尾仁岸 梅

アラサー独身会社員。文章の練習です。

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最近の記事

2024.1.29

久しぶりにも程がある。 これを開いたということは、書きたいことがあるということか。 一言でいうと、疲れた。 もやもやした不安が胸を覆う。 お母さんの退院日が決まったのは喜ばしいことだが、今の状況を見るに、退院してすぐに一人で生活することは難しそうだ。 私がしばらく一緒に住むのは全然問題ないが、仕事を定時に切り上げて帰ることはできるだろうか、そうなると職場に迷惑をかけることになるから、3月からは有給で休もうという私の画策も実現できず働かなければならないのか、そもそも残業できな

    • 茜さすアパートの窓辺

      彼に拾われてから2週間が経つ。 築40年はゆうに超えている古ぼけたアパートの一室、私はこの簡素な黒いパイプが軋むシングルベッドで一日の大半を過ごしている。日焼けした壁紙とは対照的な白い清潔なシーツの上にあぐらをかき、やわらかな薄黄色のブランケットを手繰り寄せてため息をついた。 あれは雨の降る肌寒い夜だった。 どれくらいの時間が経ったかも考えられないくらいに歩いて歩いて、もう歩くのにもいい加減飽きた頃、たまたま見つけた公園のベンチに腰掛けた。今更ながらこれから先のあてを頭の

      • 2022.10.12 誕生日

        誕生日だった。母の。 仕事を終え、急いで百貨店へ。 閉店間際にケーキとプレゼントを購入し、実家に帰ってお祝い。 しかし、あまり元気がない。父の命日が近づいているからだ。 この季節になると息がしづらくなるらしい。ぽつりとこぼした「ここ10年全然いいことないなぁ」という言葉が胸に刺さった。 私は彼女を支えられていただろうか。父が亡くなる前は子どもだったから、自分のことばかり考えて行動していた。そのことは一生後悔するだろう。今はどうだろう。何も変わっていないのだろうか。なるべく顔を

        • 2022、夏の幻

          今年の夏は遊び倒した。ようやく戻ってきた、私の夏! 京都近代美術館で開催されていた、鏑木清方展。清涼感のある美人画が並んでいた。一本の後れ毛が色気を引き出している。美人たちの着物のおしゃれなこと。細かーく模様が描かれていた。こういうのって現代の漫画家のようにアシスタントとかいるのかしら。 日本画は余白があるところが好きだ。私の好きな言葉、「余白の美」。 初めて訪れた桂離宮。この敷地内を舟で移動していたそうだ。全然歩ける距離である。無駄こそ最高に雅で贅沢なのだ。写真左の細か

          そいでも生きてる

          手が荒れているせいで、少しの刺激で指の肉がうっすら削げた。 地味〜にじくじくするやつ。 周りの肌の色と明らかに違うオレンジがかった色で、てらてら光っている。 皮膚の内側ってこうなっているんだなぁ、となんだか自分もちゃんと生物なんだと感心する。 人間の大まかな構造、臓器があって血が流れていて、脳から指令が出て身体は動いている、などということはもちろん知識として理解しているが、小さな頃は、自分だけは特別で血も通っておらず、臓器もなく、もし体を輪切りにされたら断面はかまぼこのよう

          そいでも生きてる

          風の在る山

          約千メートルの山に登った。天気は曇り。真っ直ぐ天に向かって伸びる杉の森林を越え、低い植物に囲まれた尾根をぬけ、雪の残る湿地でカエルの卵を観察して、約2時間半で頂上にたどり着いた。 登山のお楽しみは食べることにあると言っても過言ではない。山で調理するごはんはなんでもおいしい。お湯を沸かしてカップ麺の容器に注ぐと、ジャンキーな香りが辺りに充満した。なんとなく、いつも日清カップヌードルを選ぶ。山に一番似合う気がするのだ。持参した肉を焼く。これまたおいしい。今度はフレンチトーストを下

          風の在る山

          おひるやすみ

          お昼休みの過ごし方、みんなどうしているの。 私の職場は自席で昼食をとることを禁じている。一応食事用の部屋は用意されているものの、コロナ禍にあって密を避けるため席が間引かれており、社員同士のゆるやかな席の奪い合いが生じている。「今はあのグループがいるから…」などと考えるのが面倒なので、最近は一人で外をあてどなくぶらついている。 いい天気だから気持ちがいい。今日は桜舞い散る公園のブランコを漕ぎながら、一人を楽しむ自分に焦燥感を覚えた。 昼食時は、違う部署の人と話すチャンスだ。とり

          おひるやすみ

          寺に行きたい

          最近はついていないこと続きだ。仕事でもプライベートでも、失敗の連続。心って実はお腹にあるんじゃないだろうか。お腹の奥底がキリキリねじられて悲鳴を上げている。 「辛いとき辛いと言えたらいいのになぁ」と、かのAqua Timezも歌っていたけれど、実際は不甲斐なさすぎて口に出すことこそ辛い。 父の眠る墓のある寺に行きたい。あそこは静かでいい。大通りに近いのに。風が吹くと卒塔婆がカタカタとさざめき出し、たまにカラスがお供物を狙ってか、上空をゆっくり旋回しながら鳴いている。私は父の

