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高校サッカーは僕たちに希望をくれる

第98回高校サッカー選手権大会は静岡学園の優勝で幕を閉じた。
心からおめでとうございます!

僕は昌平高校の試合を3試合観戦させてもらった。

レベルの高いサッカーを見たくてというよりは、選手たちはどんな想いでサッカーをしているのだろうか?観ている人に何をもたらすのだろうか?というのが気になって仕方なかったから。

高校サッカーは僕たちに多くのものをもたらしてくれたなあと思う。

相手が明らかに格上と言われているのに、点差で負けているのに、最後まであきらめずに戦う選手たちは本当に素晴らしいなあと思う。

この状況を今の自分の状況に置き換えて欲しい。
例えば、ビジネスの場合だと今ある会社のリソースを使ってどうやったら勝てるか最後まであきらめずにやり遂げようとしている姿と同じであろう。

そしてこれは簡単なようでかなり難しい。
だって、多くの人は諦めるからだ。諦める理由があるから、やらない決断が簡単に出来る。

でも、高校生は違った。
上手くいかない時は自ら話し合い、試合中に何度も何度もやり方を変え、チャレンジをし続ける。
チームの士気を高めるような声を出すものもいれば、日々の努力の積み重ねをこの試合で勝負を決める一発にかけてシュートを選択する勇気を持つものもいる。

この最後まで考え抜き、チャレンジし続ける姿勢は今後の人生でもずっと大事にしてほしい。


選手たちは最後まで戦っている。

だからこそ、安易なミスに対する批判や落胆はやめて欲しい。
選手だって、自分たちだってミスをすることはある。そして何より、ミスするなんて気づいていたら、そもそもそんな選択は取っていないはずだ。
この場合、評価する側が強いというか負けのない戦いになる。
ミスをした時のみ、批判や落胆をすればよいからだ。

安易なミスほどなぜそのようなことが起きたのか考えよう。
普段では考えられないミスがなぜ起こるのか。

「うちのチームは身長が低いから、コーナーキックにしたくない」
「無理矢理にでも、外にクリアせず、ピッチの中にはじき返そう」

そんなチームへの想いが考えられないようなミスに発展し、失点につながる可能性だってある。ミスを褒める訳ではないけれども、そういったチームへの想いがあったのだと思えただけで、その人の人間性は素晴らしいものであると感じた。

「失敗には何か誰かへの想いがあったのではないか」そう考えるよう教えてくれたのかもしれない。


「選手」という表現を使ってきたが、もちろんピッチの中だけじゃない。
ベンチメンバーや応援してくれる選手も含めてだ。

僕は感動した。
人にはあれだけ誰かを応援できる力があるのかと。

一緒にピッチで闘うことを約束したライバルたちが、ライバルがいなければピッチに立てていたかもしれないのに。

それを受け入れ、チームの勝利のために全力で応援する。
選手以上に涙を流す選手もいた。

選手のインタビューを聞くと、両親のため、仲間のため、支えてくれた人のために恩返ししたいという言葉が多く聞こえる。
とても人間性のある選手だなと思う。

誰かのために頑張れる自分がいることに気付けただけで今後の人生に大きな財産になるはずだ。

高校サッカーを観た人たちの心が動き、日々の行動が変わり、心から充実した人生を送れるようになってくれれば幸いだ。

高校サッカーは僕たちに明日への希望をくれた。
ありがとう。そして来年もよろしく!



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