私の中の解析班

機能不全家庭で育ち、25歳までコロコロ変わる診断の後、躁鬱とされていた。そんな所に大きな病院にかかり解離性障害と診断を受けた私の葛藤の一部 「私」は自分の人格に数通り呼び名があり、しかしまだ記憶の共有はされてる為、いわゆる同一性は保てており、一般に呼ばれる多重人格ではない。

人の辛さは、比べないで

たまに、仲いい人に生まれてからこんなんで、こわかったんだよねーとか、病気がたくさん合併症なんだとか相談に乗ってもらう たまに言われるの 「大変だったんだ。よく笑...

僕の中の凶暴な人格は本当は優しい

僕の中にはたくさーん僕がいる 物心ついた時からの友達みたいな人格で あんまり昔からいるからなのかは知らないけど、解離性障害なのはそうなんだけど人格の境界線が薄い...

まるでひとりだけのかくれんぼだ。

兼てよりの解離性障害、C-PTSD、双極性感情障害(軽い躁鬱) 加えて先日ADHDまで見つかった 兄の自閉症スペクトラムに比べて軽くても、 兄は小さなうちに障害を見つけても...

ドラマ?そんなものより現実は厳しい

虐待で子どもが死んでしまう事件は凄惨だ それと同時に 親が虐待の意図なく虐待をして育って大人になってしまった人生も凄惨だと思う 私は 物心ついた時には心を切り離し...

私のトラウマのひとつ

私は解離性人格障害だ よく言われるに多重人格の一歩手前 まあそれはここ数年で始まったものでもなく、幼少期からの継続性PTSD、心的外傷ってやつが引き起こしたものだ ...

最初に

これは誰も信じてくれなくていい今まで私の生きてきた話だ 私の解離性障害のメモを残しておこうとは常々思っていた 記憶がなくなる前に、記憶の共有がされなくなる前に 機...