ホンダが世界初のレベル3自動運転車 自動運転の今と課題:後編(思惟かねのWeekly News 22 Vol.10)

この記事は、Youtubeで水曜日に放送している「思惟かねのWeekly News 22」第7回で放送した内容の記事です。


◆ニュースの概要

さて、前後編でお届けしている特集「自動運転」。今回はその後編となります。
まず、前編の内容を少し振り返ってみましょう。

今月3月5日、本田技研工業株式会社は世界で初となるレベル3自動運転システムを搭載した自動車となる新型「レジェンド」を発売しました。

世界に先駆けて登場したこのレベル3自動運転とは、今までサポートの立場に過ぎなかった自動運転システムが、一時的にせよ初めて人間に代わって車の全てを制御するという点で、今までと大きく異なります。

そしてその自動制御を、法律が正式に認めているという点も面白いところです。
前回は、ここから技術的な話題を深堀りしていきましたが、今回は視点を変えて、社会的…とくに法律に関わる側面を詳しく見ていきたいと思います。



◆国際条約に翻弄された「幻のレベル3」アウディの悲劇

さて、まずここで法律が自動運転にいかに大きな影響を与えているかが分かるエピソードを紹介しましょう。

今回、ホンダがレベル3自動運転車を発売されたことで話題になりました。
が、実の所、ドイツの自動車メーカーであるアウディは自動運転技術の開発でかなり先行しています。既に2017年に発売したアウディ・A8で、アウディは実質的に自動運転レベル3を達成しているといわれています。

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一見これは今回のホンダ・レジェンドが世界初のレベル3自動運転車というニュースと矛盾するように思えます。実は今回のニュースのポイントがここにあります。

ホンダの世界初レベル3自動運転というニュースは、もう少し正確に言うと「世界で初めてレベル3自動運転車として型式認定を受けた」、つまりレベル3として初めて法的に認められたということです。
一方でアウディ・A8はレベル3相当の機能を実現していたものの、公的な認定を受けられなかったために今回ホンダに先を越されてしまったのだと言えます。
このように、今回のニュースには自動運転にまつわる法律がとても深くかかわっているのです。詳しく見てみましょう。

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通常、自動車は量産される前に国の審査を受けて「型式」を取得します。この審査によって、新型の自動車は、例えば道路交通法のような法規に適合しているかが確認されます。
この型式認定でOKとなれば、同型の自動車は全て検査をパスしたものと扱われます。おかげで皆さんが買う車も、一台一台検査を受ける手間が省けるのですね。

自動車の型式認証制度について - 国土交通省


このように、自動車は公的な認定を受けて初めて「公道を走ってOK」と認められます。
こうして認定された型式は、国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)によって、他の国と相互承認する仕組みが作られています。おかげで日本の自動車は、日本で型式認定を受ければ他の国でも公道を走れるのですね。

そして重要なポイントとして、自動運転レベル3もこの認定を受けないと、自動運転装置として認めてもらえないのです。

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ここに同じくレベル3相当の自動運転者であったはずの、アウディとホンダの順番が逆転したからくりがあります。
実はアウディ・A8が発売された2017年には、レベル3の自動運転はまだ公的に認定することができなかったのです。

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この背景にあるのが、交通法規にまつわる国際法です。

世界各国は、道路交通法規に関する国際条約に批准し、それを元に国内法を整備しています。これには日米主体の「ジュネーブ道路交通条約」と欧州主体の「ウィーン道路交通条約」という二つの国際条約があります。日本の道路交通法は、前者のジュネーブ条約にならって整備されています。
おかげで、国が変わっても道路交通の法律が大きく違わず、国際運転免許を取れば他の国でも運転ができるという訳です。

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そしてこのうちウィーン条約は、2016年自動運転レベル3を認める改正を行い、アウディのあるドイツも翌年これに準じて国内法を改正しました。
が、もう一方のジュネーブ条約では自動運転についての審議が上手く進まず、結果2017年の時点では、アウディ・A8はジュネーブ条約批准国ではレベル3自動運転車としての認定ができませんでした

この結果、アウディ・A8は技術的にはレベル3相当でありながら、レベル2として発売されることとなってしまいました。こうした過渡期にあって、アウディは国際的な法規の不整合のために割を食ってしまったのですね。

しかしその後、ジュネーブ条約の側でも、法規を柔軟に解釈することで条約を改正せずともレベル3自動運転を認可できるというシナリオで議論が前進し、2019年にはこれを受けて日本が道路交通法と道路運送車両法を改正
2020年4月1日をもってレベル3自動運転が法的に認められ、その第一号として昨年11月11日にホンダ・レジェンドが型式を取得し、世界初のレベル3自動運転車となった訳です。

