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【SS】日常生活に潜む悪魔の挑戦

 ここに住み始めて2年弱。まだまだ部屋の中は綺麗だ。小さい子供がいないので汚れたり傷んだりすることもない。とても快適に生活ができている。ここはとあるマンションの一室。夫婦はまだ若くそれまでの賃貸生活を脱却すべく初めて新築マンションを購入した。もちろん、手続きを含めて初めての経験だったので嬉しい心を素直に喜ぶどころか、入居までにやらなければならないことが多すぎて目が回るほどだった。それも今では二人のいい思い出となって心に残っている。

 全てが新品というのは気持ちがいいものだと心ウキウキで入居したのが昨日のように感じながら、少しずつ色褪せていく壁紙やカーテンに気づかず日々の生活を送っていた。人は、毎日少しずつ変化していくことに、なかなか気づかないものである。四六時中一緒にいる夫婦は少しずつ老いていく様をお互いに確認しているので急に年をとった感はない。しかし数年ぶりに会う友達などはそうはいかない。心の中であの人だいぶ老けたわねと思っていても、相手も同じことを思っているかもしれないのだ。

 毎日少しずつ起っていく変化というものは、どうしても認識しにくいものなのだ。それは、きっと匂いもそうなのかもしれない。人は年と共に匂いが変化していく。大人臭とか加齢臭と言われ、気嫌いされてしまう。しかし、そんな匂いも自分では気がつかない。口臭も同様である。だから懸命に清潔にすることを心がける。しかし、他人から見れば嫌な匂いに感じているかもしれないのだ。

 我が家では、焼酎を飲んだ後の息が臭いとよく言われるが、自分では感じることはない。当たり前だ。焼きニンニクなどは食べた本人は美味しくていい気分だが、食べてない人にとっては耐えられないニンニク臭に襲われることになるのと同じなんだろう。

 おっと、話が脱線してしまった。私のことはどうでもいい。若い二人のマンションの話に戻ろう。最近、夫婦共々朝になって浴室のドアを開けると、なんとなく嫌なこもった匂いを感じるようになった。耐えられないほどではないけどどちらかといえば臭い。換気扇を回しても臭い。狭いところで洗濯物をたくさん干して乾いていない時のような匂いを感じるようになったのだ。少しずつ少しずつ、確実に匂いもひどくなってきたような気がする。いつも掃除はしているつもりだった。まるで、悪臭という悪魔が若い二人にに挑戦しているように感じた。

 浴室は当たり前だがシステムバスだ。洗い場の排水溝の蓋を外し、髪の毛などをキャッチする網の部分も外す。そして、シャワーと使い古しの歯ブラシで排水溝の中をゴシゴシと洗う。時には洗剤を入れて満遍なく洗い、シャワーで流している。掃除をすると若い夫婦は安心していた。これで清潔になったと。しかし、それでも毎朝、嫌な匂いが漂うようになってきてしまった。

 夫はシステムバスのお手入れ方法という冊子をマンションを購入した時にもらった資料の中から引っ張りだして、排水溝の掃除のページを見ていた。そして気づいた。排水溝の中に普段から外して洗えるパーツがあることに。排水溝の中には、浴槽に残った水を排出するためのパイプが接続されていてそれが排水溝に流れ込む仕組みになっている。実は排水溝に流れ込む部分のパーツが取り外して洗えるようになっているのだ。どうやらバスタブのお湯を利用して渦を巻き起こし、排水溝の汚れを押し流す仕掛けらしい。しかし、暑くなるとバスタブにお湯を溜めなくなり、シャワーだけで済ませることが増え、バスタブからのお湯が流れないことになる。これは悪臭の悪魔にとって好都合だった。流れが止まり水が滞留するようになるのだ。すると水が滞留する部分は見えないところでヘドロと化していたのだ。しかも、バスタブからの排水がない状態では、排水溝への接続箇所にほんの少し空洞ができる。だから、そこにもし汚れが付着してヘドロ化している場合は、少しの空間から少しずつ悪臭となって一晩かけて浴室に充満することになるのだ。

