君の若さに嫉妬する
「ごめんなさい、お断りします」
きっぱりと言った。
どう考えても無理だもの。
バンドに入ってくれって言われたって、無理なものは無理。
音楽の方向性に行き詰ったからと言われても、そもそも入口から間違って入ってきているのだから袋小路に入ってしまうのは当然だと思う。
困り果てたヤマギシ君は、須田君と今村君の他のメンバーも呼び寄せた。
高校の一年上のヤマギシ君に声をかけられた。
ヤマギシ君は、同級生の4人でバンドと組んでいて、ギターの一人が抜けるので代わりに入って欲しいと言ってきた。
学園祭などで、校内では人気があった。
それ、バンドが人気と言うよりも、ヤマギシ君個人に人気があったのだけなのかもしれない。
私も一度だけ、学園祭で見たことがあるけど、あまりに酷くて見られたものじゃなかった。
演奏もあったものではなく、ただ音を出して、がなり立てている大きな雑音にしか聞こえなかった。
野球部でピッチャーをしていたのだけど、肩を壊して、退部したというヤマギシ君は、坊主頭で目がくりくりっとして、当時から女の子には人気があった。
そのヤマギシ君がボーカルなんだけれども、とにかくひどい。
怒鳴り声をあげてただ吠えているという感じ。
最初は、ギターをかき鳴らすだけかき鳴らして、すぐに上半身裸になって、シャツをぐるぐる振り回す。
観客も、乗ってきたところで、シャツを観客に向かってピッチャーの様にして投げ入れる。
それからが、延々とパフォーマンスが始まる。
観客の右や左を指差してそこに行くぞと、合図を送る。
観客が応えると、ステージの縁まで、野球でするようにスライディングする。
すっと、立ち上がっては、そこへ行くぞと、観客に向かって指さす。
またそこへ、スライディングをする。それが延々と繰り返される。
もう、音楽と言うより、ただのパフォーマンスと言ったほうがいいくらい。
「あのう、香田さんですよね。僕、ヤマギシと言います。ちょっと時間いいですか」
ステージ見たのと違って、目を伏せて真っ赤な顔で、恥ずかしそうにしている。
「香田さん、お願い。助けて」
ドラムの今村君が、大きな体を縮ませるだけ縮ませて手を合わされてお願いされる姿を見るとテディベア―の縫いぐるみを見ているみたいで可愛い。
心の中のキャンドル灯がともったみたいで、何だかほっとした。
「香田さん、君に入ってもらいたいと、本当に願っているのは、僕だよ。君も見ての通り、このバンドは酷いバンドだよ。分かるだろう。ヤマギシのパフォーマンスばかりで、まるで音楽になっていないんだ。香田さんは、Y音楽教室の優等生と聞いたよ。ピアノもコンクールに出て、入賞したことがあるんだってね。僕も実際に君が歌っているところを見たことがあるよ。メロディもしっかりしていて、歌もうまいし。それ以上に歌詞が心に染みるのが最高なんだ。君が入ってくれると、このバンドは生き返ると思うんだ。君の作った歌をヤマギシがワイルドに歌うんだ。これなら、何とか青春パンクバンドとしてやっていけると思うんだ。このままだったら、終わっちゃうよ。頼むよ」
外見からして、神経質な須田君だけあって、しつこいほど真剣に迫ってくる。いかにも、ベースをしている人っぽい感じ。
テディベアの松村君、シャイなヤマギシ君、真面目な須田君。
この三人は少なくとも私のことを見てくれている。
本当は、それだけでうれしい。
これまで、私は誰にも見られていないと思っていた。
でも、この人たちと一緒にバンドを組むのは無理。ありえない。
「出来ません。絶対に無理です」
「頼むよ。お願い。香田さんお願いだ。ギターを弾いてくれる人が欲しいんだ。助けて」
私は、ヤマギシ君がステージと全く違う姿で、私にだけにお願いしてくれている。
他の二人も、真剣な表情で、私のことを見つめてくれる。こんなことは、初めてだった。
わたしの心の中に、ともった小さなキャンドルの炎が、心を覆いつくしている氷で出来た城壁をゆっくりと溶かして行った。
スポットライト浴びているヤマギシ君の側で、観客の方でなく、この三人を見守りながら演奏する。
観客は、誰も私の方を見ていないけど、この三人が上手くゆくようにサポートしてあげている自分を想像した。
「あのへんなパフォーマンスは、辞めてもらえますか?あれをやらないんなら、私、キーボードで入ってもいいです」
「本当に?」
「やった。ヤマギシ、あれは封印だよ。分かった?」
「分かったよ。本当は、あんなのやりたくないんだよ。普通に歌っても、盛り上がらないから、あれに走っちゃうんだよ」
今だから思えるけど、本当はバンドなんか入りたくなかったのだけど、ヤマギシ君の笑顔が見たかっただけなのかもしれない。
*
「そう、ヤマギシ君とは、知り合いだったの?ごめんね。知らなかったから、適当に流してしまっていたよ。今は、淀屋橋当たり、会社の近くだと思うけど、健康食品の会社に勤めているらしいよ。香田さんの事、心配していたよ」
何処にでもいるような、ごく普通の女の子が、一人語りの様に過去を話す。そこには深く幾重にも刻み込まれた傷がある。生きざまがある。
ドラマがある。
「香田美月」は、一人の歴史を持った人間なのだ。
黒いベールに隠されたその中には、ほとばしる真っ赤な躍動がある。
何の障壁もなく山道を登り切り、緩やかに傾斜する目の前の山頂を目指している自分は、まだ始まったばかりで、予測できない展開がありそうな彼女に嫉妬してしまう。
現在進行形の彼女が羨ましい。
そこに惹かれるものを感じる。
香田美月が眩しい。
私は、知らぬ間に彼女の若さに嫉妬していた。
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