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次世代のジェットエンジン ロールスロイスUltrafanとRE SABRE:思惟かねの気まぐれニュース解説

飛行機にとっての心臓部であるジェットエンジンというのは、皆が知っているようで、意外と詳しいことは知らない機械の一つじゃないかなと思います。
例えば車のエンジンは、まさに自分たちが買うものなので詳しい話を聞くことも多いし、「ターボディーゼル」「アイドリングストップ」「EV」「SKYACTIVE X」などなど、メーカーのアピールもスゴイので技術的な話を耳にすることもままあるのですが、航空機会社や航空機メーカーが主なお客さんであるジェットエンジンというのは、おおよそ詳しい話を聞く機会もないのではないでしょうか。

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けれども、航空機のエンジンというのは自動車のエンジンと同じくらいの速さで日進月歩で進化しています。
今回はそうした新しい世代のジェットエンジンについて、面白いニュースを見たのでまとめてみようと思います。


今日のニュース:次世代のジェットエンジン

Giant jet engines aim to make our flying greener(よりエコな飛行を目指して:巨大なジェットエンジン):BBC News

今日取り上げる記事は、ロールス・ロイス社Reaction Engines社という二つの会社が開発中の、新世代のジェットエンジンを紹介したニュースです。
ロールスロイス社が開発しているのは、従来のジェットエンジンをより高度かつ大型軽量に発展させたUltrafanという次世代のギアードターボファンエンジン
Reaction Engines社はSABREと名付けられた、水素を燃料とし大気圏内と宇宙をどちらも飛行して宇宙まで行けるという、まさに未来の夢のエンジンとも言えるハイブリッドジェットエンジンを開発しているというお話です。

どちらも方向性は異なりますが、革新的な技術を取り入れたとても興味深いジェットエンジンです。
ではどんな技術が取り入れられているのか?一体何がすごいのか?それぞれ見ていきましょう。


ロールス・ロイス:Ultrafanエンジン

ロールス・ロイスというと、ほとんどの人は高級車メーカーを思い浮かべるでしょう(写真:Rolls-Royce Phantom)。
が、実は同社は知る人ぞ知る、世界有数の技術力を持つジェットエンジンメーカーの一つでもあることは意外と知られていません。

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そのロールス・ロイス社が、現行のTrentエンジンの次世代機として開発中なのがUltrafanエンジンです。
その特徴は主に3つ。①カーボンファイバー等の素材を採用しての軽量化 ②大型化による燃費の向上 ③ギアードターボファンの採用 です。こうした技術を採用することで、現在のエンジンから10-12%という大きな燃費の向上が期待できるといいます。順番に見ていきましょう。

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UltraFanの特徴① カーボンファイバー素材の採用

1つ目の特徴が、ジェットエンジンの肝の一つであるファンに、カーボンファイバ-とチタンの複合材を採用していることです。これによって従来の全金属製時から20%もの軽量化を実現しているそうです。

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:ジェットエンジンの前面に位置するファン(青い膜で覆われている部分)

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ファンというのは、実は非常に重要でしかも大きな部品です。ジェットエンジンというと、燃焼によって生み出したジェット流を噴出した反動で飛ぶというのが一般的なイメージですが、実はそのジェット噴流(上図の濃い赤の流れ)からさらに力を取り出してこのファンを回して風を送る(上図のピンク色の流れ)ことでも大きな推力を生み出しています。このため正確にはこのタイプのエンジンはターボファンエンジンと呼ばれます。
特に旅客機のエンジンは、実は推力の大半(8割以上)をこのファンによって発生させているんですね。旅客機というのは、実はジェットではなくファンで吹き出した空気で飛んでいるんです。この割合をバイパス比と呼び、旅客機のエンジンはバイパス比が高いため高バイパス比エンジンと呼ばれます。

さて、話が逸れましたが、この直径3.7mもある巨大なカーボンファイバー製のファンを製造するために、ロールス・ロイスは10年以上の歳月と日本円にして35億円ものお金をかけて製造設備を開発したのだそう。裏を返せば、それだけこのエンジンに自信を持っているわけです。
その理由は、軽量化がそのまま燃費に直結するからです。空を飛び、自重を持ち上げるだけで多量の燃料を使う飛行機は、とにかく1gでも軽くすることが重要です。エンジンは飛行機の中でもトップクラスに重いので、エンジンの軽量さはそのまま飛行機の経済性に直結するのです(エンジン1機でおよそ4-6トン、これが2基で約10トン。ちなみにB777は160トンほどなので全重量の7%をエンジンが占めます)。
おそらく次世代のエンジンは、このようにエンジン内部にもカーボンファイバーなどの複合材を使うのが一般的になってくるのでしょうね。


