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ゆでたまご


私には理想のゆでたまご像がある。完璧なそれを手にするまでには、数々の難関を突破しなければならない。


たまごを鍋に入れる。おたまに乗せて、沸騰した水にそーっと浸す。小学生の時、家庭科の先生は「ゆでたまごは常温の水から茹でるのよ」と言った。今思えば、先生は生徒たちに嘘を教えたことになる。私の長年の研究によると、たまごは温度変化を与えたほうが喜ぶ。朝、冷水で顔を洗うと気持ちがいい。それと同じ。大人が常に正しいわけではないんだなぁ。たまごをそーっと熱湯に浸す。


たまごを鍋に収めたら、菜箸でくるくると優しく転がす。間違ってもかたい鍋に当てるなんてことはしてはいけない。傷を負った部分から、血のように白い液体が流れだす。そんなことになったら、傷害罪で逮捕されるだろう。大切なたまごに痛い思いをさせないよう、くるくると撫でるように転がす。


熱湯の中でたまごを育むこと七分半。ここからは瞬発力が試される。鍋を持ち上げ、シンクに熱湯を一気に捨てる。ぴちょんと手に熱い一滴が飛んできても、動じてはいけない。流し切ることだけに集中する。


鍋にたまごだけが残る。冷水を一気に注ぐ。蛇口を最大まで捻り、冷たい水をたまごに当て続ける。たまに、跳ね返った水が私の額を滴る。そんな時は、微笑みながら悦に入る。たまごを愛するいい女って。


たまごがひんやりとしたら、そっと掬い出す。ついにご対面。こつんとヒビを入れ、慎重に殻を剥く。ぺりぺり。ぺりぺり。思ったより大胆に向けても、決して焦らない。ぺりぺり。ぺりぺり。


こうして現れるゆでたまごは、艶やかな光沢を放つ。それを熱々のごはんの上にのせ、そっと箸を入れる。黄金の黄身が流れ出し、ごはん粒の間に染み込んでいく。醤油を少し垂らして、さあ、いただきます。


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