想いで上京しました。しかし、首都圏に住んでると、四季の移り変わりを日々感じることもなく、星も見えない。いつも下を向いて歩いていた気がします。都心では、ビジネスチャンスの隙間をみんなでギラギラ狙ってる感じがありますよね。パティシエとして”おいしいお菓子をつくる”という視点で箱根を見ると、神奈川と静岡の県境で、これだけいい素材が揃っているのに加えて、みんなが”闘ってない”感じが、ニュートラルで心地よく、豊かな雰囲気だなと。だからこそ、ものづくりに真摯に向き合える環境だと感じています。

儲かる・儲からないという評価軸ももちろん必要ですが、それだけではなく、なんの為にやるのか?社会にどう貢献できるのか?を、冷静に、かつニュートラルに考えられる環境で私自身も働きたいし、数字じゃ表せない豊かさを表現できる生き方がしたい。そこから、いいものが生まれるのだと思いますし、それが、今は箱根の地だと実感しています。」

都心からも程近い場所でありながら、自然を感じつつ生活でき、豊富な素材が手にはいる箱根。そんな街は、働き手・作り手にとっても、“リトリート”な場所なのかもしれません。“豊かな環境だからこそ、育まれるものがある”。これからも、ローカルなこの地だからこそできるものづくりを、スイーツや食を通じて発信していければと思います。

4/29より、美術館企画展示との特別コラボスイーツを提供

Hakone Emoa Terraceでは、4/29(土・祝)より、箱根ラリック美術館で開催される、常設企画展示「美しき時代(ベル・エポック)と異彩のジュエリー」とコラボレーションし、パティシエの大島さんが監修した、2種類の特別スイーツを施設内のOrient Expressで提供します。(※現地での要予約制)

<左>“流れる髪の女”に魅入られて ~Hommage to Woman with Flowing Hair~ <右>季節のスイーツ メタモルフォーゼのクッキーを添えて

個性的で華やかな時代を思わせるラリックによるジュエリー作品をモチーフに、パティシエが「食べるアートスイーツ」“Hommage to Lalique”を考案。ラリックの作品を注意深く観察して出来上がったスイーツは、まるでお皿の上に作品が展示されているかのような精巧なつくりです。企画展実施中の期間(4/29~11/26)、2種類の特別スイーツを施設内のOrient Express ティーサロンで提供します。箱根にお越しの際は、芸術を見て食べて楽しむ、アートな1日をお過ごしいただければ幸いです。

企画展示及び特別スイーツの詳細はこちら
(※写真左側のラリック作「流れる髪の女」を模したスイーツは、土日祝数量限定にて提供)


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