記録:2XXX年XX月XX日

地球、太陽系の我らがふるさと、美しい青き星───

これは、人類の歴史においての最大の過ちの一つとして記録したものだ。


2XXX年、大規模の太陽フレアの影響で地球に降り注いだ宇宙線は人類に大規模な変革をもたらしていた。

認識出来る視覚情報が追加され、今まで見えなかったものが見えるようになったのだ。

"それ"は醜悪な虫のような生物だった。空気中を漂い、細胞のように分裂する。大変柔軟な身体をもち、あらゆる隙間から侵入することが出来るのだ。そして驚異的な生命力をもち、呼吸によって吸い込まれても死なず、そのまま吐き出される。

科学者によると"それ"は人類が誕生する遥か昔から存在していて、現在に至るまで地球という惑星の同居人と存在していたのだ。目に見えない形で。

どうやら人体に驚異はないようだが、醜悪な生き物と暮らしていたことは人類にとってショッキングな出来事だった。

この醜悪な虫を"発見"したことで世界中がパニックに陥った。今までこんなものを酸素と一緒に採り入れていたことに絶望し、自ら命を絶つものも少なくなく、毎年の自殺率は急上昇した。

死を選ばない人々も大変神経質になり、あの手この手で"それ"の排除に躍起になった。空気清浄機の開発や死滅させるための薬品の開発に世界中が注力していた。薬品の開発は頓挫したが、"それ"を通さないフィルターの開発には成功した。高性能過ぎるあまり庶民の手には渡らない代物だったが。

人々は外出を控え、富裕層は日夜超高性能フィルターのマスクをつけ生活をしていた。そのうち"それ"を採り入れてしまっている者を差別する風潮が生まれ、混乱はますます加速した。

転機が訪れたのは"それ"の発見から5年後である。"それ"の研究機関が驚くべき発表をしたのだ。

『皆さんに重大な発表があります。太陽フレア以降我々人類を苦しめていた"それ"ですが、研究の結果、食べる事が出来ます!繰り返します、"それ"は食べられます!』

研究機関の発表を世界中の人々が聞いていた。食べられる。食べられる。食べられる。


それからの人類はまるで息を吹き返したようだった。件の高性能フィルターを用い食料加工工場は"それ"を大量に捕獲し加工した。

醜悪な見た目も加工してしまえば気にならず、しかも高栄養だった。

人々は"それ"を食べた。食べて、食べて、消費した。いつしか"それ"はいなくなっていた。人類の勝利だと、世界中がお祭り騒ぎになったのを今でも記憶している。

しかし───

異変は程なく訪れた。世界中の大気が淀み始めたのだ。健康害は無いものの世界は淀み、くすみ、人類が成しえた華やかな風景は無くなりつつあった。

研究用のサンプルとして"それ"を繁殖させていた研究所から新たな発表がされた時には世界はすっかりくすんでしまっていた。

『研究の結果、私達が消費した"それ"が大気の浄化に重要な役割を担っていたことがわかりました。残念なことに、"それ"は今の大気では今まで通りには生きられないようで、繁殖させるのには途方もない時間がかかります──』

絶望的な発表だった。見えぬものを恐れるあまりそれがどんな役割をもつか知る前に駆逐してしまった。

もう青々とした空を見ることは叶わない。きらびやかな宝飾品もまるで意味をなさなくなった。人類は今度こそ絶望し、これを記録している今も自殺率を更新し続けている。

地球。我らがふるさと、くすんだ球体。

私達はそれでも生きていく。私が生きている間には叶わないだろうが、いつか"それ"の繁殖に成功し、世界が再び鮮やかな色を取り戻す事を信じて───

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