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「働きたくない」を翻訳すれば。

人によって、言葉を使うときに、それに含まれる意味ってのは、微妙に違うもんだから、コミュニケーションというのは、やっかいなんである。

「働きたくない」

働き方についての話をするときに、ぼくは、そんな言葉をよく使うのだけど、そのニュアンスについて伝えるときには細心の注意を払う。

面と向かって、直接話すことができればまだしも、距離や時間という壁があって、間接的に伝えることになったなら、それはそれで、かなりのエネルギーと表現の工夫がいるよなあ。というのが、本音のところで。

「働きたくない」とは、「仕事はするけど、働いている感覚を持たずに働きたい」という意味なんだけど、これだけでも言葉足らずだよねぇ、とずーっと思ってはいて、補足用語をいつも探していた。

そんなときに読んだのが、のていさんのブログ「笑いの飛距離」だ。そして、2017年一番記憶に残っているウェブ記事が、『「明石家さんま「努力という言葉を努力不足のヤツが作りよった」』だったのだ。

この記事では、明石家さんまさんの「努力という言葉は死語にしたほうがいい」という言葉を追って、元アイドルのももちさんと、武井壮さんのエピソードに触れていくんだけど、押さえるポイントとしては、「(他人からすれば、努力に見えることであっても、本人は)苦にならない」ことを当たり前のように続けているのが、その二人だと紹介してくれている。

おかげさまで、ここに言葉のヒントがあって、「働きたくない」について考え直してみた。

「働いているつもりはないけど、ちゃんと働いていて、さらには、結果も出てはいる。その仕事が、自分にとって苦じゃなくて、息をするように、とまで言うと大げさかもしれないけど、ある種、あそびのように没頭できるもので暮らしていく」

と、まあ、言葉そのものも整えなおすこともあるだろうし、実際には、働き方だと仕事をどうするべかと、手を入れないといけないこともたくさんあるけど、今のところ、ぼくの「働きたくない」はそんなかんじ。

そう、長いんですよ(笑)。だから、パッとは伝えられない(汗)。まあ、じっくりと話しできない人には伝わらなくてもいいか、ってことでもあるけども。あと、他の人の「働きたくない」にもっと耳を傾けたいなあ。

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