UltraFanの特徴 ②大型化による燃費の向上

ジェットエンジンというのは、大型化すればするほど一般的に燃費が良くなります。先代のTrentエンジンは直径3mほどですが、Ultrafanエンジンはおよそ3.7mというサイズです。つまりそれだけ燃費の向上が期待できるわけです。
もっとも大型化にも空気抵抗との兼ね合いから上限があり、直径4mほどだそう。Ultrafanのエンジンサイズはまさにこの上限に近い数字ですね。

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さて、ではここで疑問が出てきます。大型化すれば効率が良くなるのに、なぜ今までのエンジンはUltrafanのようなサイズまで大型化していなかったのか?
その答えは先に説明したファンのサイズにあります。そしてここで出てくるのが、3番目のギアードターボファンのお話になります。


UltraFanの特徴 ③ギアードターボファンの採用

エンジン(=ファン)が大型化した時、必然的にファンのブレードの先端の速度が早くなります。ファンの回転速度(角速度=エンジンの回転数)が同じでも、サイズ(直径)が2倍になれば、ファンの先端の速度が2倍になるのはお分かりいただけるでしょう。

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問題は、この結果、ファンの先端が音速を超えてしまうと、ファンの空気抵抗が爆発的に大きくなってしまうことにあります。空気抵抗というのは音速に近づくに連れて急激に増大し、音速を超えると少し小さくなるという性質を持ちます(衝撃波による造波抵抗のため:いわゆる音の壁)。空気抵抗の増大=燃費の悪化なので、ここにファンのサイズの限界が生じます。
じゃあファンの回転数を下げればいいじゃないか、と思った方。中々鋭い。ファンを大型化しても回転数を下げれば確かに速度は下がります。が、実はこれにも制限があり、上図のようにジェットエンジンの燃焼室とファンは直結されています。つまりジェットエンジンの回転数=ファンの回転数となるのですが、肝心のジェットエンジンが効率的に運転出来る領域というのは概ね決まっていて、そう簡単に運転回転数を下げられるものではないんですね。

そのため、自ずとファン(エンジン)のサイズは制限されてくるのですが…ここで、ようやくUltrafanに採用されたギアードターボファンという機構の話が出てきます。
上記のような、ファンの大型化とファン速度の限界という背反を解決するため、エンジンの速度をそのままにファンの回転数を下げるというコンセプトの機構が、ギアードターボファンエンジンです。
仕組みは言葉の上では単純で、通常はエンジン~ファンで直接回転を伝えるところを、間に遊星歯車による減速機(下図の②)を挟むことで減速します。するとエンジンの回転を下げることなく、ファンの回転数だけを下げることができます。これによってファンの速度(=空気抵抗)を上げることなく大型化することが可能になるわけなんですね。スゴイ。

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もっとも機構的には複雑になりますし、重量も減速機構の分重くなるのですが、技術の進歩と省燃費化のためのエンジン大型化の要請から、この構造を採用することを決めたようです。
またエンジンとファンの回転数を最適化することで、騒音を小さくすることもできるようで、これも省燃費化と合わせた時代の要請に沿った形ですね。


このように、ジェットエンジンというのは私達の知らないところでどんどん進化を続けています。
さらっと書きましたが、10-12%の燃費向上というのは、結構スゴイことです。特に航空機というのは燃料費が運行経費の大半を占めているので、これを1割減らすことができる利益は計り知れません。おそらく新機種はこぞってこのエンジンを導入することになるでしょう。
きっと数年内にこのエンジンがロールアウトした暁には、空港でもその姿をあちこちで見られるようになるかなと思います。


では、そんな従来のジェットエンジンの発展型であるRR UltraFanに対して、非常に革新的で新しい、React Engines社のSABREエンジンというもう一つの「エコ」なエンジンを見ていきましょう。


React Engines:SABRE

ジェットエンジンというのは、ジェット燃料を飛行機に積む一方、酸化剤(=酸素)は空気中から取り入れて運転しています。しかし、空気(酸素)の無い宇宙空間まで行く必要があるロケットは、この酸化剤を別に積まなければなりません。
そのため燃料に加えて酸化剤を積まなければならないロケットは燃料が打ち上げ重量の大半となってしまい、飛行機とは比べ物にならないほど経済性が悪いのです。