 どうやら、これが朝起きて浴室に中にこもっている悪臭という悪魔の原因だったようだ。調べることをしなければ、これから悪臭という悪魔と共同生活を余儀なくされていたかもしれない。そうなると悪臭の悪魔の思う壺になるところだった。しかし、洗えるパーツを見つけ綺麗に洗浄したことにより、それまで朝のバスルームで感じていた悪臭は確実に消え去っていた。悪臭の悪魔の挑戦を見事に返り討ちにした瞬間だった。夫は一人で笑みを浮かべ自慢顔になっていた。

 24時間換気に頼って、問題はないと安心しているあなた。
 朝起きて、浴室のドアを開け、匂いを確認することをお勧めしたい。

 もし、匂いが気になるようならば、一度マニュアルでお手入れの方法を確認した方がいい。それからもう一つ。トイレや洗面所に換気扇のスイッチがあれば、一度マニュアルを確認したほうがいい。バスルーム以外のスイッチで強制換気をオンにした場合、バスルームの24H換気は停止しているかもしれないのだ。

 悪臭という普段受け入れることができない悪魔が我々に挑戦状を叩きつけている。少しずつ少しずつ、匂いに慣らして共同生活させるために悪臭という悪魔は巧妙に仕掛けてきているのだ。だが、けっして負けてはならない。システムや構造物には何らかの弱点や、その弱点を補うための仕組みが存在するのだ。しかし、高度な文明に慣れすぎた我々はその説明をしっかり読み解こうとはしない。そこを狙った悪臭という悪魔たちは常に我々に対して挑戦してくる。少しずつ蝕むように。

 台所、トイレ、バスルーム、全てにおいてそうだ。絶対に気を抜くことなく、日々の対応を怠らないようにしたい。我々は悪臭という悪魔に絶対に敗北してはいけないのだ。日々、悪臭という悪魔はその存在感を示すためにパイプの中に止まり、わずかな隙間から人間に対して挑戦してくるのだ。

 あなたは、悪臭という悪魔に対しての対抗策を講じているだろうか。人間として快適な生活を送るためには、悪臭という悪魔の挑戦には敢然と立ち向かう必要がある。もし、その戦いに負けるようなことがあれば、あなたは悪臭まみれの悪魔との共同生活を余儀なくされることだろう。悪臭は決して諦めることなく、あなたに襲い掛かるだろう。しかし、悪臭という悪魔の正しい駆除方法を知ることで快適な生活空間を得ることができ、末代まで気持ちのいい生活を享受することができるはずだ。しかし、ついつい怠けてしまうといつの間にか悪臭という悪魔との共同生活に引き摺り込まれることになるから決して気を抜かないようにしたい。

 しかし、悪臭の悪魔は諦めが悪い。全ての排水溝からの悪臭を放ち続けるために、密かに、掃除の邪魔をしている。そして、手抜きで掃除をすることは楽なことなのだという考えをその部屋の住人に植え付けるのだ。まんまとその術にハマった住人は、悪臭を気にすることなく悪臭という悪魔と共同生活をし始める。結果、近寄ってくる人間が全くいなくなってくる。遊びに来る友達を作らせない、近所付き合いをさせない、そう、孤立させて悪臭は味方なのだということを刷り込んでしまうのだ。そうなると我々人類の負けとなってしまう。実に恐ろしい。

 そんなことは許されない。われわれは理性と思いやりを持った種なのだ。だから、これからも清潔な生活を守り続け、悪臭を退散させて生きていかなければならない。そのための魔法のような洗剤も数多く出回っているが、定期的な掃除が不可欠ともいえる。普段見えない部分に悪魔は潜んでいるのである。それを見逃すことなく定期的に掃除して清潔に保っていれば、悪臭という悪魔が住み着くこともなくなるだろう。しかし、まだ大丈夫だろうなどと気を抜いた瞬間に、悪臭の悪魔は再びあなたに忍び寄ってくるのでくれぐれも気を抜かないように。

 悪臭の悪魔との戦いに終わりは無いのである。

おわり


嫌な匂いが気になって調べていて掃除する場所を見つけた経験をベースに小説にしてみました。悪魔との共存はしたく無いのですね。

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