          寺に行きたい

          2022.3.5ガタガタの体、ブラシがけ

          高校の部活の友人たちと久しぶりに集まり、テニスをした。人数が少ないこともあり、休む暇がない。しかし体はついていかず、足はもつれる、滑る、ラケットは空を切るばかり。風が強いことも影響し(言い訳)、思っているよりも形にならずにこっそり落ち込んだ。ちなみに他のメンバーはめちゃくちゃ元気に試合をこなしていた。まぁ、彼女たちは部活のときから化け物級のスタミナだったので、そこに驚きはない。 ひとしきり楽しんだら、最後はコートにブラシをかける。大きなブラシは、重心を下にして曳かないと砂が

          2022.3.5ガタガタの体、ブラシがけ

          京都の屋上

          京都のおすすめスポットのひとつが、デパート(?)の藤井大丸。 ハイセンスなお店を男女ともに楽しめるし、地元の人たちは買い物するならここに来ることも多いのではないだろうか。 お立ち寄りの際は、ぜひ屋上を訪れてみてほしい。 今日日屋上に上がれる施設はそう多くないが、ここは喫煙場として解放されており、簡易ベンチやテーブル、自動販売機が備えられている。昔は遊園地だったのかもしれない。 アクリル板越しではあるが、割と高いところから河原町の街並みを見下ろせるこの景色は結構貴重なものだろ

          京都の屋上

          2022.1.1 1年の計は元旦にあり

          年末年始、実家に帰ってからはほとんどこたつにへばりついている。久々に顔を合わせた妹と、テレビがつまらない、最近の曲がわからないなどと文句を垂れながら無駄に明るい画面を眺めているうちに年を越していた。 2021年を振り返ろうと思っていたのに、もう新しい年だ。去年は特に何もない1年だったように思う。仕事では新しい部署に異動して、慣れない業務に苦戦した。人に迷惑をかけ続け、苦手な先輩はさらに刺々しい空気を纏うようになり、秋までは苦しい時間が続いた。しかし、今、こうして休暇をもらい

          2022.1.1 1年の計は元旦にあり

          ユニクロで服を買う罪悪感

          ユニクロで仕事用のニットを買った。 限定価格や値下げされたものを狙って選ぶのだが、こんなに安くてもいいのだろうかと心配になるくらいに安い。 私の仕事着は8割がユニクロで構成されており、今日も仕事帰りユニクロの服を着てユニクロのレジに並んだのだ。 職場でユニクロの服がかぶる、いわゆるユニ被りは案外ないもので、逆にみんなどこで服を買っているのかと不思議に思う。 いつもユニクロで服を買うと、「安く買えた!」の喜び8割と「安価で大量生産された服を買うことに喜びを見出してしまって…」

          ユニクロで服を買う罪悪感

          よい乗り物はよいところへ連れて行ってくれる

          今年から京都に住み始めた。 市街地からは外れているものの、駅もバス停も一応徒歩圏内にあるし、割と良い立地だ。 しかし、京都は地下鉄や私鉄の種類が少なく、乗り換えには少し不便を感じるし、バスは時刻通りに動くことはほぼないと言っていいだろう。 自転車があればもっと色々な場所を巡ることができ、楽しい京都ライフを送ることができるはず!と、本気すぎないけれども少し早くてカッコいい自転車を探し求めて早数ヶ月…。 ネットで目星をつけたお店に足を運び、ついに自転車を手に入れた。 色は真っ黒

          よい乗り物はよいところへ連れて行ってくれる

          京都の街に出てきました

          くるりが沁みるよな。 新しい街で暮らし始めた。 夜遅くにスーパーで買い物をしたが、なんだか旅行先でビジネスホテルに戻って食べる夜食を選んでいるような感覚だ。 まだこの街の一員になりきれていないのだ。 家に帰ったって落ち着かない。だってほとんど何も揃っていない。 今何が1番欲しいかって、ぬいぐるみだな。寂しい気持ちを紛らわすためにふわふわを抱っこして寝たい。ぬいぐるみは必要なもの。勉強になった。 ガスの開栓がまだなので、お風呂に入れない。 幸いにも近所に銭湯があったので行っ

          京都の街に出てきました

          夢に見るほど甘えたい

          今日の夢は断片的だがしっかり覚えている。 昔ながらのゲームセンターで巨大なガチャガチャを回して、小さくてしょぼいラクダのフィギュアを手に入れたところで、いかぐり頭のぽっちゃりしたお兄さんに頭を撫でられた。その人はYouTuberのとっくんだった。なんでや。 しかし、歳を重ねた今、頭を撫でられるなんてほとんどないことだ。分厚い手の温かさがすごく嬉しかった。私は人の温もりに飢えているのかもしれない。 手放しで甘えられる小学生の頃に戻りたいなぁ、と思うことがある。頭を撫でてもらう

          夢に見るほど甘えたい

          インコの入れ物にすべてぶち込みたい

          休日出勤。 電車で行くか、高速代がかかるが時間短縮できる車で行くか悩んだ結果、車にした。 というか車で行くしかない時間までのんびりしてしまった。私の心の弱さ。 出勤してすぐ、私が今日やろうと積み残していた仕事を先輩が片付けてくれていたことに気づき、なんとも言えない気持ちになる。 迷惑をかけてごめんなさいという罪悪感、自分の無能さに対する呆れ、明日朝一番に謝らなければならない気の重さ。 最近頻発する夕立のように、重苦しい雲はさーっと私の心を覆い、大雨を降らせた。 先輩と私は

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