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【無職上京・寄生虫先生。俺みたいになるな!!】

私は20代後半の時に約6ヶ月間無職の時期がありました。
その際、東京の友人A君宅に30日間寄生する生活をしており、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。
その時のことを時々思い出しては、大変恥ずかしく思っております。
自戒の念を込めて記しておきます。

※本文を書いた後に一度読み返しました。非常に気持ち悪かったです。恐れ入ります。

①仕事を辞める

私は20代後半で警察官を辞めた後、次の仕事に就くまで無職の期間がありました。

公務員だったので、失業手当はない。完全な無収入状態に。
東京で生活することだけは決めていたので、家はない状態にも関わらず2日後の夜行バスの予約完了。
当面生活する分の貯金はあったものの、働かなければ減っていくだけのお金にはいつまでも頼るわけにはいかない。

そんな状態に陥りました。

②焦る

辞めた後の謎の万能感と解放感は一瞬で消え去り、
「やばいぞ!この状態は本当に大丈夫か!」
という気持ちで一杯になりつつ、無計画で厚かましい私は誰かの家に居候することを決心しました。
当時の私には全力で「つべこべ言わずさっさと働け」というメッセージを送ってあげたいです。

③寄生虫になる

私は当面の宿泊先として友人A君(以下宿主様)を頼りました。

宿主様は、
・愛媛県の高校の同級生。
・大学時代も時々遊ぶ仲で、就職してからは時々連絡する程度に。
・東京でIT企業に勤めている。
・独身、一人暮らし。

完璧だ。
寄生先として申し分のない条件を兼ね備えている。
そして宿主様に数年ぶりに電話することにしました。

寄生虫「あ、久しぶり!いやいや〜色々あって仕事辞めてね。1週間くらい泊めてくれんかいな?」
宿主様「ええよ」

交渉成立。

神。
神様。
宿主様。

当初は「1週間」という短めの期間をチラつかせ、その約束で泊めてもらうことになりました。
私はその約束を、なし崩し的にいとも容易く破り、最終的に30日間寄生させていただきました。
本当にありがとうございました。

④寄生虫としての活動状況

宿主様は私に部屋の一角とテーブルを自由に使って良いと与えてくれた。
寝るためのマットも用意してもらった。
冷蔵庫も風呂もトイレも自由に使ってくれと。
最高の状態。

下劣な寄生虫とはいえ、宿主様にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちは持っている。
宿主様はIT企業に勤めていたので、朝出社されて、ご帰宅はいつも22時か23時。
忙しい時は会社に泊まって帰ってこない日もあった。

寄生虫にできることは、宿主様不在の時に部屋を掃除しておくことだ。
しかし、共用させてもらっている部分の掃除はもちろん行うが、勝手に色々触られるのも嫌だろうし、自分のスペースを清潔に保ち、そこからはみ出さないようにすることに注力することにした。

そして何より、寄生虫は仮の姿。
この状況をいち早く抜け出して部屋から出ていくことが、お互いにとって幸せなこと。

①仕事をする(起業か就職か)
②新しく部屋を借りる

これをさっさとやらなければならない。

①仕事をする
これに関しては、私はまさかのノーアイデアで起業しようとして上京していたため、何をするかとかビジネスアイデアノートみたいなのを書きながら、一日中今後どうするかを考え続けていた。
能力も知識も経験もないため、就職活動も並行して行なっていた。
ここに、意思の弱さを感じる。
こんなやつは起業してもだめに決まっている。
自分の考えの甘さで不味いスイーツが作れる。

②新居を借りる
これは比較的スムーズであった。
ただ、契約したからすぐ住めますとはならず。
1ヶ月後から、新居に住むことができることになった。
そのため、寄生虫生活を延長させていただくことになったという経緯があったのだ。
今思えば、新居の不動産屋さんも無職ジャージ男によく部屋を貸してくれたものだと不思議でならない。

⑤寄生虫生活をした結果

寄生虫生活も後半になってくるにつれて、宿主様や社会に迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいになっていました。
その結果、下記のような感情の起伏が発生しました。
そのため「おれみたいになるな」と警鐘を鳴らしております。

a.上京の目的を見失う
起業しようと仕事を辞め上京したのにウジウジ考え始めて行動ができなくなった。
そもそもどんなビジネスで起業するかも考えていなかったところが恐ろしい。。
住み込みバイトでもして、手に職をつければ何とかなると考えていた。
いや、無計画が怖すぎる。
しかし、現実には安定的な再就職という道も残すため、大手企業の面接を受けたり、公務員試験を再度受けたり。
最終的には大学職員として就職するという選択をした。
夢と希望を持って、自分を変えようと思って上京してきたはずなのに、自分の中の常識や知識の中だけで楽な方に収まろうとしていた。
結果、寄生虫生活を抜け出した後も、6ヶ月間無職で悶々と考え続ける日々を過ごしていた。

b.判断能力が著しく低下する
まず、食事が一日一食になった。
節約もあったかもしれないが、食への興味がなくなる。
服もジャージを2着とスーツ1着しかなかった。
身だしなみにも気が回らなくなっていた。

c.挑戦マインドが減退する
自分は、人様に迷惑をかけていて、社会の歯車にもなっていないのだから、挑戦するなどおこがましいという発想になっていった。
私はいち早く社会の歯車になることを望むようになっていった。
そこを大前提に置いた上で、自分の挑戦をしたいと思っている自分に気がついた。
外を散歩していても、公園で遊ぶ無邪気な子供を見てその無限の可能性に恐怖を覚え、自分が情けない存在であるという気持ちになっていった。

d.マイナス思考になり宿主に悪影響を与えてしまう
そんなウジウジした寄生虫が部屋にいることで、マイナスオーラを出し続け宿主様は不快だっただろう。
しかし、バリバリのIT企業で働く宿主様なので優しい言葉もかけてくれた。
励ましてもくれたし、ご飯を奢ってくれたりもした。

e.不規則な生活になる
時間だけはかなりあったはずなのに、答えの出ない考え事をしたり本を読んだりして1日が終わる。
体重も減り、色白になる。

とにかく自分自身の価値が全くないという気持ちになっていった。
これは非常に危険な状態であった。

最後に

寄生虫生活をしたことで、自分自身の思考を知ることにはつながりました。
当時の私はストレス耐性はあまり高くなく、ごくごく普通の人間だということが身にしみてわかりました。
これまで、いかに決められた社会のルールの中でのみ生きてきたか、そこから不意に脱線した時の対応力が皆無であったこともわかりました。
今振り返ってみると、その後の自分で選んだ社会人経験を通じて、不測の事態にも対応し、柔軟に生きる力を身につけていったようにも感じております。
自分の思考パターンを知ることは本当に大切だと思いました。
「常に何かをしている状況にいないと納得できない」という気質は今も変わらないです。
そして、自分の人生にとって大事な決断をするときには、衣食住の基盤を人に依存している状態では自分自身に納得できないし、正しい判断ができなくなるという学びを得ました。

そんな寄生虫生活のことを帰省中の飛行機の中で綴った。
おれみたいになるな。

そしてA君、結婚おめでとう。

おしまい。

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