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そこで、空気があるうちは周りの大気から酸素を取り入れ(ジェットエンジンとして働き)、宇宙に出たら機載した酸化剤を使って飛ぶ…という発想が生まれます。これがハイブリッドエンジンです。

英国のReact Engines社が開発しているSABRE(Synergistic Air-Breathing Rocket Engine:複合吸気ロケットエンジン)は、このハイブリッドエンジンの一つです。

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:SABREの断面模型

このエンジンは水素を燃料としてマッハ5.5(音の5.5倍の速さ)で飛行し、完成した暁には、このエンジンを搭載する航空機スカイロンは飛行場から普通の航空機と同じように発進し、そのままどんどん加速してマッハ5.5で大気圏を離脱、そのまま宇宙まで飛んでいける…というまるで創作の世界のようなことを可能にします。こうした航空機はSSTO(Single-Stage To Orbit)と呼ばれます。

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なお余談ですが、あのエヴァンゲリオンにも実はSSTOが登場しています。
ヤシマ作戦で零号機の盾として使用されたこれ↓は、エヴァンゲリオン世界の2015年で実用化されているSSTOの船底を流用した…という設定になっているんですね。

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SABREというのは、そんなSFの中の航空機の心臓部となるエンジンです。
では、もう少し詳しいところを見ていきましょう。


SABREのスゴイところ① マッハ5.5の空気を1000℃から-150℃まで冷却する!?

はい、この時点でなんだかものすごいです。SABREの特徴の一つが、このエンジンへの吸気を冷却して取り込むことでエンジンを熱から守るというシステムです。

スペースシャトルなどが、大気圏突入でものすごい熱を受けることは皆さんご存知でしょう。実は空気というのは、対気速度が高速になると断熱圧縮によってものすごい温度となります。SABREの想定するマッハ5.5では空気の温度はなんと1000℃に達します

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:大気圏突入の参考画像

そしてエンジンにとって熱は最大の敵です。現在の耐熱合金の研究は、Ni系の耐熱合金で1100℃の耐熱温度を実現しています。普通のジェットエンジンというのはこうした耐熱合金を使うことで燃焼に耐えているのですが、それでも速度が上がるとエンジンの損傷を避けるため出力の抑制が必要になってきます。

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しかしSABREが想定する吸気速度マッハ5.5、1000℃という数字は既にこの耐熱温度ギリギリにまで迫っています。当然燃料を燃やせばさらに温度は上がり、あっさり限界を超えてしまいます。しかもSABREは宇宙へ行くことを想定しているので、重いNi系の耐熱合金を使うことも避けねばなりません。
せいぜいがマッハ2-3程度の通常のジェットエンジンですら最先端のNi耐熱合金を使ってやっとというレベルなので、普通ならばマッハ5.5を出すエンジンは実現不可能となってしまいます。

そこで登場するのが、吸気をエンジンに入る前に冷却するプリクーラーというシステムです。自動車に知見がある人なら、インタークーラーのようなものと言えば分かりやすいでしょうか?
SABREはマッハ5.5の吸気を、吸入の瞬間に1000℃から-150℃まで瞬時に冷却し、エンジン全体の温度を下げるという豪快な力技でこれを解決しようとしています。これは燃料として搭載する液体水素(約-250℃)を利用して、冷媒のヘリウムを介して熱交換器により吸気した空気の熱を一瞬で奪い、温度を下げるというシステムです。

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一見荒唐無稽な発想ですが、恐ろしいことにSABREは既にこの予備実験に2019/3/25に成功しており、実験ではマッハ3.3、420℃の空気を0.05秒以下で100℃以下まで冷却することに成功したそうです。そして1000℃、マッハ5という実環境を想定した試験も既に計画されているとか…。
技術というのは恐ろしいですね。


SABREのスゴイところ② 圧縮比140のターボ・ラムジェットエンジン

さて、もはや凄すぎて何がスゴイのかよくわからないSABREですが、これもすごいです。
速度がマッハ3を超えてくる(極超音速)と、ジェットエンジンの吸気はそれまでのようにコンプレッサーで圧縮しなくても、流れの勢いで自然と圧縮されるようになります。これを利用したのがラムジェットエンジンです。吸気流は、エンジン先端のスパイク(下図のトンガリ)にぶつかると超音速から亜音速まで一気に減速し、自然と圧縮されます。これを燃焼させるのがラムジェットエンジンで、通常のジェットエンジンと違い、タービンを持たないために非常にシンプルで軽量となります。

