日本のIPOの現状と変えるべきもの
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日本のIPOの現状と変えるべきもの

One Capital

おはようございます。One Capitalの盛島です。

先日の「いいIPOとは?」の記事では、米国でIPOする企業やIPOをアドバイスする投資銀行が考える「いいIPO」とはどういうIPOのことを言うのか、そして「いいIPO」になるかどうかを見極めるためにどういった点に注目すべきか、米国SaaS企業のIPO事例やデータを参考に見てきました。

この記事では、その続編として2019 - 2021 YTDの日本のSoftwareとInternetのIPOの分析を通して、日本のIPOの現状がどうなっているのかを見ていきたいと思います。

注:この記事は、日本企業のIPO事例の紹介を目的としており、特定の株式の売買を推奨するものではありません。

日本のIPOのIPO Popは?

では、前回の記事で見たのと同じ要領で、IPO Pop(IPO当日の株価上昇率)がどうだったのか、見てみましょう。IPO Popの計算は、IPO当日の終値 / IPO価格 – 1です。前回の記事でも書きましたが、米国の投資銀行が目指すIPO Popの理想は15 – 25%です。

まずはSoftware IPOのIPO Popです。

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見ていただくとわかるように、IPO Popが大きく出るタイプのミスプライシングが非常に多く見られます。Medianで114%、つまり中央値で見ると、2019 – 2021 YTDのSoftware IPOはIPO当日に株価が2倍になっていることになります。Headwatersに関しては株価が約11倍、Fichaは株価が約8倍、Neural Pocketは株価が約7倍と物凄いことになっています。

これがどれだけ凄いことなのか、ドットコムバブル真っ只中の1995年にIPOし、その当時最もホットなIPOだったNetscapeと比較してみるとよくわかります。1995年のIPO時、Netscapeは当初IPO価格$14.00で売り出し予定でしたが、直前の変更でIPO株価を$28.00と2倍にし、IPO当日は$58.25で取引を終えました。$28.00から$58.25なので、IPO Popは108%、株価は約2倍になったことになります。$14.00だったとしたら、IPO Popは316%、株価は約4倍になっていたことになります。Headwaters、Ficha、Neural Pocketに関しては、ドットコムバブル真っ只中で起きたIPO Popを上回るほどのミスプライシングが起きていたということになります。

次にInternet IPOのIPO Popです。

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こちらもSoftware IPOと同様に、IPO Popが大きく出るタイプのミスプライシングが非常に多く見られます。Medianで99%なので、2019 – 2021 YTDのInternet IPOもIPO当日に株価が約2倍になっているということになります。Branding Engineerは株価が約7倍、Interfactoryは株価が約6倍、ENECHANGEは株価が約4倍とこちらも物凄いことになっています。

もう一度言いますが、ドットコムバブル中のNetscapeのIPOは株価が約2倍になりました。更に最近の例だと、昨年末にIPOしたDoordashやAirbnbは、IPO当日に株価が大きく上昇し、CNBC、WSJ、Bloombergと様々なニュースアウトレットで投資銀行のGross NegligenceだIncompetenceだと騒がれ、BenchmarkのBill Gurleyさんなど多くのVCや投資家から強烈に批判されましたが、そんなDoordashのIPO Popが86%、AirbnbのIPO Popが113%なので、株価は約2倍になったことになります。それ以上のミスプライシングが日本のSoftwareとInternetのIPOでは(少なくとも2019 – 2021 YTDの期間で)頻繁に起きていたということです。

日本のIPOのMoney Left on the Tableは?

では、このように常態的にIPO Popが100%を超えているような状況で、Money Left on the Table、IPOした企業が調達し損ねた金額は一体いくらになるんでしょうか?

まずはSoftware IPOのMoney Left on the Tableを見てみましょう。

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上のチャートからわかるように、多額の金額が調達し損なわれています。合計で1,381億円、中央値で23億円となっています。PLAIDに至っては、241億円のIPO Offering Size(IPOで発行された株式数 x IPO価格)に対して312億円のMoney Left on the Table、WealthNaviでは187億円のIPO Offering Sizeに対して128億円のMoney Left on the Tableと、多大な金額を調達し損ねています。ちなみに、これらの金額は IPO価格との比較なので、見方を変えるとIPO Popが0%だった場合と比較した時のMoney Left on the Tableで、仮にIPO Popが0%だった場合、Money Left on the Tableは0円になります。ただし、前回の記事でも書きましたが、IPO Popの理想は15 – 25%なので、多少のMoney Left on the Tableは許容すべきと考えて、仮にIPO Popが20%を目指していて、それより更に上昇した場合のMoney Left on the Tableはというと、合計で879億円でした。