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この日本らしからぬスピード対応の裏には、2020年の東京オリンピックまでに自動運転実現を目指した官民一体の動きがあったといわれ、国家プロジェクトである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の中でSIP-adus (Automated Driving for Universal Services)などがその取り組みとして知られています。


このように自動車は、安全性が求められるために認証制度が厳しく、またその法規も国際的な取り決めの下で決まっています。
だからこそ、今までの自動車の考え方を大きく変えてしまう自動運転は、こうした条約や法律の改正がセットで必要になるのですね。

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◆参考:自動運転レベル3認定にあたって改正された道路交通法の条文

道路交通法の一部を改正する法律(令和元年法律第20号)
(一部内容省略・脚注追加)

道路交通法 第二条(定義)
一七 運転 運転道路において、車両又は路面電車をその本来の用い方に従つて用いること(自動運行装置を使用する場合を含む。)をいう。
第七十一条(運転者の遵守事項)
四の二
 自動運行装置を備えている自動車の運転者が当該自動運行装置を使用して当該自動車を運転する場合において、次の各号のいずれにも該当するときは、当該運転者については、第七十一条第五号の五の規定(※ながらスマホ等の禁止)は、適用しない

一、
当該自動車が整備不良車両に該当しないこと。
二、当該自動運行装置に係る使用条件を満たしていること。
三、当該運転者が、前二号のいずれかに該当しなくなつた場合において、直ちに、そのことを認知するとともに、当該自動運行装置以外の当該自動車の装置を確実に操作することができる状態にあること
五の五
自動車又は原動機付自転車を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置を通話のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと。

道路交通法の一部を改正する法律 - 参照条文
道路交通法の一部を改正する法律 - 新旧対照条文



◆もう一つの問題:自動車事故の責任はだれがとる?

さて、国際法と国内法に絡んだレベル3の悲喜こもごもを紹介しましたが、自動運転にはもう一つ、法律面で大きなトピックがあります。
自動運転車が起こした事故の責任の問題です。

ここで、前編で説明した自動運転のクラス分けについてもう一度見てみましょう。

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レベル2までは、あくまでドライバーはサポートされる側でしかありませんでした。しかしレベル3からは、システムが全面的に運転を担当する場合が出てきます。
もしこのシステムが運転をしている時に、自動車が事故を起こした場合、その責任は誰にあるのか?
これは非常に難しい問題です。

さて、この場合の「責任」というのは、法律により罰金や懲役などの罰を受ける「刑事責任」と、他者への損害に対する「民事責任」に分けられます。
順番に考えていきましょう。

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まず刑事責任ですが、これは比較的わかりやすいです。
刑事責任には、交通ルールへの責任(道路交通法)、自動車の保安基準への責任(道路運送車両法)、そして事故時の責任(自動車運転行為処罰法)の三つがあります。
これらの法律は、日本の他の刑法と同じく「過失責任主義」をとっています。つまり、故意か過失何かの不注意やミスなどがあった場合にのみ法的責任が発生するというものです。

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もしレベル3自動運転時に事故が起こった場合、システムが運転を担当しているので、通常ドライバーには過失はない、つまり刑事責任には問われないと考えてよいでしょう。
ただし、レベル3自動運転は「何かトラブルがあった時はすぐにシステムに代わって運転できることが条件になっているので、これを守っていなかった場合はダメです。
また車のメンテナンス、例えば適切な整備や検査、あるいはソフトウェアのアップデートをしていなかった場合も過失になる可能性があります。

また将来、交代に備えている必要がないレベル4、そして完全自動運転であるレベル5と技術が進んでいくと、このドライバーの責任というのはさらに軽くなっていくでしょう。
一方で、車両が事故を起こさないようにメンテナンスをする義務は、比較的意味合いが重くなってくるかもしれませんね。

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ただ、そうはいかないのが民事責任です。

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基本的には民法も、刑法と同じく過失責任主義を取っています。人に危害が加わることのない対物事故、例えば壁やガードレールに突っ込んだような事故であれば、正しく自動運転が行われていればドライバーは民事責任にも問われません。これは先程の刑事責任と同じです。

しかし、人の身体や命が係わる人身事故となると、話が変わります。

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日本の法律では、人身事故の場合、自動車損害賠償補償法(自賠法:これに基づく加入義務のある保険がいわゆる自賠責です)によって、下記の三つの免責要件を証明しない限り、過失が無くても民事責任が発生します。

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①自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
②被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと
③自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと