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:ラムジェットエンジンの模式図

タービンを持たない=機械的なロスがないので、勢いが乗ってくるマッハ5ぐらいになるとと非常に効率がよいのですが、空気の勢いがないとうまく圧縮ができないので、肝心の極超音速に達するまでがとても大変です。
そこで、ラムジェットが効いてくる速度域までは通常のジェットエンジンと同じタービンによる圧縮を利用して飛行し、極超音速に達するとラムジェットに移行するという複合方式のエンジンが提案されます。これがターボ・ラムジェットエンジンと呼ばれるジェットエンジンです。

が、現在まで実際に完成したターボ・ラムジェットエンジンは存在していません。SABREはその第1号になろうとしているのです。そして、そうしたターボ・ラムジェットというコンセプトの中ですらSABREは画期的です。SABREは、このターボジェット駆動に必要なタービンによる圧縮を、既に説明した空気の冷却システムを利用して行うのです。
通常のジェットエンジンは、燃焼後のジェット噴流をタービンで受け止め、このエネルギーで燃焼前段のコンプレッサーを駆動することで吸気を圧縮しています。しかしSABREのようなターボ・ラムジェットだと、ラムジェット動作時にはこのタービンによる圧縮は必要なくなり、むしろ邪魔になります。

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そこでSABREは、この後段のタービンを廃止し、その代わりに別のところから圧縮のためのエネルギーを持ってきます。つまり、マッハ5.5で1000℃に達する吸気の熱からです。

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SABREでは、プリクーラー(PRECOOLER)で空気を冷却するのに使われた冷媒のヘリウムは、空気の熱を受けて温度と圧力が上がった状態になります。この圧力を利用して、ターボ圧縮機(TURBO-COMPRESSOR)を駆動するのです。
つまりヘリウムは、吸気を冷却する冷媒としての役目と同時に、コンプレッサーの作動気体としての役目も負っているということになります。さらにいえば、このヘリウムはエンジン各部の重要な箇所の冷却にも使われているということで、一石二鳥、三鳥をも狙った革新的なシステムになっているのです。このヘリウムを利用したシステムを、SABREではヘリウムループと呼んでいるようです。

そしてこのSABREですが、単純なジェットエンジンとしてもものすごいです。なんと圧縮比140(吸入した空気を140気圧まで圧縮する)という数字を実現しています。
これがどのくらいスゴイかというのは、先に紹介したRRのUltraFanエンジンの圧縮比が70であるというところからもお分かりいただけるかと思います。圧縮比というのはエンジンの熱効率(燃費)に直結する数字で、これをいかに高めるかがエンジン開発の肝といってもいい数字です。それが開発中の最先端のジェットエンジンの2倍ですから、いやはや。
これは、プリクーラーによって吸気を圧縮したことで実現できている数字だそうです。

プリクーラーで吸気を冷却し、エンジン自体も冷却することでエンジンの加熱を防ぐ。冷媒のヘリウムでコンプレッサーを駆動して後段のタービンなしにターボジェットエンジンを実現する。これをヘリウムループという一つのシステムで実現し、驚異的な軽量化を実現する…。
本当にこのエンジンのシステムを考えた人は天才だなあ…と感嘆する他有りませんね。

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さて、こしてこうしたエンジンが実現した暁には、航空機は水素を燃料にして飛び、羽田からNYに行くのと同じように、宇宙ステーションにも行くことができるようになる…そんな未来が30年以内に実現するだろう、とニュース記事には書かれています。そして飛行機の姿は、宇宙まで極超音速で飛ぶことに適したブレンディッド・ウイング・ボディ(上図のような翼と胴体が滑らかにつながった形状)になるだろう、とも。

そして水素をエネルギーにするということは、今の化石燃料と違いCO2を排出しないことを意味します。
また今の化石燃料を使うジェットエンジンだって、UltraFanのように省燃費化、高効率化へのチャレンジは進んでいます。昨今、飛行機は環境の敵だなんて話も言われていますが、一方で技術によりそれを良くしていこうという歩みは私たちが知らないうちに粛々と、けれども熱を持って進められているんですね。
飛行機の未来はまだまだ明るく、どこまでも開けています。


ジェットエンジンの未来に乾杯。


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