次にInternet IPOのMoney Left on the Tableです。

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こちらも多額の金額が調達し損なわれています。合計で854億円、中央値で15億円となっています。VisionalはIPO Pop自体は40%と及第点ですが、IPO Offering Sizeが682億円と大きかったため、273億円のMoney Left on the Tableとなっています。CoconalaはIPO Popが117%なので、IPO Offering Size 156億円に対して、182億円のMoney Left on the Tableとなっています。仮にIPO Pop 20%を許容するとした場合のMoney Left on the Tableはというと、合計で547億円でした。

まとめると、2019 – 2021 YTDのSoftware IPOで1,381億円(IPO Pop 20%を許容する場合、879億円)、同時期のInternet IPOで854億円(IPO Pop 20%を許容する場合、547億円)、合計で2,235億円(IPO Pop 20%を許容する場合、1,426億円)のMoney Left on the Tableがあったということになります。

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時価総額を見てみると . . .

2,235億円というMoney Left on the Tableの金額も衝撃的な金額でしたが、この数字はIPOで発行される株式数だけをもとに算出されているものです。そして通常IPOの際は、米国だと発行済み株式総数の15 - 20%程度、日本だとそれより少し高い比率の株式を発行するので、上で見た数字は実はIPOでのミスプライシングの影響の全容を表していません。ということで、その全容を見るために時価総額を見てみましょう。ここでは、IPO直後の発行済み株式総数にIPO価格を掛けた時価総額(=IPOのアドバイザーである投資銀行・証券会社が、IPOする企業はこれくらいの時価総額になると予想した金額)と同じ株式数にIPO Popを加えたIPO当日の終値を掛けた時価総額、2つの時価総額を並べて比較してみました。

まずはSoftware IPOの時価総額比較です。

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青いバーチャートがIPOで発行された株式を含む発行済み株式総数 x IPO価格の時価総額、赤いバーチャートが同じ発行済み株式総数 x IPO当日の終値の時価総額です。常態的に赤いバーチャートが青いバーチャートの上にあることは一目瞭然ですが、2つの時価総額の差の合計はというと、6,987億円でした。どういうことかというと、PLAIDは、市場原理に基づくと1,382億円となるものが602億円、Neural Pocketは852億円のものが128億円、AI Insideは543億円のものが131億円で市場に売りに出されたということになり、上に記載されたSoftware企業は合計で6,987億円ほど本来の価格より安く売りに出されたことになります。仮にIPO Pop 20%を許容するとした場合、時価総額の差の合計は5,015億円でした。ちなみに、日本のSaaSで一番大きなfreeeの時価総額が約4,800億円なので、ミスプライシングによってfreeeの時価総額以上の時価総額のズレが生じていたことになります。

次にInternet IPOの時価総額比較です。

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こちらも同じように、青いバーチャートがIPO価格をもとにした時価総額、赤いバーチャートがIPO当日の終値をもとにした時価総額です。2つの時価総額の差の合計はというと、Software IPOよりは小さいものの、こちらも3,077億円と莫大な時価総額のズレが生じていたことになります。Visionalは、市場原理に基づくと2,510億円となるものが1,793億円、coconalaは582億円のものが269億円、Makuakeは338億円のものが176億円で市場に売りに出されたということになり、上に記載されたInternet企業は合計で3,077億円ほど本来の価格より安く売りに出されたことになります。仮にIPO Pop 20%を許容するとした場合、時価総額の差の合計は2,139億円でした。

まとめると、ミスプライシングにより、2019 – 2021 YTDのSoftware IPOで6,987億円(IPO Pop 20%を許容する場合、5,015億円)、同時期のInternet IPOで3,077億円(IPO Pop 20%を許容する場合、2,139億円)、合計で1兆64億円(IPO Pop 20%を許容する場合、7,154億円)の時価総額のズレが生じていたということになります。

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日本のIPOの現状を変えるために変えるべきもの

ここまで見てきて、日本のSoftwareとInternetのIPOで常態的にIPO Popが100%に近い状態にあること、そしてそのミスプライシングによって莫大な金額が調達し損なわれ、時価総額で大きなズレが生じていることを理解して頂いたかと思います。では、こうした日本のIPOの現状を変えるために何を変えないといけないのでしょうか。

