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ふたつのTENETのなかで僕らは生きている。ー私的“TENET”論!

クリストファー・ノーラン監督「TENET」、近くにできたばかりのIMAXシアターで観てきました。とにかく圧倒的な臨場感、スケールのデカさ、音のうるささ(笑)!たしかに複雑な構造で頭を捻るところもありましたが、ジェットコースターにのっているような快感の連続でした。①映画自体がTENET的(回文的)な構造をしていて、カメ止めのような伏線の回収に息を呑むシーンもあり、②「地図にない街」とか「絵画を盗み出す」とか男の子のロマン的要素もあり、③ダークヒーローの魅力や主人公の切ない片思いもあり、④最後には大迫力の戦闘シーンからのカタルシスもあり、と盛りだくさんな映画でした。

メイキングによると、オペラハウスの爆破シーンなどCGではなく実写の場面も多いようです。「観客はCGと実際の違いに必ず気づく」と言うノーラン監督の言葉も!(https://youtu.be/Hjg5GO-65xo)

TENETという言葉はラテン語の回文「SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(農夫のアレポ氏は馬をひいて仕事をする)」からきています。セイター、アレポ、オペラ、ロータスはすべて映画のなかのキーワードでしたよね。

・複雑であることだけで価値がある      時間の逆行、というギミックがこの映画の大きなテーマになっているわけですが、それについては僕は完全には理解できませんでした。ギミックの解説とか矛盾点・考察みたいなことは他のレビューがたくさんあるので、ここではそこは置いておいておきます。「無知は最大の武器」って映画のなかでも言ってたけど、“辻褄合わせをするのではなくてわからないところを含めて体験して欲しい”ということだと僕は思っています。複雑である、ということだけで価値がある。それは「よく理解できないこと」を体験できる価値なのです。しかも圧倒的な臨場感とともに。

・“主人公”という名の男           キャラクターたちもとっても魅力的でしたよね。武器商人セイターを演じるのはイギリスの俳優ケネス・ブラナー。なんと今年還暦だそうですが、暴力的でありながら同時にセクシーさも感じさせるダークヒーローぶりでした。「人気のない庭でお前の喉に穴をあける」とか、「他の女?私が話をさせると思うか?」とかかっこよかったなぁ。セイターの妻、鑑定士のキャットはエリザベス・デビッキ。めちゃくちゃ美人!なんと身長190センチだそう!終盤のヨットの上でのシーンももちろんよかったのですが、個人的に好きなのはセイターの食事会にやってきた主人公が帰り際、キャットに耳打ちをするシーン。キャットの表情の微細な変化がめちゃくちゃリアルでした。

そして主人公を演じるのはジョン・デビット・ワシントン。面白いのは名前がなく、あくまで「主人公」という存在であること。(途中で「だって俺が“主人公”だろ?」みたいなメタ的な会話も出てきましたよね)彼は特別なスキルを持っているわけではありませんが、底なしの体力で次々と襲ってくる状況を切り抜けていきます。いきなりよくわからないものに巻き込まれて、ひたすらそれを乗り越えていく、というのは観客の立場と同じ。自然と“主人公”に自分を重ね合わせて、同情しながら観ていくことになります。この“主人公”はどこかちょっと反骨的なんです。セイターの船で報酬として血のついた金塊をもらうとき、受け取り損ねて落としてしまった主人公に対してセイターが「プルトニウムは落とすなよ」と嘲るシーンとか。スーツのくだりもありましたね。あと作戦に加わる前に絶海の孤島の風力発電設備の中で黙々とトレーニングをするシーンもよかった。

それから、ただのSFではなくて“できないこと”をちゃんと描いていたのが印象的でした。タイムトラベルで自由に過去に行けるわけではなく、10日逆行するためには10日間必要、とか。キャットのために美術倉庫を爆破するものの肝心の絵はそこにはなかったりとか。

・運命には逆行できない?          ストーリーのひとつのテーマはキャットとセイター夫婦の確執でもありました。冷徹で支配的な夫、彼を許すことも殺すこともできない妻。二人のどうにもならない関係性が映画のなかで何度も描写されていました。夫を受け入れられるかもしれなかった、でもできなかった、ベトナムでの過去。最後の場面ではベトナムとロシアでの戦闘シーンが交互に描かれていきます。ただし、ここでのキャットの使命は過去を変えることではなく、あくまでセイターの死を引きのばすこと・・。

時間を逆行して人類を救うことはできても、1組の夫婦を救うことはできない。主人公の片思いを叶えることもできない。TENET(規律)によって結束した集団が大きな危機を解決することはできても、ひとりの痛みやどうにもならない宿命を簡単に変えることはできないのです。人は自分の外だけではなくて中にも逃れられない“運命”というTENETを持っているのかもしれません。


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