これは過失責任としてしまうと、事故に遭った人が救済を受けることがとても難しくなってしまうためです。
ただそのために、たとえシステムが運転を担うレベル3自動運転による事故であっても、ドライバーが責任を負うべきという考え方が主流です。
この場合、運転しているのはシステムですが、システムに運転をさせている(そして万が一の場合は運転を交代する)、自賠法でいう「運行供用者はドライバーであるという解釈がその根拠となっています。

ただ、これも自動運転レベル4が実現するとまた話が変わります
自動運転レベル4は、自動運転をしている状況で、もしそれを続けるのが難しいとシステムが判断しても、ドライバーが交代する必要はありません。その状況を何とかするのもシステムの責任になります。
例えば高速道路のような特定の状況であれば、ドライバーは寝ている事すらOKになりますし、そもそもドライバーが乗っていない状況も想定されます。
ここまでくると、民事の面でも今の法律ではドライバーの責任を問うことがいよいよ難しくなります
これでは、従来の法律が保証してきた、事故に遭った被害者もきちんと救済されるという信頼が崩れてしまいます

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それなら「自動車メーカーの責任を問えばいいのでは?」と考える方もいるかもしれません。
この場合、根拠となるのは製造物責任法(いわゆるPL法)になりますが、そうなると訴訟は企業を相手にした、技術的な内容に深く踏み込むものとなります。一般人がおいそれとできることではありません

また前編で説明した通り、自動運転の頭脳であるAIは、ソフトウェアとしては非常に複雑で、ある意味ブラックボックス的な部分があります。
例えば人間がある判断をしたとして、その判断をする思考回路は正しかったのか?なんてことは誰にも分かりませんよね。AIもまた同じです。
人間であれば「結果的に間違っていた」として責任を問えますが、AIに直接責任を問えない以上、メーカーを訴えるには「AIの思考回路が間違っている」という難しい証明をしないといけないのです。

なお、こうした自動運転時の事故の原因究明のため、レベル3自動運転車には自動運転時のログを残す機能が法律で義務付けられている他、最近は裁判でもこうしたEDR(Event Data Recorder)の記録が有力な証拠として使われるようになっています。

このように、自動運転が高度化してくるとドライバーにもメーカーにも責任を問うことが難しくなります。刑事責任や物損事故の民事責任についても誰も責任を取れません

なので、自動運転レベル3が実用化され、レベル4が現実に迫ってきた今、現行の制度を変えていかないといけない、という議論があちこちで盛り上がりつつあります。
国土交通省の報告書でも「社会受容性と国民の納得感を前提としつつ、高度自動運転の迅速な実用化を達成する」として検討が行われていることが記されています。

このように問題も多い一方で、自動運転が社会にもたらす恩恵の大きさを考えれば、私たちは歩みを止めるわけにはいきません。
関係者の皆さんの努力によって、きっと数年内には何らかの新しい制度的枠組みが作られていくのではないかと期待したいと思います。

また私たち市井の人々にも、こうした問題を認識した上で、それを理解し、理性的に受け入れていくことが求められるのではないかなと思います。


参考
自動運転の法的課題について(一般社団法人 日本損害保険協会 ニューリスクPT)
自動運転と過失責任の法制(SOFTIC判例ゼミナール)
自動運転に関するドライバー及びメーカーの刑事責任(CHUKYO LAWYER Vol. 27 2017)
自動運転に係る制度整備大綱



◆さいごに

前後編に渡る長いお話に、お付き合いいただいてありがとうございました。

自動運転という技術は、先日のAppleとMaaSに関する記事でもお伝えした通り、ただ自動車が便利になるという類のものではありません
今の車中心の地方の生活をがらりと様変わりさせ、また公共交通の維持が難しくなっている過疎地でも生活が成り立つようになる。都市部に偏った日本に人口分布すら、大きく変えるかもしれない。そんな、私たちの社会の在り方が大きく変わる一大転機が、自動運転技術の導入だと思います。

それだけに、今日お話したような法律面での課題のように、多くの問題・課題も生じてくるでしょう。
けれどもそうした未来の課題を見据えて、今まさに自動車メーカー、国、インフラ企業、法律家、外交関係者などなど、多くの人たちが努力を重ねていることが、この特集を通じて伝わったのなら嬉しいです。

自動運転がもたらす、今とは大きく変わった10年後の未来を思い浮かべながら、これにて締めとしたいと思います。

Virtual Broadcasting Center、VBCの思惟かねがお伝えしました。
また次のWeekly News 22でお会いしましょう!

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この他にも技術・政治・科学ニュースの解説や、VRやVTuberに関する考察記事を投稿していますので、お時間あればぜひごらんください。

また次の記事でお会いしましょう。
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今回も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
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