私は、一番変えないといけないのは、IPOする起業家とVCを含む株主の意識や考えだと思っています。多くの場合、IPOは企業のライフサイクルでたった一度だけの一大イベントです。起業家の方にとっても人生で何度も経験するようなイベントではありません。そうすると、日々の仕事でIPOに関わっている投資銀行や証券会社と起業家との間で情報の非対称性が生まれます。IPO Popがあると資金を調達し損なうので、なるべく低くしたいと考えている起業家の方ももちろんいらっしゃるとは思いますが、情報の非対称性があるために何が正解かわからないままIPOに臨む方のほうが多いのではないでしょうか。IPO Popはどこまで下げるべきなのか、0%にすべきなのか、それとも30%を目指すのか、50%なら問題になるのか。どこをターゲットにすればいいかわからないままIPOを行い、ミスプライシングによりIPO当日に株価が100%以上上昇し、IPO Offering Size以上の資金を調達し損ない、株式市場の評価よりも時価総額が非常に低く設定されるという状況が生まれ、それが厳しく批判されることなく、改善されずに続けられるという結果につながります。

これまで何度も繰り返し言っていますが、IPO Popの理想は15 - 25%です。世界で一番IPOをやっているといっても過言ではないMorgan Stanley Menlo Park OfficeでIPOに臨む際もそこをターゲットにしますし、起業家やVCの方々もそこを目指し、大きく外れた場合は厳しく批判してきます。このターゲットを明確に意識してIPO準備をし、アドバイザーである投資銀行や証券会社と戦略を練り、そのターゲットから大きく外れた場合、建設的な批判をし、次回以降の改善に繋げる、そうした意識を持つことが、日本のIPOの現状を変えるために一番必要なことなのかなと思っています。そして、そうしたターゲットを達成するために、Price Discoveryをより強気なものにしたり、Oversubscriptionを抑制したり、Allocationで機関投資家と個人投資家の比率を調整したり、長期保有の機関投資家にアプローチしたり、いろいろ手を打てばいいのかなと思っています。

もちろん日本と米国ではいろんな事情が異なるということは理解しています。IPOのサイズや頻度に限らず、異なる事情を数え上げたら沢山出てくると思います。ただ、考えて頂きたいのは、上で挙げてきたような状況が生じた際に、Money Left on the Table、IPOする企業が調達するはずだった金額がどこにいったのか、誰が受け取って、誰が受け取れなかったのかです。

会社を立ち上げ、何年、何十年と掛けてその会社を成長させ、多くの困難を乗り越えてきた起業家とその全てを掛けてきた会社にではなく、IPOで入ってきた機関・個人投資家に、IPO当日だけで、何百億、何千億円という金額が渡るわけです。もちろんIPOは必ず上がるわけではなく株価が下がることもあるので、IPOを買っている投資家はリスクを取っていると言えるかもしれません。しかし、常態的にIPO Popが100%近くある状況、すなわち、IPOを買う投資家がほぼ確実にリターンを得られる状況、ほぼ確実に企業から投資家に富の移行が行われる状況、これはどう考えても間違っています。

IPOで報われるべきは、起業家とその起業家の育て上げた企業であり、正しい時価総額で、正しい資金調達をし、IPO後も大きく成長出来るようにするべきです。そのためにも、起業家とVCを含む株主の方々は意識を変え、常態的にIPO Popが100%近い状況をよしとせず、IPO Popで15 - 25%をターゲットにIPOに臨むべきだと思っています。

まとめ

いかがだったでしょうか?今回の記事では、先日の「いいIPOとは?」の記事の続編として、2019 - 2021 YTDの日本のSoftwareとInternetのIPOの分析を通して、日本のIPOの現状がどうなっているのかを見てきました。以下まとめになります。

• 日本のSoftwareとInternetのIPOでは、ミスプライシングによって常態的に100%近いIPO Popが生じている。
• 日本のSoftwareとInternetのIPOでは、ミスプライシングによってMoney Left on the Tableが何千億円という単位で生じている。
• 日本のSoftwareとInternetのIPOでは、ミスプライシングによって時価総額で1兆円近いズレが生じている。
• こうした現状を変えるために、変えるべきは起業家とVCを含む株主の意識。IPO Popで15 - 25%をターゲットにIPOに臨むべき。


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SaaSスタートアップへの投資と大企業のDXを支援するベンチャーキャピタルです。スタートアップと大企業の両面から、日本の変革を推進します。ブログはコーポレートサイト(https://onecapital.jp/perspectives)へ引越しをしました。